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 二階まであがった春平が、客室の扉の前でキョロキョロしつつ、ノックをした。

『はいはい、今あけら』

 冬樹が部屋の扉を開けたから、春平は彼を押しこむような勢いで、素早く部屋の中へと入った。

「そないに警戒してると、余計に怪しまれるで?」
「部長、大変ですよ……!」血相を変えた春平が言った。「秋恵ちゃんを見たって志紀しきが言うてました……!」

「――ホンマか?」
「さっきロビーで聞いたんです。今から三〇分前にホテルの外へ出ていったって!」
「ほな、秋恵ちゃんにそのこといてみよか」

 春平がうなずき、冬樹と一緒に、秋恵が正座している机の前へとやって来た。
 部屋の四隅には冬樹の荷物の他に、秋恵の荷物が置いてある。おそらく皐月さつきにうまく言って、回収したのだろう。

 春平は腰を下ろすや否や、志紀しきから聞いた事柄をそのまま秋恵へ伝えた。
 彼女は小首をかしげ、

「あたし、自分の体が外へ出ていったのは見てないんです。最初に話した通り、堤防の光を見たら意識が無くなってもうて……」

 と、不安そうな声音こわねで言った。

「どう思います?」

 春平がとなりにいる冬樹を見て言った。しかし冬樹が、

「ひとまず、春平君が回収してきた人形を見てみよか」

 と言うから、春平は自分の発言をいなされた気持ちになって、不満な表情を隠さず出した。
 一方の冬樹は、春平の機嫌など意に介さない様子で、机の上に載せた巫女みこ姿の人形と鏡を、様々な角度から眺めていた。

はよう秋恵ちゃんの体を捜しに行った方が良くないですか?」
「三〇分も前に出たんやろ? どこにおるんか見当つけんのも時間掛かると思うさけ、まずはこっちから」
「せやけど……」と、さらに不満気になる。
「まぁ待ってよ。そないに時間かけるつもり無いさけ」

 春平がため息をついて、秋恵を見た。彼女はジッと冬樹や巫女みこ姿の人形を眺めている。
 表情に変化が無い――あるはずも無いが、不安そうな顔をしているように思えたから、春平は「何か分かりましたか?」と、せかすように言った。

「──さっぱりやわ」
「僕ら、人形になったりしませんよね?」
「そう願いたいもんやな」

 冬樹が人形をゆっくり回して、側面を観察する。

「――春平君。このはかまのところ、よう見てみ」

 言われた通り、春平がはかまをジッと眺めた。
 視線がすそに行きついたとき、春平が「あっ」と声をあげる。

「《伊賀いが》って縫ってありますよ!」

 冬樹がうなずきく。

「でも、これでどうなるんです?」
「何も情報ないよりマシ、ってヤツやな」

 そう言ってすぐに「秋恵ちゃん」と、最初から変わらずに正座し続けている、女形おやま人形を見た。

「この、巫女みこの服装した人形に見覚えあらへんか?」
「その…… あたし、ホンマに何も分からへんのです……」

「鏡、持ってるやろ? せやからこの鏡が光を反射して、秋恵ちゃんの部屋を照らしてたんやと思うんやけど……」

 秋恵は答えなかった。代わりに首を横に振っている。

「あの」と春平。「アホみたいなこと言うてもええですか?」
「ええよ、ええよ」と冬樹。「こんな事態になってんのに、常識的な意見なんか望んでないさけ」

「ほな……」と間を取ってから、春平が冬樹の耳元へ手をやりつつ顔を近付けた。

(もしも、ですけど…… この人形の秋恵ちゃんが偽物やったらマズくないですか?)

 冬樹は両腕を組んだだけで、何も言わなかった。これはつまり、悪くないと言うことだから、春平は続きを話した。

(ひょっとすると、本物の秋恵ちゃんは何か別の理由で外へ出てて、この人形が秋恵ちゃんをよそおってるって可能性もあるわけで……
 そもそも、人形がしゃべったり動いたりしてんのは事実ですけど、それが秋恵ちゃんかどうかは別問題っちゅうか)

「せやね」冬樹が即答した。「春平君、お待たせ。さっそく手分けして捜そか。今はその方が、手っ取り早く色々と確認できるやろうし」

「――分かりました」
「僕はホテル周りと秋恵ちゃん──あ、こっちの方な。こっちの秋恵ちゃん見とくさけ、君は少し遠くへ行ってみてくれへんか? 僕はまだ、色々やっとかなアカンことあるさけに」
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