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それからまた、一年後の夏。
祖父母のお墓について親戚と話があるらしく、私は一人で留守番していることになった。
こういうときは、神社へ行くのに限る。
今回は親戚の家にあった、オレンジ色の古くさいオモチャのキックボードを使って、神社を目指した。
以前は忘れていたけれど、今度は女の子のことを覚えている。だから、いるなら一緒に遊ぼうと思っていた。
神社への坂道を登る。杉の代わりに地面を蹴って、キックボードを進めた。
やっぱり、女の子は例の如くドラム缶の側に立っていた。
私は近くへ寄って行って、「こんにちは」と、声を掛けた。
「また会っちゃったね」
女の子が振り返って言った。
「ん…… また会ったね」
私は少し、ぶっきらぼうに答えた。
年を重ねる毎に思考能力があがっていく。
物事をハッキリ捉えるようになってくる。
そのせいで、異性への意識も強くなっていて、そんな感情を見せないようにしようという行動を、無意識に取る…… そんな年頃だった。
でも、こういう風に知り合った子と再会するのは珍しいことで、その分、嬉しいことでもあるから、その気持ちが前面に出ていたのかもしれない。
女の子は微笑んで、「カブトムシは元気?」と、尋ねてきた。
「うん、まぁ…… そこそこかな」
「習い事は、まだ続いてるの?」
「辞めたいんだけど、辞めさせてくれなくって……」
「やりたいことをやった方が、続くよ? もうちょっと好きになれること、探してみたらどうかな?」
「あるのかな、そんなの……」
「探さないと、あるのかどうかも分からないと思うけどね?」
私は前述通り、頭の中身が子供っぽい。
今にして思えば、女の子の言動は妙に大人っぽかった。
どうしてなのかは分からないし、そこはどうでもいいとも思っていた。
このときの私は、言動の大人っぽさよりも疑問に思っていた質問をすることに集中していた。
「そう言えばさ」と、私は言った。「去年、聞くのを忘れてたけど…… どこに住んでるの?」
「この近く。蜜の木を探したとき、言ってなかったっけ?」
「言ってたと思うけど、そうじゃなくってさ……」
この辺りに、私たちと同じくらいの年頃の子はもういない。神社へと続く長い階段を、ずっと下りて行った先には、まだたくさんいるだろうけど……
でも、わざわざ山の上にあるこんな辺鄙な神社にまでやって来て、この時期の同じ時間帯に、ここに立っているのは、どう考えても不自然だ。
「君は、遠くから来てるんでしょ?」と女の子。
「うん、そうだけど……」
と言ってすぐ、私はフッと思ったことを口にした。
「君って、いつも同じ服装だね? 背もあんまり変わってないような……」
「夏はいつも、この格好が好きなの。それに学校じゃ、いつも列の前の方だし。――君は、随分と大きくなったね」
「そう?」
「だって、前に会ったときはあたしと同じくらいだったのに」
そう言って、彼女は右手で自分の頭をポンポンと触った。
「そうだっけ……?」
「うん、大きくなったね」
言っていることが母親染みていて、ちょっとおかしかった。だから私は、少し苦笑ってしまう。
「それより、暑くない?」と女の子。
「え? そうかな?」
「熱中症になると大変だから、そこへ言って話さない?」
私は「分かった」と答えて、女の子と適当な話をしながら、木漏れ日が揺れる青いベンチへ移動し、座った。
「――ねぇ」
女の子は聞く素振りをして、振り向いた。
「ひょっとして、この神社に住んでるの?」
「ううん」
「じゃあ、港の方とか?」
「違う。この辺りだってば」
「ん~…… じゃあ、駄菓子屋さんの近く?」
「前はそうだったけど、今はこの辺りになったの」
「なんか、勿体振るなぁ……」
「住んでるところなんか聞いて、どうするの?」
「別にどうするって言うワケじゃないけど、なんか、気になって」
「じゃあ、逆にあなたはどこに住んでるか、答えられる?」
「市内のアワノってところ。この辺はお爺ちゃんの家が近くにあるんだ。だから、毎年ここに来るんだよ」
「お爺ちゃん、か……」
女の子の独り言に、私は首をかしげた。
でも、あまり気にせずに女の子と話したり、蝉を捕まえたりして遊ぶ。
そうこうしているうちに、夕方となった。
空はもう薄暗くて、周囲は闇に沈む寸前だ。
帰る時間が刻一刻と迫っていたけれど、そのことを、私からではなく女の子から言ってきた。
「そろそろ、夕飯の時間じゃない?」
「あっ…… そうだね、忘れてた」
私はキックボードのところまで行って、女の子の方へ振り返る。
「また明日も、ここにいるんでしょ?」
女の子はおもむろに私の傍に来て、貧弱なキックボードを見つめていた。
「どうかしたの?」
「明日ここへ来るのなら、この変な乗り物、今日は貸してくれない?」
「えっ……」
「明日、必ず返すから」
私は悩んだ。
と言うのも、これは私のではなく、親戚の子から借りた物だからだ。
色々と考えていると、女の子が、それこそ女の子らしく首を傾けて、
「駄目かな?」と尋ねてきた。
再三言う通り、私は頭が悪いから、女の子の女らしい仕草というのに、それほど心を奪われることはなかった。
それよりも、彼女がキックボードに興味があって、それで遊んでみたくて仕方ないんだなって思って、いつもの大人ぶったところが消えて子供っぽく見えたから、なんだか嬉しくなっていた。
「んじゃ…… 明日、ちゃんと返してよ?」
「うん、分かってるって!」
「そ、それじゃあ、また明日」
「うん、また明日……」
嬉しそうに返す女の子とキックボードを残して、私は家路をたどった。
フッと、無意識的に足を止める。
坂道を下る前に、私は後ろを振り返った。
もう、女の子もキックボードも、姿を消している。
私は不可解に思って、周りを見渡すために境内へと戻った。
しばらく見渡したけど、暗くなってしまったせいなのか、私の知らない道を通って行ったのか、どこにも見当たらなかった。
祖父母のお墓について親戚と話があるらしく、私は一人で留守番していることになった。
こういうときは、神社へ行くのに限る。
今回は親戚の家にあった、オレンジ色の古くさいオモチャのキックボードを使って、神社を目指した。
以前は忘れていたけれど、今度は女の子のことを覚えている。だから、いるなら一緒に遊ぼうと思っていた。
神社への坂道を登る。杉の代わりに地面を蹴って、キックボードを進めた。
やっぱり、女の子は例の如くドラム缶の側に立っていた。
私は近くへ寄って行って、「こんにちは」と、声を掛けた。
「また会っちゃったね」
女の子が振り返って言った。
「ん…… また会ったね」
私は少し、ぶっきらぼうに答えた。
年を重ねる毎に思考能力があがっていく。
物事をハッキリ捉えるようになってくる。
そのせいで、異性への意識も強くなっていて、そんな感情を見せないようにしようという行動を、無意識に取る…… そんな年頃だった。
でも、こういう風に知り合った子と再会するのは珍しいことで、その分、嬉しいことでもあるから、その気持ちが前面に出ていたのかもしれない。
女の子は微笑んで、「カブトムシは元気?」と、尋ねてきた。
「うん、まぁ…… そこそこかな」
「習い事は、まだ続いてるの?」
「辞めたいんだけど、辞めさせてくれなくって……」
「やりたいことをやった方が、続くよ? もうちょっと好きになれること、探してみたらどうかな?」
「あるのかな、そんなの……」
「探さないと、あるのかどうかも分からないと思うけどね?」
私は前述通り、頭の中身が子供っぽい。
今にして思えば、女の子の言動は妙に大人っぽかった。
どうしてなのかは分からないし、そこはどうでもいいとも思っていた。
このときの私は、言動の大人っぽさよりも疑問に思っていた質問をすることに集中していた。
「そう言えばさ」と、私は言った。「去年、聞くのを忘れてたけど…… どこに住んでるの?」
「この近く。蜜の木を探したとき、言ってなかったっけ?」
「言ってたと思うけど、そうじゃなくってさ……」
この辺りに、私たちと同じくらいの年頃の子はもういない。神社へと続く長い階段を、ずっと下りて行った先には、まだたくさんいるだろうけど……
でも、わざわざ山の上にあるこんな辺鄙な神社にまでやって来て、この時期の同じ時間帯に、ここに立っているのは、どう考えても不自然だ。
「君は、遠くから来てるんでしょ?」と女の子。
「うん、そうだけど……」
と言ってすぐ、私はフッと思ったことを口にした。
「君って、いつも同じ服装だね? 背もあんまり変わってないような……」
「夏はいつも、この格好が好きなの。それに学校じゃ、いつも列の前の方だし。――君は、随分と大きくなったね」
「そう?」
「だって、前に会ったときはあたしと同じくらいだったのに」
そう言って、彼女は右手で自分の頭をポンポンと触った。
「そうだっけ……?」
「うん、大きくなったね」
言っていることが母親染みていて、ちょっとおかしかった。だから私は、少し苦笑ってしまう。
「それより、暑くない?」と女の子。
「え? そうかな?」
「熱中症になると大変だから、そこへ言って話さない?」
私は「分かった」と答えて、女の子と適当な話をしながら、木漏れ日が揺れる青いベンチへ移動し、座った。
「――ねぇ」
女の子は聞く素振りをして、振り向いた。
「ひょっとして、この神社に住んでるの?」
「ううん」
「じゃあ、港の方とか?」
「違う。この辺りだってば」
「ん~…… じゃあ、駄菓子屋さんの近く?」
「前はそうだったけど、今はこの辺りになったの」
「なんか、勿体振るなぁ……」
「住んでるところなんか聞いて、どうするの?」
「別にどうするって言うワケじゃないけど、なんか、気になって」
「じゃあ、逆にあなたはどこに住んでるか、答えられる?」
「市内のアワノってところ。この辺はお爺ちゃんの家が近くにあるんだ。だから、毎年ここに来るんだよ」
「お爺ちゃん、か……」
女の子の独り言に、私は首をかしげた。
でも、あまり気にせずに女の子と話したり、蝉を捕まえたりして遊ぶ。
そうこうしているうちに、夕方となった。
空はもう薄暗くて、周囲は闇に沈む寸前だ。
帰る時間が刻一刻と迫っていたけれど、そのことを、私からではなく女の子から言ってきた。
「そろそろ、夕飯の時間じゃない?」
「あっ…… そうだね、忘れてた」
私はキックボードのところまで行って、女の子の方へ振り返る。
「また明日も、ここにいるんでしょ?」
女の子はおもむろに私の傍に来て、貧弱なキックボードを見つめていた。
「どうかしたの?」
「明日ここへ来るのなら、この変な乗り物、今日は貸してくれない?」
「えっ……」
「明日、必ず返すから」
私は悩んだ。
と言うのも、これは私のではなく、親戚の子から借りた物だからだ。
色々と考えていると、女の子が、それこそ女の子らしく首を傾けて、
「駄目かな?」と尋ねてきた。
再三言う通り、私は頭が悪いから、女の子の女らしい仕草というのに、それほど心を奪われることはなかった。
それよりも、彼女がキックボードに興味があって、それで遊んでみたくて仕方ないんだなって思って、いつもの大人ぶったところが消えて子供っぽく見えたから、なんだか嬉しくなっていた。
「んじゃ…… 明日、ちゃんと返してよ?」
「うん、分かってるって!」
「そ、それじゃあ、また明日」
「うん、また明日……」
嬉しそうに返す女の子とキックボードを残して、私は家路をたどった。
フッと、無意識的に足を止める。
坂道を下る前に、私は後ろを振り返った。
もう、女の子もキックボードも、姿を消している。
私は不可解に思って、周りを見渡すために境内へと戻った。
しばらく見渡したけど、暗くなってしまったせいなのか、私の知らない道を通って行ったのか、どこにも見当たらなかった。
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