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ヤンデレルート

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 陽介の反応から察するに、とても歓迎されている雰囲気とは思えない。「修一を待ってた」「会えて嬉しい」そんな甘い言葉を期待しているわけではなかった。だが修一の来訪を喜ぶような感情は欠片も読み取れないその様子に、会ったばかりにも関わらず早速打ちのめされそうになる。
 しかし、やはり心の片隅ではそういう反応を覚悟していたので、なんとか平静を取り繕うことが出来た。

「久しぶりだな、陽介。元気にしてたか」

「ひ……ッ、修……! な、なんで……っ」

 それでも、2年ぶりの挨拶がそれかと言いたくなるくらいには陽介の態度にショックを受けた。
 やはり陽介は再会を喜んでくれていないようだ。それどころか、ひどい声を出して招かれざる客が来たとでも言うような態度を見せる。
 そんな陽介に対して修一は少しでも受け入れてもらえるようにと、内心に燻る暗い感情を振り払うように努めて柔らかく、明るい声を出して陽介に語りかけた。

「何でって、今日から外泊するんだろう? 迎えに来たよ」

「そうだけど……! お、伯父さんは」

「俺が行っていいと言われたから来たんだが……駄目だったか?」

「駄目に決まってるじゃないか! なんで、修が来るんだよ……ッ」

 陽介に一歩近づこうとした修一に彼は勢いよく、ガタンと音を立てて椅子から立ち上がり後ずさる。まるで修一に「来るな」と言っているようだった。

 その様子に修一は脚が竦みそうになる。しかし、まだ陽介の口から決定的な言葉を聞いたわけではない。だから、もう少しだけ粘ることにした。

「なんでって、それは……」

 なぜお前が来るのか、その言葉に何と返して彼を説得すべきなのか、慎重に考え言葉を選ぶ。
 ここで間違えれば終わりだ。自分は追い出されてしまうだろう。修一は思わず目を泳がせて部屋を見渡し、説得のための何かいい材料がないかを探した。
 見回した病室は6畳ほどのワンルームだった。掃除が行き届いていて清潔で、陽当りがよくて明るい。部屋自体は病院らしく殺風景だが、簡易キッチンや恐らくユニットバスもついているようて過ごすに耐え難いような不便はなさそうだ。陽介が向かっていたデスクの上もよく整頓されている。几帳面な彼らしいと、修一は思った。そこにはノートパソコンに何冊かの本、ペンと便箋のような紙が置いてある。
 便箋は途中まで何か書かれているようだったが、距離があるので何が書かれているかは窺えない。人が書いている手紙を覗くのは失礼なことだと理解していたが、自分を差し置いて一体誰に手紙を書いているのだと覗いてやりたくなった。待てど暮らせどこの一年、自分には1通も寄越さなかったくせにと修一は内心嫉妬してしまう。

 だが、その嫉妬心は開かれたノートパソコンの影に隠れていたものを見つけることで一瞬にして霧散する。そこには写真立てが置かれていたからだ。修一と陽介が二人でタキシードを着て写った写真。その隣にも二人が笑顔で映る写真立てが飾られている。
 見つけた瞬間、思わず陽介に目をやった。彼は「なんで、修が」と繰り返し、よく見ると震える手で手元のスマートフォンを触っている。震えのせいかうまく扱えないようだが、誰かに連絡を取ろうとしているのだろう。恐らく、伯父の陽雄だ。本来迎えに来るべきだった彼に連絡しようとしているのだろうなと修一は直感した。

 そんな陽介を修一はまじまじと見る。修一よりもいくらか背が高いはずの彼は記憶より一回り小さく見えた。背が丸まっているからだろう。それに、少し痩せたようだ。もっとがっしりとしていたはずの体つきは明らかに筋肉量が減った。それでも男らしく整った体格はしていたが、過去の記憶より彼が痩せてしまったことを心配に思った。
 髪も少し伸びたようだ。目に前髪がかかり、鬱陶しそうに思える。それでは目を悪くしてしまわないだろうか。それに彼が俯くとその瞳が髪に隠れてしまうので、もっとよく顔を見せて欲しいと修一は陽介に近づいた。すると陽介は、それを許さないとでもばかりにビクリと肩を跳ねさせて、さらに後ずさる。後ろはもう、壁だ。
 そんなに自分に近寄られるのが嫌なのかと内心落ち込む。だが、ここで心折れる訳にはいかない。修一はそう決心して陽介に声をかけた。

「お前を愛してるんだ。だから、一緒に帰ろう」

 その修一の言葉を聞いた瞬間、陽介の顔面が蒼白になる。
 陽介は突然駆け出すと、ベッドサイドに設置されていたナースコールを手に取った。

 その時、修一は気が付いた。袖に隠れていた陽介の左手の薬指に指輪が嵌っていることを。
 それを理解した瞬間、修一の胸の内には歓喜と、愛しさが満ち溢れる。抱いていた疑いも不安も吹き飛ぶくらいの希望が湧いてくるのをはっきりと感じた。

 ーー陽介。もしかして、お前は。

「ようすけ」と修一は思わず彼の名前を口にするが、その小さな声は陽介は全く聞こえていない様子だった。それどころか彼は修一に目もくれず必死でナースコールに呼びかけている。
 電子音が鳴った後、陽介の手元のナースコールからは「井領さん、どうされましたか」と優しそうな声が響いた。恐らく看護師だろう。陽介はその声に向かって必死に呼びかける。

「助けて! 彼を部屋から出してくださいッ、今すぐに! じゃないと、俺はまた……!」

 そんな陽介の必死の訴えに相手は口調こそ優しいものの、耳を貸さない様子だった。

「大丈夫ですよ。如月さんでしょう? あんなに会いたがっていたじゃないですか」

 外泊のお迎えに来られたんですよ、と諭すように陽介に呼びかけている。口ぶりは親密そうだ。
 それもそのはずだ。陽介はここに2年もいたのだから大抵のスタッフとは顔見知りだろう。中には特別に仲の良い人だってできたはずだ。本来の陽介は優しく良い男なのだから。
 それに対し、少し嫉妬心のようなものが湧いたが彼女は陽介が修一と外泊に向かうことを勧め、説得に手を貸してくれている。顔の見えない彼女に修一は内心で「いいぞ、もっと言ってやってくれと」とエールを送った。

 ーー会いたがってたなら、素直にそう言ってくれたらいいのに。

 声の持ち主曰く、陽介は修一に会いたがっていたらしい。だが陽介はそれを全く態度には表さない。それどころか修一を強く拒否しているような様子だ。そんな陽介に修一は焦れた。

「すみません、看護師さん! 大丈夫ですから」

 修一は大きな声で声の主にトラブルはない事を伝え、通話を切るように促した。陽介と二人きりで話し合いたいことがたくさんある。
 その意図を察した相手は「はーい、ごゆっくりどうぞ」と気の抜けた声の後にブツリと通話を切る。
 容赦なく通話を切られ、助けを得られないと理解した陽介が絶望したような顔でナースコールを見つめていた。不通となったナースコールを手に、陽介は表情を引き攣らせている。小さな声で「どうしよう、どうしよう……」と繰り返し、混乱する寸前のようだった。
 そんな陽介に構わず修一は声をかけた。

「おい……助けてって、いくら何でもそれは言い過ぎなんじゃないか? さすがの俺でも傷つくぞ」

 自分の面の皮は厚いと自負している修一でも、こうもはっきりと面と向かって拒否をされていい気はしない。それ故、苦笑いを浮かべた修一が「傷つく」と漏らした瞬間、陽介の肩がびくりと震えた。

「ご、ごめん! でも、助けてっていうのは俺じゃなくて修の為なんだッ」

「そうか。でも、俺はお前と二人きりで話がしたい。だから他の誰かを呼ばないでくれると助かるんだが」

「……っ、二人きりで話すなんて、俺にはそんな資格ない。……修、悪いけど、部屋から出ていって欲しい」

 せっかく来てくれたのにごめん、帰ってと陽介は言った。だが修一は、そんなお願いを聞いてやる気は更々ない。

「嫌だ」

「なッ、……じゃあいい。そこ、退いて」

 敢えて修一と目を合わせないようにしていたのだろう陽介が、ようやく伏せていた顔を上げて視線を合わせる。
 その目を見た時、修一は陽介が病に打ち勝ったことを悟った。そして陽介が未だに修一を好いてくれている、ということも。
 記憶にある2年前の陽介の目にはいつも、怒りや不安、疑いや嫉妬心、そういった負の感情ばかりが窺えた。だが今は違うと感じる。自惚れかもしれないが、陽介が結婚していた時と同じ気持ちを向けてくれているような、かつての彼に戻っているような気がしてならないのだ。
 状況証拠からしても陽介は修一のことをまだ想ってくれているはずなのに、それを素直にあらわしてくれないどころか距離を置こうと、部屋から追い出そうとする陽介に、修一はつい意地悪な気持ちになってしまう。

「それも断る。…………なんでって言いたそうな顔をしてるな? だって、ここを退いたらお前は逃げる気だろう。そんなことさせないからな」

 この部屋から出るための唯一のドアは修一の背後にあった。出るためには修一を押し退けて行かなければならない。何故か陽介は修一に近づこうしない以上、彼がこの部屋から出ることは不可能だ。
 修一と距離を保とうとする陽介に一歩近づく。その分だけ彼は修一から離れようとするが、もう逃げ場などない。

「や、やめろ。……来ないで。お願いだから……頼むからから出ていってくれよ……!」
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