上 下
54 / 70

53

しおりを挟む
 冬樹との合流地点であるたかしまは、難波駅に併設されていると言っていい百貨店で、玄関のホールには椅子いすが並べてあった。その椅子の一つに、夏美は腰掛けていた。

 彼女のとなりにはおじいさんやおばあさんが座っていて、ホール内は人々が行きかっている。

 一人が誰かと合流して席を立つたびに、誰かがまた着席していく。
 夏美はその光景を見ながら、何か物思いにふけっているようだった。

「夏美ちゃん」

 冬樹が目の前にいて、荷物の袋を引きあげる形で手をあげていた。

「その荷物、どうしたの?」

 夏美が立ちあがりつつ言った。
 冬樹が両手からぶら下がっている手提げ袋を交互に見ながら、胸元まで引きあげ、

「これか?」と言った。「これは他の部員の忘れもんや。それより、緊急事態ってなんや?」
「えっと…… 私も詳しくは分からないんだけど」
「あ、待って」と制する。「外へ出てからにしよら」

 二人は玄関を出てすぐの、地下街への階段の近くで向かいあった。

「それで?」冬樹が両手の荷物を足下に置いてから言った。「何あったん?」
「部長さんは、シュンちゃんからどこまで聞いてるの?」

「な~んにもや。
 緊急で、君を高島屋の玄関ホールに置いてあるさけ、会って話を聞いてくれって。それだけ。
 途中、デッキで電話いれたし、さっきも電話したんやけど全くつながらんかった」

「えっと…… じゃあ、順番に話すね」

 夏美がそう言って、マユと出会ってから春平と公園で話をし、話の最中に秋恵から、助けを求めるSNSが来たことを伝えた。

「それで、警察には連絡いれたんか?」と冬樹。

「ううん。泥棒の犯人がホテルにいますって言っても、あの鏡の人形は元々、向こうの物だし…… それに、どうして犯人を見つけたのかを説明するのに、たくさんうそをつかないといけないからって」

「そうか……」と両腕を組む冬樹。「なるほどな」
「やっぱり警察へ連絡いれた方が良かったよね? なんか、秋恵さんの荷物ごと持ち去ったって話だし」
「微妙なところやなぁ……」と頭をかく。「春平君の判断は、この状況やと間違ってないとも言えるし…… せやけどなぁ……」

「せやけど?」
「下手したら、春平君が捕まってまうかもしれへん」
「えっ! それってマズくない?」

「そっちになったらマズいけど、向こうが泥棒したって証拠が出ればこっちが断然、有利になる。
 ただ、説明すんのがえらい面倒にはなるわなぁ…… どっちにしろ、予定がおじゃんや」

「予定?」と、鋭く言った。
「この際や、白状すら」と悪そびれずに、冬樹が言った。「人形のことについて調べててん。厳密には、あの巫女みこ人形と鏡のことやけどな」

「正直にどうも」
「そうにらまんといてや。『ふくしゅう』なんて言われたら、こっちもそれなりの対応するしかなかったんやって」
「それで? 何か分かった?」

「分かったも何も、それ以上に重要なことはな」と、夏美の肩を軽く打った。
「君がマユちゃんと会った。そして話をした。それだけで終わった…… そうやったよな?」

「どうせシュンちゃんから、連絡もらってるんでしょ?」
「まぁ、簡単にな。
 せやけど、君が話をしただけにとどめたんが、僕にはうれしかったんや。調べたことも気苦労かもしれへんしな」

「無理だよ?」
「えっ?」
「シュンちゃんにも言ったけど、このまま体から出ていっても、秋恵さんは戻ってこないからね? 近くに秋恵さんがいてくれないと」
「まぁ、それが出来るんやったら一件落着って連絡、来てるわな」

「ガッカリさせてゴメンね、部長さん。私みたいなのがまだ残ってて」
「僕はむしろ、夏美ちゃんをきっちり見送りたいさけ…… まぁ、今はそういうのええか」

 そう言ってせき払いする冬樹。彼はすぐに続けた。

「とにかく、春平君と合流しやんと」
「どうして連絡が付かないの?」
「電波が届かんとかなんとかやさけ、地下鉄に乗っとるんか、電源きってんのか…… あるいは、電話に出られやん状況なんか……」

「どうしよう? 私、正確な場所とか聞いてない」
「どこ行くって言うてた?」
「分からない。ヨツバシとか口にしてたけど……」
ばし…… うめ方面か住之江すみのえ 方面か……」

 と、あごをさする冬樹。

「──こっから四つ橋線に乗るのは時間かかるさけ、大国だいこくちょうから乗りかえで四つ橋線へ乗ったんかもな」
「手分けして捜してみる?」
「地下鉄の乗り方とか分かるん?」
「大体ね。シュンちゃんの下宿先から来たわけだし……」

 冬樹は、夏美の言い方が引っ掛かったのか首をかしげていた。

「そもそも、秋恵さんの記憶があるから大丈夫」

 夏美がそう言うと、冬樹が驚いた顔になった。それを見た夏美が話し続ける。

「私ね、秋恵さんの体にんできたせいか、色々と分かるようになってきたの。だから──」
「ちょ、ちょっと待って」

 冬樹が手を出しつつ制した。

馴染なじんできたって、どういうことなん?」
「私にも分からないけど、多分、人間になってきたってことじゃないかな?」
「それって大丈夫なん?」
「私の方は分からないけど、秋恵さんは大丈夫だと思う」

「えらいハッキリと、秋恵ちゃんが大丈夫って分かるんやね」
「だから、加太かだにいるときから言ってるでしょ? 私が体から出ていけば、自動的に秋恵さんが戻ってくるって」
「ただし、本人が近くにいるときに限る…… やったね?」

「そう」
「もし本人が近くにおらんかったら、どうなるん?」
「他の『何か』が、体を乗っとるでしょうね。今の私みたいに」

「なるほど」と、うなずく冬樹。「そら大変や。皆が皆、夏美ちゃんみたいに、ええ子ってワケちゃうしな」
「私たちにいいも悪いも存在しないよ。無機物だもん」
「そらまぁ…… でも、こうやって話してるとやっぱり──」

 と、急に冬樹の口が動かなくなった。おもむろにポケットへ手を入れ、携帯端末を取り出す。ブルブルと震えていた。

「春平君や」
「え? ほんと?」
「春平君、今どこなん?」

 突然、冬樹の表情が曇った。それで、夏美が首をかしげていた。

「は? どういうことです? ──えっ?」

 冬樹の顔が強張こわばる。

「ちょ、ちょっと! おたく何言うてんねん! ──もしもし? もしも~しッ!?」

 冬樹が携帯端末を耳から離した。

「どうしたの?」
「行くで夏美ちゃん!」

 夏美は冬樹を追いながら、「マズイ感じ?」と尋ねる。

「そや。めっちゃマズイ」
「どうするの? 居場所、分からないし……」
「多分…… と言うか、住之江で間違いない。独特のうるさいエンジン音が聞こえてたから」
「車の音じゃないの?」

「平日の真っ昼間から、あの騒がしい音がすんのは競艇きょうていのボートだけやと思わ。それに競艇場があるんは、四つ橋線上やったら住之江しかない」
「競艇場の近くってこと?」

「いや、近くのデッカい公園やろうな。人目に付かず、電話で悠長にどうかつできるんは。とにかく、春平君が無事やったらええんやけど……」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました

宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。 ーーそれではお幸せに。 以前書いていたお話です。 投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと… 十話完結で既に書き終えてます。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

結構な性欲で

ヘロディア
恋愛
美人の二十代の人妻である会社の先輩の一晩を独占することになった主人公。 執拗に責めまくるのであった。 彼女の喘ぎ声は官能的で…

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

白い結婚は無理でした(涙)

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。 明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。 白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。 現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。 どうぞよろしくお願いいたします。

若妻の穴を堪能する夫の話

かめのこたろう
現代文学
内容は題名の通りです。

処理中です...