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「おいッ! 暗いさけ走るなって! 怪我けがするぞッ!!」

 しかし、夏美の足音はえなかった。
 そのうち、彼女の後ろ姿と明るい煉瓦れんがの壁が見えてくる。上から光が差し込んでいるから、そこが行き止まりなのが分かった。

 ――追いつめた!

 そう思ったのに、夏美が左へ走って行くから、まさかと思いなおす。そのまさかで、見えなかった階段があって、それが地上へと続いていた。
 封鎖していたのか、虎柄のロープが張ってある。
 春平がそのロープをくぐって地上に出ると、肩口に何かついているのが見えた。──カマドウマだ。
 春平は悲鳴をあげ、肩口を手で払い、すぐさま自分の体をくまなくけんぶんした。

「春平君、大丈夫か?」

 いつの間にか近くまで来ていた冬樹が、声を掛けてきた。

「せ、先輩ッ! 僕の体に虫、付いてないですよねッ!?」
「それより、はよう追いかけよら」
「それよりってどういう意味ですッ!」
「分かった分かった。後ろ向きって」

 背中を見せる春平。

「なんも無いで」
「ほんまですか?」
「信じられへんかったら、服脱いで確認したらええやんか」

 言われた通り、春平は脱いで服を確認した。

「これやから田舎いなかは嫌なんですよ!」

 春平は怒りを服にぶつけるように、バンバンと服をはためかせつつ言った。

「無人島やで?」
「人がおらんのやから、似たようなもんでしょう!」
「とにかく落ちつきなぁ」と、冬樹が春平の肩を二度ほど軽く打った。「夏美ちゃんがあの建物の裏手へ回っていったん見えたさけ、そっち行くで」

 まだまだ言い足りないが、冬樹がさっさと行ってしまったから、春平は服を着つつ、渋々と彼の背中を追った

「やっぱりおらんなぁ……」

 冬樹が右手で日差しを防ぎつつ、目を細めて言った。

「もうええんとちゃいますか?」

 春平が、冬樹からもらったペットボトルの飲料水を飲んでから言った。

「この島から出るには船に乗らなアカンさけ、桟橋の辺りで見張ってたら、現れるんとちゃいます?」
「船の中で待ちぶせ出来るんやったらええけど、あんな広い場所でどうやって張りこむん?」
「色々と建物ありますし、その辺の物陰に隠れて……」
「それで、また一から追いかけっこか? そもそも、あそこで捕まえるようなことしたら、人から注意されたり、警察よばれたりで大変なことになるんとちゃうか?」

 春平は横目となり、大きなため息をついた。

「お疲れなん分かるけど、もうちょい頑張ろら」
「ホンマにやったらええんですけどね」

 冬樹がパンフレットを広げる。

「見てみぃ、春平君。
 さっき確認したんやけど、この先はとら島っちゅう場所へ行く荒れ道と、がまうら海岸って場所への道、二つしかあらへん」

「ここから海岸沿いに歩いて、行けるんとちゃいます?」
「いや、それは無理やろ。基本的に友ヶ島は断崖絶壁が多い。となりの地ノ島はそのせいで、正真正銘の無人島っちゅう話やで」
「じゃあ…… この二五番の所に誰かおったら、今度こそはさみうちに出来るんですね?」
「正確にはここの道と二五番からの道、両方から二七番へ向かった方がええと思わ。そこで合流して、虎島方面へ行った方が見つけやすいと思うし。ほら、海岸の方と分かれる道の二つあるさけ」

 パッと見た感じ、二五番の方が遠回りに見えた春平は、「僕はこの道へ行きます」と答えた。

「ほな、僕は二五番やね。また二七番で会おら」


――――――――――――――――


 走る格好で歩いているに等しい夏美が、呼吸を乱しながら後ろを振りかえった。

 休まず走ったのがこうを奏したのか、春平たちの姿は無かった。だから、立ちどまって一息ついている。
 汗は出ていないが、顔がっていた。それに、どこか苦しそうな表情をしている。

「ほんと…… 楽じゃない……」

 冬樹の言葉を思い出したのか、夏美が独り言を口にした。
 彼女は右側の土壁に手をつき、深呼吸を繰りかえしている。ふくはぎがピクピク動いているから、けいれんの前兆も見られた。

 それでも彼女は、春平から少しでも逃れようと足を動かす。

「元に戻されてたまるもんか……!」

  夏美が独り言を口にした。
 眼前には、急になっていく山道が続いている。
 一歩一歩、その道をあがっていく夏美。
 すると、足が痙攣けいれんして引きつった。
 そのせいで、彼女の足がもつれる。

 転びそうになるが、左どなりにあった木へ手をついた。
 せつ、その木がミシリと嫌な音を立てる。
 彼女の体が崖の方へ向かって倒れ始めた。
 急いで近くにあったツタをつかんだものの、体は崖へ投げだされていた。

 体の重みで、つかんでいるツタもろとも下へ滑っていく。
 夏美の足が地面に着き、ついでお尻も接地する。
 彼女が状況を確認する余裕を持つ頃には、体が崖の途中で、完全に制止していた。

 どうやら九〇度の断崖絶壁では無く、六〇度ほどの急勾配だったようで、ツタと斜面の摩擦による減速で、体を制止させることが出来たらしい。

 ツタをつかんだ格好のまま、ホッとあんする夏美。

 ところが枝が折れる音がして、急にツタが下がり始めると、夏美が仰向あおむけのまま、つかんでいるツタと一緒に斜面をズルズルと下っていった。
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