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「もう落ち着いた?」

 机の前で胡座あぐらをかいている春平が、机のふちで正座している秋恵に向けて言った。 
 彼女はうつむいたまま、「ごめんなさい、先輩……」と力無く答えた。

「秋恵ちゃんは悪くないって。
 体を奪った張本人が好き勝手やってるんやさけ、誰でもイライラしたり不安が大きなったりすらよ。あいつは口だけたっしややさけ」

 秋恵はうつむいたままだった。

「ところで秋恵ちゃん」

 顔をあげてから、首を傾けていた。

無粋ぶすいかもしれへんけど、その…… あいつとは、なんのはなししてたん?」
「え?」
「いや、ほら…… 夏美と言いあいになったって言うんは分かったんやけど…… 秋恵ちゃんをここまで怒らせるって、何を言うたんやろう、ってさ。相当やん?」

「それは……」
「ああ、だからその…… 言いたくなかったら別にええんよ。戻ってきたらそのこと、注意しちゃろうと思っただけで」

「先輩は……」と言って、なぜか言葉を切っていた。
「どうしたん?」
「いえ、やっぱりいいです」
「言うてみてよ」と、春平が少し顔を寄せた。
「わ、忘れてください……」

「そんなん無理やわ、言うてよ」
「よく考えたら、先輩に失礼なことだと思って……」
「失礼って?」

「その…… プライベートなことと言うか」
「プライベートなことは結構、話してるやん。お互いに」
「それはバイトとか部活とかの話で……」

「わりと他の話もするやんか」とほほむ春平。
「その……」
「僕、秋恵ちゃんの好き嫌いとか結構、知ってるつもりやけどな」

 秋恵がさらに深くうつむく。
 ずっとそうだが、秋恵の表情が分からないから、どう思っているのか読みとれない春平は、首をかしげながら「どうしたん?」と言うしかなかった。
 すると、扉が開く音がした。

「ただいま」
「あ、部長。――追いつけましたか?」

 冬樹が後ろを一瞥いちべつする。
 夏美は彼の後ろに隠れていたのか、背中ごしに春平を見ていた。

「夏美! お前、ちゃんと秋恵ちゃんに謝れよ!」

 春平が立ちあがり、彼女へ言い寄った。

「なんで私ばっかり……」
「当然やろ、秋恵ちゃんを泣かせたんはお前なんやから」
「向こうだって言ってきたもん……」
「あの」と秋恵。「もういいんです、先輩。夏美さん、ヒステリックになってもてゴメンなさい……」

「ここはビシッと言うとかなアカンで、秋恵ちゃん。また付けあがって変なこと言うてくるぞ、この手のヤツは」

「まぁまぁ、春平君」と冬樹。「今回は友ヶ島の件ともども、夏美ちゃんも反省してるんやし…… 秋恵ちゃんが許すって言うてくれてるんやから、その優しさに甘えよら。な?」

「せやけど部長、なんぼなんでも……」
「シュンちゃんは黙っててよ。いっつも余計にややこしくするんだから……」

「どっちがやねんッ!」
「シュンちゃんがって言ってるのッ!」
「――お前、秋恵になんのはなしした?」

 夏美が眉をひそめる。

「ちょっとやそっとで、こないに取りみだしたりせぇへんねん。何を秋恵ちゃんに言うたんか話せや」

 春平がいつもと違う、低く強い声音こわねで促した。
 不意に、夏美が視線をそらす。

 後ろめたさを感じているような表情では無い。かと言って、突っぱねると言うような雰囲気ふんいきでもない。だから、気になった春平が上体を後ろへひねった。

 机のふちに座っていた秋恵が、立ちあがっている。
 春平が再び夏美の方を見やったとき、彼女はニヤリと意地わるくほほんでいた。

「シュンちゃんの話」
「は?」
「ま、待って……!」

 そう言った瞬間、秋恵が勢い余って机から落ちた。

「お、おい……?!」

 音に気付いて振り返った春平が、慌てて秋恵を抱きおこす。

「大丈夫か?」
「ち、違うんです、あたしは何も──」
「私がね……!」

 夏美が強めに言って、遮った。

「シュンちゃんは本ッ当~にロクでも無いヤツなのって話したら、秋恵さんが違うって反論してきたから、ついカッとなっちゃって……」

「え?」と、夏美を見上げる秋恵。
「それで口論しちゃったの」
「やめなぁ、夏美ちゃん」

 冬樹が苦笑って言った。

「秋恵ちゃんは繊細せんさいなんやから、そういうの言われると恥ずかしがるさけ」
「そうかな? 私には相当な引っ込み思案にしか見えないんだけど」
「お前なァ……!」

 春平が秋恵を抱えたまま立ちあがって言った。

「ええ加減に──」
「先輩!」と、秋恵が春平の胸ぐらを懸命に、下へ引っ張っていた。

「な、なんや?」
「お願いやから、仲良くしてください」
「せやけど……」

「もうええんです。あたしも、その…… 先輩の悪口いわれるのがなんか嫌で、つい……」
「とりあえず」と夏美が言うから、春平がそちらへ顔を向ける。

「陰口みたいなことになってたのは事実だし、秋恵さんには…… その、悪いことしたと思ってるから」

 そう言って、夏美が頭を下げた。

「ごめんなさい……」
「よしよし」と、何回もうなずく冬樹。「ちゃんと謝って偉いわ、夏美ちゃん。──僕もごめんやで、秋恵ちゃん。色々と気ぃ付かんくって」

「い、いえ。今回のは仕方なかったというか……」
「ホンマおおきにやで、秋恵ちゃん。──さてさて、お許しも出たし、今日は早いけど寝よか」

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」
「なんや春平君。今日も夜更かししたいんか?」
「そうやのうて……!」
「当事者同士が和解して、一件落着しとるやんか。これ以上、何を望むんや? 争いの種がほしいんか?」

 春平は直観的に、秋恵と夏美が何かを隠していると思っていた。それが何かき出したかった。
 しかし、腕の中にいる秋恵──が閉じこめられている人形が、春平を不安気に見つめているように思えた。

 仮にそれが思い違いだったとしても、何かを訴えかけているその視線を間近で受けていると、単刀直入にき出すというのが、なんだかはばかれるように思えた。

 春平はそんな思いから、二人にこれ以上のことをけなかった。
 そんな彼の未練を見抜いたのか、

「シュンちゃん、やっぱりしつこいよね」と夏美が突っつく。
「うるさい……」

 そう言った春平が机へ移動し、秋恵をその上に載せた。
 秋恵はジッとこちらを見上げている。
 表情に変化が無いのに、心配そうに見えるから不思議だ。

「あれや…… ありがとうな、秋恵ちゃん。弁護してくれて」と、小声で言った。
「いえ、そんな……」
「もし何かされたんやったら、すぐ言いや? あいつは調子のると、えらいことするさけ」

「シュンちゃん!」夏美が冬樹よりも前に出てきた。「変なこと吹きこまないでよ!」
「それはこっちのセリフやぞ!」と立ちあがる春平。
「はいはい、そこまで~!」

 冬樹があいだに割りこんだ。

「君たち、昼間にあんだけ飛んだり跳ねたり、走ったりしたのに、まだ騒げる元気あるんか? 元気すぎら。今日はこれでいにしよら。姉弟きょうだい  喧嘩げんかはまた明日にして」

「「姉弟じゃないッ!!」」
「ほんなら、今日はもうええやろ? な? はい、終わり~」

 冬樹が両手を鳴らして言った。
 二人は互いにそっぽを向く。ここも息がピッタリだった。

「ハァ~…… もう一人くらい保護者、募集しようかな……」

 冬樹は本気で言っている様子だった。
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