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「あ~…… なんか満たされたって感じ」
夏美が両足を投げだし、お腹をさすりながら言った。
「行儀わるいなぁ……」
「春平君」
窓際で秋恵と話していた冬樹が、手招いていた。
「なんです?」
首をかしげた春平が窓際へ寄ると、冬樹が小声で話しはじめた。
「風呂のことなんやけど……」
「ああ、そうですね。ご飯も食べましたし」
「夏美ちゃんを一人で大浴場へ行かせるんは、アレやと思うねん……」
「ええ、アレですから」と、大いに納得する春平。
「それでな、秋恵ちゃんと一緒に部屋のバスルーム使ってもらおうと思うんや」
「ねぇ!」と、夏美の声がした。「なんの話? ひょっとして作戦会議?」
「そんなところや」と、春平が言った。
「私、マユちゃんと話すまでは絶ッ対に体から出ないから!」
「誰もお前を追い払う作戦って言うてないやろ?」
「ヒソヒソ話なんだから、聞こえるわけないでしょ」
春平が口を開いた瞬間、
「夏美ちゃんのお風呂についてやで」
と、冬樹が狙いすましたかのように遮った。
「オフロって?」
「お湯につかったり、シャワーっちゅうもんで体を洗ったりする場所や。な? 春平君」
「え、ええ…… まぁ……」
「要するに、キレイにしてくれるってこと?」と夏美。
「半分だけ正解やね。自分で自分の体をキレイにするんや。体験したことないやろ?」
「へぇ、なんか面白そう」
「詳しくは秋恵ちゃんから聞いて。彼女も一緒に入ってくれるさけ。――ええかな? 秋恵ちゃん」
「はい、もちろんです。――よろしくね、夏美さん」
「うん、よろしく」
冬樹が秋恵のところへ行って、彼女を持ちあげてから夏美へ手渡す。
「お風呂場は水場やさけ、滑りやすいから気ぃ付けてや?」
「大丈夫よ。あの急な斜面じゃないんだし」
「傷が染みるけど、我慢しなアカンで?」
「多分、平気」と、夏美がにこやかに返した。
「それじゃあ」秋恵が言った。「まずは荷物から、着替えを出してください」
「荷物って?」
「あそこの鞄です」
秋恵が指差した場所には、大きめの手提げ鞄が置いてあった。
「あれね? 分かった」
夏美が秋恵の鞄のところまで近付いて、膝をつく。
「えっと~……」
「そこをつまんで、左へ引いてください」と指差す秋恵。
「これ?」
「はい、それです」
「こう? ──お~!」
夏美が嬉々としながら、ファスナーを引いたり、戻したりして遊びだした。
「あの、夏美さん……」
「これ、面白いね!」
「子供みたいなことやってんなよ……」
「シュンちゃんは黙ってて」と、後ろを見やる夏美。
「言われたくなかったら、秋恵ちゃんを困らせんのやめーや」
「はいはい」と、視線を戻した。「ほんと、石頭なんだから」
「お前にだけは言われたくない」
「春平君?」
冬樹が手招きしていた。
「なんです?」と振りかえる。
「鞄の中、覗く気ぃか?」
「あ……」
春平がそそくさと冬樹のそばへ寄った。
「は、早う言うてくださいよ……!」
「いやぁ…… なんか真剣な表情で見てるさけ、見たいんかなぁって……」
「夏美がいらんことせんようにって思うてただけです……!!」
「分かったさけ、もうちょい顔を離してくれ」
「──ねぇ」
夏美の声に反応して、二人が振りむいた。
「お風呂場ってどこ?」
「あそこやで」
そう言って冬樹が指差すと、秋恵が服を持ってセパレード式の浴室へと入っていった。
「ふぅ」
「これで少し休憩できますね」
「ホンマやで春平君……」
「ところで部長」
「なんや?」
「マユちゃんの件で相談あるんですけど」
「僕はマユちゃんの好みとか知らへんで?」
「そうじゃなくって……!」
「冗談やって。アレやろ? 会わせたくないんやろ?」
「そういう冗談、僕は嫌いです……!」
「耐性つけとかな大変やで? 事あるごとに夏美ちゃんにその話ふられて、話題すりかえられるさけ」
「無理なもんは無理です……!」
冬樹が「難儀やなぁ」と溜息をついた。
「まぁ、ええわ。話しもどすけど、マユちゃんは──」
「ねぇねぇ!」
夏美の声がした。
「タオルってどこにあるの?」
振りかえった春平の目の前に、白生地にフリルの付いたブラジャーとパンツを身に着けている女性――夏美が立っていた。
「ま、待って!」
お風呂場から秋恵が出てくるのが見えた。人形の大きさだから、段差を登るのも一苦労だったらしく、部屋に出てきたときは這いつくばっていた。
春平は我に返り、急いで夏美へ背を向ける。
「先輩ッ! お願いやから見やんといてくださいッ!」
「え? 何?」
ようやく異変に気付いた夏美が、春平や冬樹の背中を交互に見やりながら言った。
「どうしたの?」
「秋恵ちゃん」と冬樹。「僕ら、このあとすぐに露天風呂の方へ行くさけ、頼んどか」
「部長さん、タオルってのは、どこにあるの?」
「ま、待って夏美さん! お願いッ! もう動かんといてッ!」
秋恵の悲痛な叫びが部屋中に響いていた。
夏美が両足を投げだし、お腹をさすりながら言った。
「行儀わるいなぁ……」
「春平君」
窓際で秋恵と話していた冬樹が、手招いていた。
「なんです?」
首をかしげた春平が窓際へ寄ると、冬樹が小声で話しはじめた。
「風呂のことなんやけど……」
「ああ、そうですね。ご飯も食べましたし」
「夏美ちゃんを一人で大浴場へ行かせるんは、アレやと思うねん……」
「ええ、アレですから」と、大いに納得する春平。
「それでな、秋恵ちゃんと一緒に部屋のバスルーム使ってもらおうと思うんや」
「ねぇ!」と、夏美の声がした。「なんの話? ひょっとして作戦会議?」
「そんなところや」と、春平が言った。
「私、マユちゃんと話すまでは絶ッ対に体から出ないから!」
「誰もお前を追い払う作戦って言うてないやろ?」
「ヒソヒソ話なんだから、聞こえるわけないでしょ」
春平が口を開いた瞬間、
「夏美ちゃんのお風呂についてやで」
と、冬樹が狙いすましたかのように遮った。
「オフロって?」
「お湯につかったり、シャワーっちゅうもんで体を洗ったりする場所や。な? 春平君」
「え、ええ…… まぁ……」
「要するに、キレイにしてくれるってこと?」と夏美。
「半分だけ正解やね。自分で自分の体をキレイにするんや。体験したことないやろ?」
「へぇ、なんか面白そう」
「詳しくは秋恵ちゃんから聞いて。彼女も一緒に入ってくれるさけ。――ええかな? 秋恵ちゃん」
「はい、もちろんです。――よろしくね、夏美さん」
「うん、よろしく」
冬樹が秋恵のところへ行って、彼女を持ちあげてから夏美へ手渡す。
「お風呂場は水場やさけ、滑りやすいから気ぃ付けてや?」
「大丈夫よ。あの急な斜面じゃないんだし」
「傷が染みるけど、我慢しなアカンで?」
「多分、平気」と、夏美がにこやかに返した。
「それじゃあ」秋恵が言った。「まずは荷物から、着替えを出してください」
「荷物って?」
「あそこの鞄です」
秋恵が指差した場所には、大きめの手提げ鞄が置いてあった。
「あれね? 分かった」
夏美が秋恵の鞄のところまで近付いて、膝をつく。
「えっと~……」
「そこをつまんで、左へ引いてください」と指差す秋恵。
「これ?」
「はい、それです」
「こう? ──お~!」
夏美が嬉々としながら、ファスナーを引いたり、戻したりして遊びだした。
「あの、夏美さん……」
「これ、面白いね!」
「子供みたいなことやってんなよ……」
「シュンちゃんは黙ってて」と、後ろを見やる夏美。
「言われたくなかったら、秋恵ちゃんを困らせんのやめーや」
「はいはい」と、視線を戻した。「ほんと、石頭なんだから」
「お前にだけは言われたくない」
「春平君?」
冬樹が手招きしていた。
「なんです?」と振りかえる。
「鞄の中、覗く気ぃか?」
「あ……」
春平がそそくさと冬樹のそばへ寄った。
「は、早う言うてくださいよ……!」
「いやぁ…… なんか真剣な表情で見てるさけ、見たいんかなぁって……」
「夏美がいらんことせんようにって思うてただけです……!!」
「分かったさけ、もうちょい顔を離してくれ」
「──ねぇ」
夏美の声に反応して、二人が振りむいた。
「お風呂場ってどこ?」
「あそこやで」
そう言って冬樹が指差すと、秋恵が服を持ってセパレード式の浴室へと入っていった。
「ふぅ」
「これで少し休憩できますね」
「ホンマやで春平君……」
「ところで部長」
「なんや?」
「マユちゃんの件で相談あるんですけど」
「僕はマユちゃんの好みとか知らへんで?」
「そうじゃなくって……!」
「冗談やって。アレやろ? 会わせたくないんやろ?」
「そういう冗談、僕は嫌いです……!」
「耐性つけとかな大変やで? 事あるごとに夏美ちゃんにその話ふられて、話題すりかえられるさけ」
「無理なもんは無理です……!」
冬樹が「難儀やなぁ」と溜息をついた。
「まぁ、ええわ。話しもどすけど、マユちゃんは──」
「ねぇねぇ!」
夏美の声がした。
「タオルってどこにあるの?」
振りかえった春平の目の前に、白生地にフリルの付いたブラジャーとパンツを身に着けている女性――夏美が立っていた。
「ま、待って!」
お風呂場から秋恵が出てくるのが見えた。人形の大きさだから、段差を登るのも一苦労だったらしく、部屋に出てきたときは這いつくばっていた。
春平は我に返り、急いで夏美へ背を向ける。
「先輩ッ! お願いやから見やんといてくださいッ!」
「え? 何?」
ようやく異変に気付いた夏美が、春平や冬樹の背中を交互に見やりながら言った。
「どうしたの?」
「秋恵ちゃん」と冬樹。「僕ら、このあとすぐに露天風呂の方へ行くさけ、頼んどか」
「部長さん、タオルってのは、どこにあるの?」
「ま、待って夏美さん! お願いッ! もう動かんといてッ!」
秋恵の悲痛な叫びが部屋中に響いていた。
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