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夏が本格的に訪れたあと…… ちょうど、お盆くらいの時期になると、私は決まって『ある出来事』を思い出す。
別に毎回、しつこく思い出しているわけではなく、お盆の用事を済ませているあいだに、フッと思い出す程度であった。
その思い出は、大学で再会した旧知の一人にうっかり話してしまったこと以外、誰にも話したことが無い。
話したところで誰も相手にしないだろうというのが一つ。もう一つは、信じてもらえるはずがないという、一種の思い込みだった。
現に、話を聞いたその子は、昔懐かしい感じの怪談話として受け取っていたし、仮に私が、他の人からこの手の話をされたら、間違いなく信じないだろう。
しかしこれは、仕方のないことである。
想像もできない体験とは、得てして、この世に存在しないものと認識される。それが一般的に言われるところの、正しい感覚というものだ。
そういう持論もあって、今の今まで話さずにいた。
でも本当は、何かしらの『秘密』を持っているという、ある種の優越感と背徳感を得たかっただけなのかもしれない。別に、悪いことをしたという秘密ではないけれど。
大体、子供の頃というのは、考えが直感的で利己的で、どれだけ大人のように振る舞って考察していても、想像の範疇を出ない。何より、自分の弱点をよく隠す。隠して人の弱点を突こうという、弱者がよく使う戦略を取る。
私は特に気恥ずかしく思う人間だった。
他人に優しさや弱さなどを見せるのが苦手で、嫌っている節があった。
だから、自分が見つけた『秘密』を他人に教えたり、共有したりするのが嫌であり、以ての外だった。
しかし、あれからもう十年がたっている。
隠しておく必要もないだろう。
事の始まりは、小学生の頃である。
今もそうかもしれないけど、私はあまり大人の考え方ができない子供であった。それに加えて、感情にまかせて動き回るような子供だったかもしれない。
夏休みに入ってお盆がやってくると、よく、母方の実家――要するに祖父の家へ連れていかれた。私個人としては『遊びにいった』という感覚ではあったが。
山の上側に家があったから、そこから下の港町へ向かい、まずは海で泳ぐ。
これは外せなかったし、お盆になる前に泳いでおかないと、クラゲやらなんやらで大変なことになる。
そうして、町のお祭りへ行く。
毎回、知らない子供と適当に話をしながら回ったりして、別れる。
今の今まで、その子達と再会したことはない。今後も、一生ないのだろう。だけど、それでいいんだと思う。祭りでの出会いは夢の中の出会いで、一時の出会いだと思うから。
他にも親戚の子たちと遊んだりすることもあったけれど、なぜか日課のようにしていたのは、神社までの道を蝉取りしながら歩いて行く、というものだった。
海とか祭りもあったけれど、これが私にとっての、夏の風物詩である。
神社の名前はよく覚えていない。ただ、それなりに大きかったことは覚えてるし、幼少の頃は、よく祖父に連れられて、神社へ向かったのも覚えている。むしろ、蝉取りをしながら神社へ行くという謎の風物詩を設けたのは、祖父の影響だろう。
神社への道は、駄菓子屋のある住宅を横切り、竹林が隣に鬱蒼と茂っている道路を進んで、大きな杉の木が並ぶ、緩やかで細長い坂道を登ることで到着する。
私はその登り坂にある杉の木を、なぜか蹴りながら走って駆けあがるという儀式をやっていた。
これに意味なんかない。
単にやってみたかったから、やっていただけである。
子供はこういう、妙に無駄なことに労力を費やすものなんだと思う。
こうして神社に到着した私は、中央にドラム缶が置いてある、広場みたいな境内を駆け抜けて遊んでいた。
そんなある日のこと。
祖父の家から立ち去る前日に、神社へと向かった。
蝉の抜け殻を取っていたついでに、立ち寄ったんだと思うけど、記憶があやふやだから、違う目的で向かったのかもしれない。
とにかくいつも通り神社に到着して、いつも通り境内を見渡すと、真ん中のドラム缶があるところに、見知らぬ女の子の後ろ姿があった。
背は私より弱冠高く、髪は長くも短くもない。髪型は詳しくないけど、普通に垂れ下がっているだけだったから、セミショートというヤツかもしれない。
服装はどこにでもある一般的なものだったように思う。あんまり覚えていないが、おそらくスカートに半袖のシャツみたいな、そういう服装だった気がする。
だが、肌がやけに白かった。
それは今でもよく覚えている。
文字通り透き通るような白い肌で、よく目をこらすと、うっすら血管の緑掛かった色が見えるんじゃないかと思うくらいだった。
木の枝でも焼きに来たのかと思った私は、ちょっと妙なことを思い付く。それで、女の子の近くまで慎重に、気付かれないように歩いて行った。
あんまり何も考えていない子供だったから、驚かしてやろうと企んでいたのだ。
悪巧みというのは、慎重で臆病な人間がやって、始めて成功するものである。
私のような人間だと、大胆が過ぎてすぐバレてしまう。
もちろん、近くへ寄る前に、彼女に気付かれてしまった。
「あっ……」
あんまりにも早く振り向かれたものだから、私は思わず声を出してしまった。
女の子は私の姿が滑稽だったのか、警戒していたのか、その丸い瞳を使って、こちらをマジマジと見つめてくる。
おそらく、世に言う『一番恥ずかしいヤツ』という失敗であった。
耐えかねた私は、逃げるように走って帰った。
別に毎回、しつこく思い出しているわけではなく、お盆の用事を済ませているあいだに、フッと思い出す程度であった。
その思い出は、大学で再会した旧知の一人にうっかり話してしまったこと以外、誰にも話したことが無い。
話したところで誰も相手にしないだろうというのが一つ。もう一つは、信じてもらえるはずがないという、一種の思い込みだった。
現に、話を聞いたその子は、昔懐かしい感じの怪談話として受け取っていたし、仮に私が、他の人からこの手の話をされたら、間違いなく信じないだろう。
しかしこれは、仕方のないことである。
想像もできない体験とは、得てして、この世に存在しないものと認識される。それが一般的に言われるところの、正しい感覚というものだ。
そういう持論もあって、今の今まで話さずにいた。
でも本当は、何かしらの『秘密』を持っているという、ある種の優越感と背徳感を得たかっただけなのかもしれない。別に、悪いことをしたという秘密ではないけれど。
大体、子供の頃というのは、考えが直感的で利己的で、どれだけ大人のように振る舞って考察していても、想像の範疇を出ない。何より、自分の弱点をよく隠す。隠して人の弱点を突こうという、弱者がよく使う戦略を取る。
私は特に気恥ずかしく思う人間だった。
他人に優しさや弱さなどを見せるのが苦手で、嫌っている節があった。
だから、自分が見つけた『秘密』を他人に教えたり、共有したりするのが嫌であり、以ての外だった。
しかし、あれからもう十年がたっている。
隠しておく必要もないだろう。
事の始まりは、小学生の頃である。
今もそうかもしれないけど、私はあまり大人の考え方ができない子供であった。それに加えて、感情にまかせて動き回るような子供だったかもしれない。
夏休みに入ってお盆がやってくると、よく、母方の実家――要するに祖父の家へ連れていかれた。私個人としては『遊びにいった』という感覚ではあったが。
山の上側に家があったから、そこから下の港町へ向かい、まずは海で泳ぐ。
これは外せなかったし、お盆になる前に泳いでおかないと、クラゲやらなんやらで大変なことになる。
そうして、町のお祭りへ行く。
毎回、知らない子供と適当に話をしながら回ったりして、別れる。
今の今まで、その子達と再会したことはない。今後も、一生ないのだろう。だけど、それでいいんだと思う。祭りでの出会いは夢の中の出会いで、一時の出会いだと思うから。
他にも親戚の子たちと遊んだりすることもあったけれど、なぜか日課のようにしていたのは、神社までの道を蝉取りしながら歩いて行く、というものだった。
海とか祭りもあったけれど、これが私にとっての、夏の風物詩である。
神社の名前はよく覚えていない。ただ、それなりに大きかったことは覚えてるし、幼少の頃は、よく祖父に連れられて、神社へ向かったのも覚えている。むしろ、蝉取りをしながら神社へ行くという謎の風物詩を設けたのは、祖父の影響だろう。
神社への道は、駄菓子屋のある住宅を横切り、竹林が隣に鬱蒼と茂っている道路を進んで、大きな杉の木が並ぶ、緩やかで細長い坂道を登ることで到着する。
私はその登り坂にある杉の木を、なぜか蹴りながら走って駆けあがるという儀式をやっていた。
これに意味なんかない。
単にやってみたかったから、やっていただけである。
子供はこういう、妙に無駄なことに労力を費やすものなんだと思う。
こうして神社に到着した私は、中央にドラム缶が置いてある、広場みたいな境内を駆け抜けて遊んでいた。
そんなある日のこと。
祖父の家から立ち去る前日に、神社へと向かった。
蝉の抜け殻を取っていたついでに、立ち寄ったんだと思うけど、記憶があやふやだから、違う目的で向かったのかもしれない。
とにかくいつも通り神社に到着して、いつも通り境内を見渡すと、真ん中のドラム缶があるところに、見知らぬ女の子の後ろ姿があった。
背は私より弱冠高く、髪は長くも短くもない。髪型は詳しくないけど、普通に垂れ下がっているだけだったから、セミショートというヤツかもしれない。
服装はどこにでもある一般的なものだったように思う。あんまり覚えていないが、おそらくスカートに半袖のシャツみたいな、そういう服装だった気がする。
だが、肌がやけに白かった。
それは今でもよく覚えている。
文字通り透き通るような白い肌で、よく目をこらすと、うっすら血管の緑掛かった色が見えるんじゃないかと思うくらいだった。
木の枝でも焼きに来たのかと思った私は、ちょっと妙なことを思い付く。それで、女の子の近くまで慎重に、気付かれないように歩いて行った。
あんまり何も考えていない子供だったから、驚かしてやろうと企んでいたのだ。
悪巧みというのは、慎重で臆病な人間がやって、始めて成功するものである。
私のような人間だと、大胆が過ぎてすぐバレてしまう。
もちろん、近くへ寄る前に、彼女に気付かれてしまった。
「あっ……」
あんまりにも早く振り向かれたものだから、私は思わず声を出してしまった。
女の子は私の姿が滑稽だったのか、警戒していたのか、その丸い瞳を使って、こちらをマジマジと見つめてくる。
おそらく、世に言う『一番恥ずかしいヤツ』という失敗であった。
耐えかねた私は、逃げるように走って帰った。
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