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ヤンデレルート
2ー7
しおりを挟む「他に何が?」
苛立ちを隠しきれない修一の声音を聞いて医師が小さくため息をつく。そして、聞き分けのない子供に言い聞かせるように修一を諭し始める。
「……如月さん、あなたは男性です。背も高く、女性や多くのΩのようにか弱くは見えない。弁護士さんという立派なお仕事もされている。きっと肉体的にも精神的にも強いのでしょう」
何故この医師が修一の職業を知っているのかというと、先ほどの診察で受傷の経過の聞き取りとともに「お仕事は何をされていますか」と聞かれて答えたからだ。
立派な仕事かどうかは個人の価値観によると思うが、「強い」と評価されたことは純粋に嬉しかった。
ーーなんだ、よく分かっているじゃないか。
「でも、そんなことは関係ありません」
「……は?」
「自分が男で、頑丈だから、多少の暴力は大したことはないと思っていませんか。あるいは彼があなたを傷つけるのはあなた自身に責任がある、自分がそうさせていると感じてはいませんか」
「……ッ」
修一の考えを見透かしているような的確な指摘に、修一は言葉を詰まらせた。
「如月さん、それは違います。暴力の責任は加害者にあって、暴力を止めるのも加害者の責任なんです。法律を生業としている如月さんなら、そのことはよくご存知かと思いますが」
修一の職業までわざわざ持ち出して主張するその言い分は尤もだった。いくら意見の食い違いがあれども、暴力を振るった方が加害者なのだ。しかしそれはあくまで法律上の話で、実際の人間関係はそうはいかない。
「あなたのような方は、自分がDVの被害者であると認識していないことが多い。もしくはそう認めることを恥じているのでは? ……DVとは、単なる暴力だけを指すものではない。過剰な束縛や侮辱、望まないセックスの強要もそこには含まれます。如月さんには、パートナーに支配されず、自由に生きる権利があります。たとえ番になっていたとしても」
「……」
「αと番になったΩは通常のカップルや夫婦に比べて虐待を受ける割合が多い。そして多くの場合それは表沙汰にはなりません。番契約によって、ある種の共依存の状態に陥っているからです。番状態にあるΩは相手のαから精神的、肉体的な制約を受けます。男性同士とはいえ、第三者の介入が必要なケースも珍しくありません」
『共依存』という言葉が胸に突き刺さった。修一と陽介の関係は愛ではなく、共依存なのだろうか。
「一般的にα性は支配的で、Ω性は従属的な傾向があります。如月さんが一般的なΩに当てはまらず、誰かの庇護を必要としない強い人だというのは分かります。それでも、誰かに助けを求めたっていい。助けを求めることは恥ずかしいことではないんです。……今すぐでなくてもかまいません。将来もし何か問題があったならば連絡を下さい。私でなくても、別の機関だっていい」
連絡先を渡しておく、と言って医師は修一に2つのカードを持たせた。一枚は彼の名刺で、もう一枚にはDV関連機関の名称と、電話番号が記載されていた。
「……これは」
「話は以上です。もう帰っていただいてけっこうですよ」
ーー鈍い先生というのは訂正しないといけない。
それどころか彼は実に鋭く患者を観察していた。今まで誰にも打ち明けず胸に秘めていた修一の思いを見抜き、自分でさえ気がついていなかった状況を分析して見せたのだ。
それでも、修一は彼の提案に乗る気はなかった。助けなどと、大袈裟に過ぎる。たしかにDVという枠組みに当てはまらないこともないが、それは程度問題と受け手の捉え方次第だと思った。
「先生……これはお返しします」
厚意はありがたいと思ったが、今の修一にはこの電話番号は必要ないし、そもそもこんなものを持ち帰って陽介に見つかったら何を言われるか分かったものではない。
二枚の連絡先を医師へ返そうとするが、彼は修一の顔をじっと見つめるだけで手を出そうとしない。仕方がないので彼の白衣の胸ポケットへと押し込んだ。
「……あなたがそう決めたのなら私に介入する権限はありません。ただ、いつでも門戸は開かれていると知っておいてください」
「気にかけてくださったことには感謝します。……でも、対処できますので」
厚意を無下にした修一に、医師は気を悪くした様子を見せることなく「お大事に」と言って立ち去った。
忙しい中、態度のいいとはいえない患者に対してのあの対応。修一より若そうに見えるのに実によくできた人だと尊敬する。始めに抱いた、無愛想で人間味のなさそうな医師という印象はこの短時間で大きく覆されてしまった。
ーー帰ろう。
身支度を整え、借りた松葉杖で体を支えて待合室へと向かう。
案の定、陽介が苛々とした様子で待っていた。修一が姿を見せると、足早に駆け寄ってくる。
「ずいぶん遅かったね。会計はもう済ませてあるから、早く帰るよ」
陽介は修一の鞄をひったくるように奪うと、松葉杖を持っていない方の修一の腕を掴み歩き出した。
「陽介、待ってくれ。そんなに早く歩けない」
「……ごめん」
陽介は修一に向き直り申し訳なさそうに謝罪する。しかしさらに修一の背後に視線をやると、再び顔を顰め舌打ちをした。
どうしたのだと思い修一も振り返ると、そこには先程の医師が立ってた。
まさか見送ってくれているのだろうかと思い軽く一礼すると、彼は軽く手を挙げて返事を返し去っていった。
「随分と処置が遅かったね。下手くそなんじゃないの? あの藪医者が」
帰りの車内では陽介が先程の医師に悪態をついている。
陽介は車で迎えに来てくれていた。その運転は少し乱暴なんじゃないかと思ったが、口にはしなかった。
「何か話したの」
「いや、別に……」
「もしかしてあの医者にベッドでも誘われたんじゃないだろうね? あいつ修一を変な目で見てたから」
ーー馬鹿なことを。
「そんなわけないだろう」
辟易としたようにそう返すと陽介は話題を変えた。
「ねぇ、あの病院に通うの? たしかに整形外科はあるけど、小さくて設備も古そうだし別のところにしない? 知り合いのいいクリニックを知ってるんだ。女医さんで、腕は確かだよ」
女医、というところを陽介は強調する。男性医師では駄目なのか、などと聞く気はなかった。
「……どこだっていい。お前に任せる」
「じゃあそうするよ。連絡しておくからね。とにかく今日は心配したんだ、早く家に帰ろうね」
嬉しそうに陽介が話す。脳裏に先程の医師が何度か言った『支配』という単語が思い浮かんだ。
疲れと眠気、それと無理やり与えられる快楽に意識が朦朧としていたが、陽介に容赦なく揺さぶられるので時折足首が揺れ、その度に痛みで意識が引き戻される。
処方された鎮痛剤を飲みたかったが、酒を飲んでいたから今日は痛み止めを飲んではいけないと医師から言われていた。
帰宅してからまたセックスに付き合わされている。
今日くらいは休ませてくれてもいいではないか。しつこく、一回だけ、と陽介は言うがその一回が長いし、辛かった。
もう夜も更けているのだから勘弁してくれと頼んだが、遅くなった修一が悪いのだと反論される。
このまま押し問答を続けるよりさっさと終わらせてしまうのが一番早く済む。今までの経験からそう学んだ修一は、その要求をのむことにした。こんな状態でも本気で逆らえない自分に一番が腹立った。
「さっきのあいつ、αだよね? 酷い態度だった。ねぇ、あいつと何話してたの。修一を見る目、おかしくなかった? 何かされてないよね? もうあの病院には二度と行かないで」
あの医師がαか、と言われたら確かにそうなのかもしれない。αらしい恵まれた体格をしており、愛想はないが貫禄があってある種の存在感のようなものが感じられた。
だがそれが何だというのだ。
矢継ぎ早の馬鹿馬鹿しい質問を声を殺して無視していると、「ねぇ、聞いてるの」と弱点を抉るように嬲られる。
「あ、あっ…………もうッ、イ、く……!」
「一回だけなんでしょ? 俺より早くイっちゃ駄目だよ」
「んんッーー!」
陽介が、もう少しで達しそうになっていた修一の陰茎を強く握り締める。直前に射精を阻害されて、爆発しかけていた快感が修一の中で暴れまわる。苦しくて、生理的な涙が滲んで視界がぼやけた。
「ひッ……あ、ああっ! はな、せ……!」
ーー離せ馬鹿野郎。
そこまで言いたかったが自分の嬌声にかき消された。
陽介は修一の訴えなど無視して思うがままに抽送を始める。
そして恍惚とした表情で修一の奥深くに精を放った。修一の陰茎は塞がれて、射精は許されないままで。
「修一ッ、…‥うぁっ……!」
陽介が絶頂の余韻に浸っている間、修一はびくびくと身体を痙攣させ、射精が許されるのを待っていた。
ようやく修一が苦しそうに悶えていることに気がついた陽介が「修一もイっていいよ」と言いその陰茎から手を離し裏筋をつつ、と撫でた。
「ーーッ! ぁ、あ……っ……」
その瞬間、たったそれだけのことで修一は陽介の見ている前で身体を仰け反らせ、ひきつれた叫び声をあげて無様に射精した。
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