上 下
46 / 70

45

しおりを挟む
 春平も夏美もいなくなったから、部屋が静まりかえっていた。
 机の上に載っていた秋恵が、そんな静かな部屋を見渡している。
 カーテンが外からの強烈な太陽光を遮っているせいで、部屋の薄暗さが余計に目立ち、影が濃くなっていた。

 暗くて静かなのが原因なのか、単に飽きたからなのか分からないが、秋恵は見渡すのを止めて、かばんの中にある神鏡人形を見下ろした。
 鏡は輝く様子も無く、巫女みこ人形も変わりなくかばんの中に収まっている。

 秋恵の口からいきがこぼれた。
 そうして、自身の手を見やった。
 見やって、また息をこぼした。

「こんな形で先輩の家に来るなんて……」

 そう言って、玄関の方へ目をやった。玄関は部屋の中よりも暗かった。

「マユさんってどんな人なんやろ」

 そうつぶやいてから、いくぶんつ。
 彼女は玄関とは正反対の位置にある、大口の引き違い窓に視線をうつしていた。

「夏美さん、どう思ってるんやろ……」

 途端に、秋恵が首をブンブンと横に振った。

「信じやんと…… 今のあたしには何も出来やんし」

 そう言った秋恵が、窓に掛かっている薄手のカーテンを眺め始めた。
 薄手だからか、カーテンの色合いが少し明るく光っているように見える。

「夏は日長…… 気長に待たんと」

 彼女はカーテンの隙間から見える、窓ガラスの向こう側にある明るいブロック塀を見つめ始めた。
 しばらくして、明るい窓ガラスに映る、ぼんやりとした自分の姿に焦点があった。
 すると突然、ぼんやりした自分の姿が首をかしげる。
 当然、秋恵は驚いた。

『見つけた』

 突然、少女の声が聞こえた。聞こえたと言うよりも、響いてきた。
 秋恵は何が起こったのか分からず、とにかく周りを警戒する。
 ──誰もいるはずが無い。

『見つけた』

 また聞こえる。

「誰……?」
『ようやく見つけた』

 秋恵が窓ガラスをもう一度、見やる。
 うつっている彼女の姿が、どんどんと大きく、彼女自身に近付いてきているのが分かった。

『私を見て……』
「何…… なんなん、これ……!」
『一緒に居なきゃ…… あなたは私と一緒に居なきゃ…… 一緒に──』
『帰りなさい』

 また声がした。
 さっきの声の主よりは幾分いくぶんか落ちついた、大人の声音こわねであった。

『ここは、あなたのいるべき場所ではありません。早く帰りなさい』

 今度は明確に、声のする方向が分かった。だから、秋恵は声のした方へ目を向けた。
 そこにはかばんがある。

「まさか……」

 秋恵がそうつぶやいた瞬間、フッと影が差しこんできた。秋恵はビックリして窓を見上げる。
 人影が、窓の前に立っている。カーテンの隙間から、中をのぞき込んでいた。

 秋恵はビックリして息をのむ。
 人影がしゃがみ込み、窓ガラスに何かをし始めた。
 秋恵はすぐに机から飛びおり、よじ登るようにしてかばんの中へと入った。

 そばにいる巫女みこ人形が気になるところだが、それ以上に今は、外が気になっていた。
 だから、かばんの口から少し顔をのぞかせて、様子をうかがった。

 人影が窓ガラスを慎重に割って、かわ手袋をめた手が、割れ目のあいだから出てきて、窓の鍵の方へ手を伸ばしていた。
 間も無く、鍵が下りてしまう。

 秋恵は顔を引っ込め、両手を握りしめながら身を固めた。
 カーテンを引く音がし、床がきしむ。
 秋恵は身動き一つしていない

 しばらく、足音がかばんの周りで鳴っていた。
 その足音が、徐々に秋恵に近付いてくる。
 彼女は慌てて、元々の人形の姿勢を取った。そのすぐあとに、誰かがのぞき込むように秋恵を見た。

「これか……」

 中年の男だった。
 しかも、秋恵は見たことがあった。
 彼は淡島神社で会ったことのある男──タカシだ。
 タカシは秋恵と神鏡人形をかばんから拾いあげ、二つを交互に見やった。

「これで二束三文だったら、割に合わないぞ……」

 タカシはそう言って人形を元のかばんへ収めた。
 それからファスナーを引き、かばんを拾いあげ、そのまま玄関から出ていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました

宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。 ーーそれではお幸せに。 以前書いていたお話です。 投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと… 十話完結で既に書き終えてます。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

結構な性欲で

ヘロディア
恋愛
美人の二十代の人妻である会社の先輩の一晩を独占することになった主人公。 執拗に責めまくるのであった。 彼女の喘ぎ声は官能的で…

どうして隣の家で僕の妻が喘いでいるんですか?

ヘロディア
恋愛
壁が薄いマンションに住んでいる主人公と妻。彼らは新婚で、ヤりたいこともできない状態にあった。 しかし、隣の家から喘ぎ声が聞こえてきて、自分たちが我慢せずともよいのではと思い始め、実行に移そうとする。 しかし、何故か隣の家からは妻の喘ぎ声が聞こえてきて…

若妻の穴を堪能する夫の話

かめのこたろう
現代文学
内容は題名の通りです。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

処理中です...