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 淡島神社の境内けいだいにやって来た冬樹は、周囲を見渡していた。
 参拝客も宮司ぐうじ巫女みこもいないから、今度は授与所のところへ行って、

「ご免くださ~い!」と声を張った。

 奥から、巫女みこ姿の女性が出てくる。
 冬樹は頭を下げながら、人形について尋ねたいことがあると言った。
 巫女みこ姿の受付嬢うけつけじょうはぶっきら棒に、自分は人形のことはさっぱり分からないし、知らないと答えた。

 だから冬樹は、「ぐうさん、いらっしゃいますか」と尋ねた。

 巫女みこが「残念ながら、今は出掛けております」と答えるので、冬樹は少々強引に、こう言う人形なんです、持ち主をどうしても見つけたいから、人助けだと思って見てください、と携帯端末を取りだした。

 画面には、神鏡を持った巫女みこ人形が映し出されている。

「こういう巫女みこ姿の人形って、珍しいんですかね?」
「あたしは見たことありません」
となりの鏡を支えてるんですけど…… こういうの、見たことありません?」
「ありませんねぇ」
「ここ、見てみてください」

 そう言った冬樹が、人形のはかまへ縫い付けてある『』という文字の写真を見せる。

「この『伊賀いが』っちゅう地名なんですけど…… なんで地名なんかい付けてあるんですかね? そこでは巫女みこさんの人形が作られた歴史があるとか? そんなわれの神社があるとか?」

「さぁ~…… 伊賀って言うたら三重みえ県ですかね?」
「そうなんです。だからこれ、の人形ってことですかね? 伊勢神宮と関わりあるとか?」

「う~ん…… 確かに名古屋なごやは人形多いさけ、そこから三重みえに流れてきた可能性、あるかもしれへんけど…… この感じはどうも昔の人形って感じしませんね」

「そうすると比較的、最近の人形なんですね?」
「持ち主の名前とかちゃいますか?」
「え? 持ち主……」冬樹がハッとした。「そうかそうか……! 別に地名の名前って限りませんよね……!」

「和歌山には伊賀いがって名字みょうじの方、結構おりますから、人の名前の可能性が高いと思いますよ?
 意匠でもなんでもない、地名だけを人形の服に刺繍ししゅうするなんて、あんまり考えられないので」

「確かにそうですよねぇ……
 さいさんとかごろさんとか高野さんって言う方、おりますもんね。忍者つながりでさんって名前の人が多くても不思議ちゃいますよね」

「忍者の伊賀かどうかは別にして、名字みょうじ刺繍ししゅうしてあるってことは、その家の方にとって大切な人形ってことちゃいますか?」
「そうやと思うんですよ。せやから――」
「あっ」

 女性が視線を外して言うから、冬樹は釣られて背後を見やった。
 そこには紫のはかまを履いた、装束しょうぞく姿の男性が立っていた。手には何やら袋を持っていて、用事から帰ってきたことをうかがわせる。

「ひょっとして宮司ぐうじさんですか?」

 冬樹が反射的に尋ねると、彼は「いかがなさいましたか?」と尋ね返してくる。

「ちょっとおしたいことが…… すぐ済むんで、お時間いただけませんか?」

 そう言うなり、冬樹は宮司ぐうじの近くへ足早に近寄って、携帯端末の画面に映る画像を見せ、事情を説明した。

「ご存じありませんかね?」と冬樹。「さっき、そこの受付うけつけ巫女みこさんにいた感じ、人の名前ちゃうかなって話になったんですけど……」
「ああ、伊賀さん」と、思い出したように宮司ぐうじが言った。
「知ってはるんですか……?!」

 思わぬ収穫に、冬樹は興奮気味でき返した。

「確かに伊賀さんという方が、その人形をお持ちになっておられましたね。もう随分と昔の話ですが…… 懐かしいですねぇ」
「どんな方なんですか? 伊賀さんって」

「えぇ~っと…… 確か、民俗的な観点から妖怪や神話、伝承を調べていらっしゃる方のようでした。
 数年前ですが、紀州きしゅう大学の教授と何度かこちらへ来られましてね。『あわしまさん』について、色々とお話しさせて頂きまして」

 ――あの教授か、と冬樹はすぐに分かった。

 栄谷さかえだにという友人の学科にいる名物教授で、専門は工学系だが、民俗学にも造詣ぞうけいが深く、時折、人文学の授業や研究発表会にも顔を出すほどの民俗マニアでもあった。

 まさか、あそこの教授とつながりのある人だったとは……
 冬樹は内心そう思いつつ、

「この人形のこと、伊賀さんはなんか仰ってませんでしたか?」と尋ねる。
「すみません、そこまではちょっと覚えてなくて…… ただ、珍しい人形だと言う話はしていたように思います」
「僕、伊賀さんにこの人形のことをお尋ねしたくて…… どこにお住まいかご存じでしょうか?」
「確か、神社ここの近くにお住まいのはずですよ」
「えっ……!」 

 また冬樹が驚く。続けて宮司ぐうじは言った。

「具体的な場所までは存じあげませんが…… 確か、淡島神社の近くに住んでいると仰っていたはずなので」
「どの辺りとか、思い出せませんか……?!」
「どうしてもと言うなら、紀州きしゅう大学の教授に聞いてみてはどうでしょう? 研究仲間のはずですから」

 確かに、その方が自然だと冬樹は思い直し、

「考えてみれば、そうでしたね…… どうもすみません」と誤魔化し笑いしつつ、「ありがとうございます、今から大学の知り合いへ連絡いれて、いてみます」

 と言って、キチッとお辞儀した。
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