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 昼下がりの夕暮れ前。

 海から帰ってきた春平は、宿泊しているホテルの自室で荷物整理をしていた。そこへノックの音が入ったから、春平が「は~い」と返事し、扉の前へ向かう。

「あれ? 秋恵あきえちゃん?」

 春平の目の前に立っている小柄な女性が、頬笑ほほえみながら目礼していた。

 髪は黒く、セミショートほどの長さで、服装は夏場の合宿に見合った、非常に簡素で地味なものだった。

「どないしたん?」
「これ、前に言うてたヤツです」

 そう言って、彼女が持っていた物を差しだしてきた。──ゲームソフトだ。

「あ、そうか。合宿のときに借りるって言うてたね、そう言えば……」
「面白いんで、ぜひやってみてください」
「ありがとうね。少しのあいだ借りら」

 春平が秋恵からゲームソフトを受けとると、

「秋恵ちゃん、今日の演奏どうやった?」と、尋ねた。
「あ、あたしですか?」
「うまくいった?」

「あたしは……」と、うつむく秋恵。「うまくいかなかったです…… やっぱり今回の曲、難しかったですよね」

「まぁ、僕は大ポカかましたからなぁ…… ちょっと集中力、欠けてたわ」

 春平が自虐気味にこう言うけれど、秋恵はなんと答えてよいのか分からない様子であった。

「ま、なんにせよ終わって良かった」
「そうですね……」
「これ、クリアするのに、どれくらい掛かった?」

 春平が手に持っていたゲームソフトをかざしつつ言った。それで秋恵が安心したのか、表情がうんと緩み、ほとんどゲームをしない自分でも楽しく遊べたと答えた。

 その後、少しのあいだ彼女とおしゃべりをした春平は、また夕食で会おうと告げて扉を閉めた。そして、外箱パッケージに描かれた絵や宣伝文句などを読みつつ荷物のところへ戻って、かばんを開き、傷が付かないようビニール袋に包んでから収めた。

 それから楽器の入った専用ケースをベッドの際《きわ》へ置き、衣類などを鞄へ入れていると、側に置いてある紙袋に目が留まった。

「あ……」

 口をあけた春平の顔が、段々と渋くなっていく。

「やってもうた……」

 そう言ってため息をつき、窓を眺めた。
 空は薄ら青く、その彩りを邪魔しないような薄雲が流れている。
 時計へ目をやった。
 ちょうど、一五時四五分であった。

「まだ神社、閉まってないわな」

 こうつぶやくと、春平は紙袋を持って立ちあがり、財布と携帯端末をポケットに突っ込んで部屋を出てた。


 階段を下りて一階のロビーに来ると、

二葉ふたばく~ん!」

 と、同年代くらいの女性が呼び掛けた。それで春平が立ち止まった。

 間も無く、女性二人が春平の前までやってくる。うち一人は秋恵だった。

「どこ行くん?」と、呼び賭けた女性が言った。
「ちょっと神社の方に」
「神社?」
皐月さつきは昨日、行ってきたんやろ?」
「ああ」と、手を打つ皐月さつき。「行ってきた行ってきた」

「秋恵ちゃんも一緒に行ったんやっけ?」
「え?」と、驚く秋恵。「えっと、あたしは……」
「あれ? 行ってへんの?」
「昨日はホテルの貸しホールで練習してました」
「そうやったか?」

 突然、皐月さつきが吹き笑いしだす。

「なんや? なんや?」と春平。
「部長みたいなやり取りやったから、つい」

「あ~、確かに。なんか副部長になってから、部長の忘却癖がうつってきた気ぃすんのよなぁ」

「失礼やなぁ」
「ゲッ!?」

 飛びのいた春平のとなりには、両腕を組んだ冬樹が立っていた。

「そないにビックリせんでもええやろ?」と冬樹。
「い、いきなり話さんといて下さいよ…… ってか、なんでいっつも気配けして近寄るんですか、ホンマ……」

「別に消してるつもりは無いんやけどね。まぁ、考えられる理由はアレやな…… 子供の頃、忍者を目指しとったからや」

「どんだけ本格的に目指してたんですか……」
「誰が存在空気やねん!」
「言ってないでしょ、そんなこと……!」

 女性陣の笑い声がした。愛想笑いなのか本気なのかは分からない。

「──ところで、なんのはなししてたん?」と冬樹。
淡島あわしま神社の話です」皐月さつきが代わりに答えてくれた。「ウチ、昨日いってきたんですよ」

「ほうほう、なるほどなぁ。それで春平君も女の子、誘って行こうとしてたんやね?」

「せやから、なんでそっちに行くんですか」
「実は僕も、ちょっと興味あったんよね、淡島神社」
「聞いてないし……」

「あ、それじゃあ」と皐月さつき。「みんなで行きますか?」
「おお、ええやん。その提案、採用や。みんなで行けば怖くないって言うさけ、みんなで行こか」

 春平がハッキリとため息をつく。そしてフッと、秋恵の方を見やった。
 明らかな苦笑いだったから、乗り気では無いのだろう。

「行きたくなかったら、別にええんやで?」と春平。
「あっ、いえ…… ウチ、神社とかお寺とかが苦手やから、つい……」
「──幽霊とかが苦手なん?」

 彼女の苦笑いに、恥じらいが加わっていた。どうやら大正解だったらしい。

「まぁ、昼間やしそう言うのは大丈夫やと思うけど…… 嫌なら無理せんでもええんやで?」

「で、でも、せっかくやし行ってみます。皐月さつき先輩も普通の神社と違うからって言うてましたし、昼間やから大丈夫かなぁって……」

「そうか?」
「お二人さ~ん」

 皐月さつきの声がした。すでに冬樹と共に先を歩いている。

「どうすんの~?」

 春平が手を挙げてこたえ、秋恵に「行こか」と言った。
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