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冬樹との合流地点である高島屋は、難波駅に併設されていると言っていい百貨店で、玄関のホールには椅子が並べてあった。その椅子の一つに、夏美は腰掛けていた。
彼女の隣にはお爺さんやお婆さんが座っていて、ホール内は人々が行きかっている。
一人が誰かと合流して席を立つたびに、誰かがまた着席していく。
夏美はその光景を見ながら、何か物思いに耽っているようだった。
「夏美ちゃん」
冬樹が目の前にいて、荷物の袋を引きあげる形で手をあげていた。
「その荷物、どうしたの?」
夏美が立ちあがりつつ言った。
冬樹が両手からぶら下がっている手提げ袋を交互に見ながら、胸元まで引きあげ、
「これか?」と言った。「これは他の部員の忘れもんや。それより、緊急事態ってなんや?」
「えっと…… 私も詳しくは分からないんだけど」
「あ、待って」と制する。「外へ出てからにしよら」
二人は玄関を出てすぐの、地下街への階段の近くで向かいあった。
「それで?」冬樹が両手の荷物を足下に置いてから言った。「何あったん?」
「部長さんは、シュンちゃんからどこまで聞いてるの?」
「な~んにもや。
緊急で、君を高島屋の玄関ホールに置いてあるさけ、会って話を聞いてくれって。それだけ。
途中、デッキで電話いれたし、さっきも電話したんやけど全くつながらんかった」
「えっと…… じゃあ、順番に話すね」
夏美がそう言って、マユと出会ってから春平と公園で話をし、話の最中に秋恵から、助けを求めるSNSが来たことを伝えた。
「それで、警察には連絡いれたんか?」と冬樹。
「ううん。泥棒の犯人がホテルにいますって言っても、あの鏡の人形は元々、向こうの物だし…… それに、どうして犯人を見つけたのかを説明するのに、たくさん嘘をつかないといけないからって」
「そうか……」と両腕を組む冬樹。「なるほどな」
「やっぱり警察へ連絡いれた方が良かったよね? なんか、秋恵さんの荷物ごと持ち去ったって話だし」
「微妙なところやなぁ……」と頭をかく。「春平君の判断は、この状況やと間違ってないとも言えるし…… せやけどなぁ……」
「せやけど?」
「下手したら、春平君が捕まってまうかもしれへん」
「えっ! それってマズくない?」
「そっちになったらマズいけど、向こうが泥棒したって証拠が出ればこっちが断然、有利になる。
ただ、説明すんのがえらい面倒にはなるわなぁ…… どっちにしろ、予定がおじゃんや」
「予定?」と、鋭く言った。
「この際や、白状すら」と悪そびれずに、冬樹が言った。「人形のことについて調べててん。厳密には、あの巫女人形と鏡のことやけどな」
「正直にどうも」
「そう睨まんといてや。『復讐』なんて言われたら、こっちもそれなりの対応するしかなかったんやって」
「それで? 何か分かった?」
「分かったも何も、それ以上に重要なことはな」と、夏美の肩を軽く打った。
「君がマユちゃんと会った。そして話をした。それだけで終わった…… そうやったよな?」
「どうせシュンちゃんから、連絡もらってるんでしょ?」
「まぁ、簡単にな。
せやけど、君が話をしただけに留めたんが、僕には嬉しかったんや。調べたことも気苦労かもしれへんしな」
「無理だよ?」
「えっ?」
「シュンちゃんにも言ったけど、このまま体から出ていっても、秋恵さんは戻ってこないからね? 近くに秋恵さんがいてくれないと」
「まぁ、それが出来るんやったら一件落着って連絡、来てるわな」
「ガッカリさせてゴメンね、部長さん。私みたいなのがまだ残ってて」
「僕はむしろ、夏美ちゃんをきっちり見送りたいさけ…… まぁ、今はそういうのええか」
そう言って咳払いする冬樹。彼はすぐに続けた。
「とにかく、春平君と合流しやんと」
「どうして連絡が付かないの?」
「電波が届かんとかなんとかやさけ、地下鉄に乗っとるんか、電源きってんのか…… あるいは、電話に出られやん状況なんか……」
「どうしよう? 私、正確な場所とか聞いてない」
「どこ行くって言うてた?」
「分からない。ヨツバシとか口にしてたけど……」
「四つ橋…… 梅田方面か住之江 方面か……」
と、顎をさする冬樹。
「──こっから四つ橋線に乗るのは時間かかるさけ、大国町から乗りかえで四つ橋線へ乗ったんかもな」
「手分けして捜してみる?」
「地下鉄の乗り方とか分かるん?」
「大体ね。シュンちゃんの下宿先から来たわけだし……」
冬樹は、夏美の言い方が引っ掛かったのか首をかしげていた。
「そもそも、秋恵さんの記憶があるから大丈夫」
夏美がそう言うと、冬樹が驚いた顔になった。それを見た夏美が話し続ける。
「私ね、秋恵さんの体に馴染んできたせいか、色々と分かるようになってきたの。だから──」
「ちょ、ちょっと待って」
冬樹が手を出しつつ制した。
「馴染んできたって、どういうことなん?」
「私にも分からないけど、多分、人間になってきたってことじゃないかな?」
「それって大丈夫なん?」
「私の方は分からないけど、秋恵さんは大丈夫だと思う」
「えらいハッキリと、秋恵ちゃんが大丈夫って分かるんやね」
「だから、加太にいるときから言ってるでしょ? 私が体から出ていけば、自動的に秋恵さんが戻ってくるって」
「ただし、本人が近くにいるときに限る…… やったね?」
「そう」
「もし本人が近くにおらんかったら、どうなるん?」
「他の『何か』が、体を乗っとるでしょうね。今の私みたいに」
「なるほど」と、うなずく冬樹。「そら大変や。皆が皆、夏美ちゃんみたいに、ええ子ってワケちゃうしな」
「私たちにいいも悪いも存在しないよ。無機物だもん」
「そらまぁ…… でも、こうやって話してるとやっぱり──」
と、急に冬樹の口が動かなくなった。おもむろにポケットへ手を入れ、携帯端末を取り出す。ブルブルと震えていた。
「春平君や」
「え? ほんと?」
「春平君、今どこなん?」
突然、冬樹の表情が曇った。それで、夏美が首をかしげていた。
「は? どういうことです? ──えっ?」
冬樹の顔が強張る。
「ちょ、ちょっと! おたく何言うてんねん! ──もしもし? もしも~しッ!?」
冬樹が携帯端末を耳から離した。
「どうしたの?」
「行くで夏美ちゃん!」
夏美は冬樹を追いながら、「マズイ感じ?」と尋ねる。
「そや。めっちゃマズイ」
「どうするの? 居場所、分からないし……」
「多分…… と言うか、住之江で間違いない。独特のうるさいエンジン音が聞こえてたから」
「車の音じゃないの?」
「平日の真っ昼間から、あの騒がしい音がすんのは競艇のボートだけやと思わ。それに競艇場があるんは、四つ橋線上やったら住之江しかない」
「競艇場の近くってこと?」
「いや、近くのデッカい公園やろうな。人目に付かず、電話で悠長に恫喝できるんは。とにかく、春平君が無事やったらええんやけど……」
彼女の隣にはお爺さんやお婆さんが座っていて、ホール内は人々が行きかっている。
一人が誰かと合流して席を立つたびに、誰かがまた着席していく。
夏美はその光景を見ながら、何か物思いに耽っているようだった。
「夏美ちゃん」
冬樹が目の前にいて、荷物の袋を引きあげる形で手をあげていた。
「その荷物、どうしたの?」
夏美が立ちあがりつつ言った。
冬樹が両手からぶら下がっている手提げ袋を交互に見ながら、胸元まで引きあげ、
「これか?」と言った。「これは他の部員の忘れもんや。それより、緊急事態ってなんや?」
「えっと…… 私も詳しくは分からないんだけど」
「あ、待って」と制する。「外へ出てからにしよら」
二人は玄関を出てすぐの、地下街への階段の近くで向かいあった。
「それで?」冬樹が両手の荷物を足下に置いてから言った。「何あったん?」
「部長さんは、シュンちゃんからどこまで聞いてるの?」
「な~んにもや。
緊急で、君を高島屋の玄関ホールに置いてあるさけ、会って話を聞いてくれって。それだけ。
途中、デッキで電話いれたし、さっきも電話したんやけど全くつながらんかった」
「えっと…… じゃあ、順番に話すね」
夏美がそう言って、マユと出会ってから春平と公園で話をし、話の最中に秋恵から、助けを求めるSNSが来たことを伝えた。
「それで、警察には連絡いれたんか?」と冬樹。
「ううん。泥棒の犯人がホテルにいますって言っても、あの鏡の人形は元々、向こうの物だし…… それに、どうして犯人を見つけたのかを説明するのに、たくさん嘘をつかないといけないからって」
「そうか……」と両腕を組む冬樹。「なるほどな」
「やっぱり警察へ連絡いれた方が良かったよね? なんか、秋恵さんの荷物ごと持ち去ったって話だし」
「微妙なところやなぁ……」と頭をかく。「春平君の判断は、この状況やと間違ってないとも言えるし…… せやけどなぁ……」
「せやけど?」
「下手したら、春平君が捕まってまうかもしれへん」
「えっ! それってマズくない?」
「そっちになったらマズいけど、向こうが泥棒したって証拠が出ればこっちが断然、有利になる。
ただ、説明すんのがえらい面倒にはなるわなぁ…… どっちにしろ、予定がおじゃんや」
「予定?」と、鋭く言った。
「この際や、白状すら」と悪そびれずに、冬樹が言った。「人形のことについて調べててん。厳密には、あの巫女人形と鏡のことやけどな」
「正直にどうも」
「そう睨まんといてや。『復讐』なんて言われたら、こっちもそれなりの対応するしかなかったんやって」
「それで? 何か分かった?」
「分かったも何も、それ以上に重要なことはな」と、夏美の肩を軽く打った。
「君がマユちゃんと会った。そして話をした。それだけで終わった…… そうやったよな?」
「どうせシュンちゃんから、連絡もらってるんでしょ?」
「まぁ、簡単にな。
せやけど、君が話をしただけに留めたんが、僕には嬉しかったんや。調べたことも気苦労かもしれへんしな」
「無理だよ?」
「えっ?」
「シュンちゃんにも言ったけど、このまま体から出ていっても、秋恵さんは戻ってこないからね? 近くに秋恵さんがいてくれないと」
「まぁ、それが出来るんやったら一件落着って連絡、来てるわな」
「ガッカリさせてゴメンね、部長さん。私みたいなのがまだ残ってて」
「僕はむしろ、夏美ちゃんをきっちり見送りたいさけ…… まぁ、今はそういうのええか」
そう言って咳払いする冬樹。彼はすぐに続けた。
「とにかく、春平君と合流しやんと」
「どうして連絡が付かないの?」
「電波が届かんとかなんとかやさけ、地下鉄に乗っとるんか、電源きってんのか…… あるいは、電話に出られやん状況なんか……」
「どうしよう? 私、正確な場所とか聞いてない」
「どこ行くって言うてた?」
「分からない。ヨツバシとか口にしてたけど……」
「四つ橋…… 梅田方面か住之江 方面か……」
と、顎をさする冬樹。
「──こっから四つ橋線に乗るのは時間かかるさけ、大国町から乗りかえで四つ橋線へ乗ったんかもな」
「手分けして捜してみる?」
「地下鉄の乗り方とか分かるん?」
「大体ね。シュンちゃんの下宿先から来たわけだし……」
冬樹は、夏美の言い方が引っ掛かったのか首をかしげていた。
「そもそも、秋恵さんの記憶があるから大丈夫」
夏美がそう言うと、冬樹が驚いた顔になった。それを見た夏美が話し続ける。
「私ね、秋恵さんの体に馴染んできたせいか、色々と分かるようになってきたの。だから──」
「ちょ、ちょっと待って」
冬樹が手を出しつつ制した。
「馴染んできたって、どういうことなん?」
「私にも分からないけど、多分、人間になってきたってことじゃないかな?」
「それって大丈夫なん?」
「私の方は分からないけど、秋恵さんは大丈夫だと思う」
「えらいハッキリと、秋恵ちゃんが大丈夫って分かるんやね」
「だから、加太にいるときから言ってるでしょ? 私が体から出ていけば、自動的に秋恵さんが戻ってくるって」
「ただし、本人が近くにいるときに限る…… やったね?」
「そう」
「もし本人が近くにおらんかったら、どうなるん?」
「他の『何か』が、体を乗っとるでしょうね。今の私みたいに」
「なるほど」と、うなずく冬樹。「そら大変や。皆が皆、夏美ちゃんみたいに、ええ子ってワケちゃうしな」
「私たちにいいも悪いも存在しないよ。無機物だもん」
「そらまぁ…… でも、こうやって話してるとやっぱり──」
と、急に冬樹の口が動かなくなった。おもむろにポケットへ手を入れ、携帯端末を取り出す。ブルブルと震えていた。
「春平君や」
「え? ほんと?」
「春平君、今どこなん?」
突然、冬樹の表情が曇った。それで、夏美が首をかしげていた。
「は? どういうことです? ──えっ?」
冬樹の顔が強張る。
「ちょ、ちょっと! おたく何言うてんねん! ──もしもし? もしも~しッ!?」
冬樹が携帯端末を耳から離した。
「どうしたの?」
「行くで夏美ちゃん!」
夏美は冬樹を追いながら、「マズイ感じ?」と尋ねる。
「そや。めっちゃマズイ」
「どうするの? 居場所、分からないし……」
「多分…… と言うか、住之江で間違いない。独特のうるさいエンジン音が聞こえてたから」
「車の音じゃないの?」
「平日の真っ昼間から、あの騒がしい音がすんのは競艇のボートだけやと思わ。それに競艇場があるんは、四つ橋線上やったら住之江しかない」
「競艇場の近くってこと?」
「いや、近くのデッカい公園やろうな。人目に付かず、電話で悠長に恫喝できるんは。とにかく、春平君が無事やったらええんやけど……」
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