上 下
41 / 78
ヤンデレルート

2ー7

しおりを挟む


「他に何が?」
 
 苛立ちを隠しきれない修一の声音を聞いて医師が小さくため息をつく。そして、聞き分けのない子供に言い聞かせるように修一を諭し始める。

「……如月さん、あなたは男性です。背も高く、女性や多くのΩのようにか弱くは見えない。弁護士さんという立派なお仕事もされている。きっと肉体的にも精神的にも強いのでしょう」

 何故この医師が修一の職業を知っているのかというと、先ほどの診察で受傷の経過の聞き取りとともに「お仕事は何をされていますか」と聞かれて答えたからだ。
 立派な仕事かどうかは個人の価値観によると思うが、「強い」と評価されたことは純粋に嬉しかった。

 ーーなんだ、よく分かっているじゃないか。

「でも、そんなことは関係ありません」

「……は?」

「自分が男で、頑丈だから、多少の暴力は大したことはないと思っていませんか。あるいは彼があなたを傷つけるのはあなた自身に責任がある、自分がそうさせていると感じてはいませんか」

「……ッ」

 修一の考えを見透かしているような的確な指摘に、修一は言葉を詰まらせた。

「如月さん、それは違います。暴力の責任は加害者にあって、暴力を止めるのも加害者の責任なんです。法律を生業としている如月さんなら、そのことはよくご存知かと思いますが」

 修一の職業までわざわざ持ち出して主張するその言い分は尤もだった。いくら意見の食い違いがあれども、暴力を振るった方が加害者なのだ。しかしそれはあくまで法律上の話で、実際の人間関係はそうはいかない。

「あなたのような方は、自分がDVの被害者であると認識していないことが多い。もしくはそう認めることを恥じているのでは? ……DVとは、単なる暴力だけを指すものではない。過剰な束縛や侮辱、望まないセックスの強要もそこには含まれます。如月さんには、パートナーに支配されず、自由に生きる権利があります。たとえ番になっていたとしても」

「……」

「αと番になったΩは通常のカップルや夫婦に比べて虐待を受ける割合が多い。そして多くの場合それは表沙汰にはなりません。番契約によって、ある種の共依存の状態に陥っているからです。番状態にあるΩは相手のαから精神的、肉体的な制約を受けます。男性同士とはいえ、第三者の介入が必要なケースも珍しくありません」

 『共依存』という言葉が胸に突き刺さった。修一と陽介の関係は愛ではなく、共依存なのだろうか。

「一般的にα性は支配的で、Ω性は従属的な傾向があります。如月さんが一般的なΩに当てはまらず、誰かの庇護を必要としない強い人だというのは分かります。それでも、誰かに助けを求めたっていい。助けを求めることは恥ずかしいことではないんです。……今すぐでなくてもかまいません。将来もし何か問題があったならば連絡を下さい。私でなくても、別の機関だっていい」

 連絡先を渡しておく、と言って医師は修一に2つのカードを持たせた。一枚は彼の名刺で、もう一枚にはDV関連機関の名称と、電話番号が記載されていた。

「……これは」

「話は以上です。もう帰っていただいてけっこうですよ」

 ーー鈍い先生というのは訂正しないといけない。

 それどころか彼は実に鋭く患者を観察していた。今まで誰にも打ち明けず胸に秘めていた修一の思いを見抜き、自分でさえ気がついていなかった状況を分析して見せたのだ。

 それでも、修一は彼の提案に乗る気はなかった。助けなどと、大袈裟に過ぎる。たしかにDVという枠組みに当てはまらないこともないが、それは程度問題と受け手の捉え方次第だと思った。

「先生……これはお返しします」

 厚意はありがたいと思ったが、今の修一にはこの電話番号は必要ないし、そもそもこんなものを持ち帰って陽介に見つかったら何を言われるか分かったものではない。
 二枚の連絡先を医師へ返そうとするが、彼は修一の顔をじっと見つめるだけで手を出そうとしない。仕方がないので彼の白衣の胸ポケットへと押し込んだ。

「……あなたがそう決めたのなら私に介入する権限はありません。ただ、いつでも門戸は開かれていると知っておいてください」

「気にかけてくださったことには感謝します。……でも、対処できますので」

 厚意を無下にした修一に、医師は気を悪くした様子を見せることなく「お大事に」と言って立ち去った。
 忙しい中、態度のいいとはいえない患者に対してのあの対応。修一より若そうに見えるのに実によくできた人だと尊敬する。始めに抱いた、無愛想で人間味のなさそうな医師という印象はこの短時間で大きく覆されてしまった。

 ーー帰ろう。

 身支度を整え、借りた松葉杖で体を支えて待合室へと向かう。
 案の定、陽介が苛々とした様子で待っていた。修一が姿を見せると、足早に駆け寄ってくる。

「ずいぶん遅かったね。会計はもう済ませてあるから、早く帰るよ」

 陽介は修一の鞄をひったくるように奪うと、松葉杖を持っていない方の修一の腕を掴み歩き出した。

「陽介、待ってくれ。そんなに早く歩けない」

「……ごめん」

 陽介は修一に向き直り申し訳なさそうに謝罪する。しかしさらに修一の背後に視線をやると、再び顔を顰め舌打ちをした。
 どうしたのだと思い修一も振り返ると、そこには先程の医師が立ってた。
 まさか見送ってくれているのだろうかと思い軽く一礼すると、彼は軽く手を挙げて返事を返し去っていった。



「随分と処置が遅かったね。下手くそなんじゃないの? あの藪医者が」

 帰りの車内では陽介が先程の医師に悪態をついている。
 陽介は車で迎えに来てくれていた。その運転は少し乱暴なんじゃないかと思ったが、口にはしなかった。 

「何か話したの」

「いや、別に……」

「もしかしてあの医者にベッドでも誘われたんじゃないだろうね? あいつ修一を変な目で見てたから」

 ーー馬鹿なことを。

「そんなわけないだろう」

 辟易としたようにそう返すと陽介は話題を変えた。

「ねぇ、あの病院に通うの? たしかに整形外科はあるけど、小さくて設備も古そうだし別のところにしない? 知り合いのいいクリニックを知ってるんだ。女医さんで、腕は確かだよ」

 女医、というところを陽介は強調する。男性医師では駄目なのか、などと聞く気はなかった。

「……どこだっていい。お前に任せる」

「じゃあそうするよ。連絡しておくからね。とにかく今日は心配したんだ、早く家に帰ろうね」

 嬉しそうに陽介が話す。脳裏に先程の医師が何度か言った『支配』という単語が思い浮かんだ。
 


 疲れと眠気、それと無理やり与えられる快楽に意識が朦朧としていたが、陽介に容赦なく揺さぶられるので時折足首が揺れ、その度に痛みで意識が引き戻される。
 処方された鎮痛剤を飲みたかったが、酒を飲んでいたから今日は痛み止めを飲んではいけないと医師から言われていた。

 帰宅してからまたセックスに付き合わされている。
 今日くらいは休ませてくれてもいいではないか。しつこく、一回だけ、と陽介は言うがその一回が長いし、辛かった。
 もう夜も更けているのだから勘弁してくれと頼んだが、遅くなった修一が悪いのだと反論される。
 このまま押し問答を続けるよりさっさと終わらせてしまうのが一番早く済む。今までの経験からそう学んだ修一は、その要求をのむことにした。こんな状態でも本気で逆らえない自分に一番が腹立った。


「さっきのあいつ、αだよね? 酷い態度だった。ねぇ、あいつと何話してたの。修一を見る目、おかしくなかった? 何かされてないよね? もうあの病院には二度と行かないで」

 あの医師がαか、と言われたら確かにそうなのかもしれない。αらしい恵まれた体格をしており、愛想はないが貫禄があってある種の存在感のようなものが感じられた。
 だがそれが何だというのだ。
 矢継ぎ早の馬鹿馬鹿しい質問を声を殺して無視していると、「ねぇ、聞いてるの」と弱点を抉るように嬲られる。

「あ、あっ…………もうッ、イ、く……!」

「一回だけなんでしょ? 俺より早くイっちゃ駄目だよ」

「んんッーー!」

 陽介が、もう少しで達しそうになっていた修一の陰茎を強く握り締める。直前に射精を阻害されて、爆発しかけていた快感が修一の中で暴れまわる。苦しくて、生理的な涙が滲んで視界がぼやけた。

「ひッ……あ、ああっ! はな、せ……!」

 ーー離せ馬鹿野郎。

 そこまで言いたかったが自分の嬌声にかき消された。

 陽介は修一の訴えなど無視して思うがままに抽送を始める。
 そして恍惚とした表情で修一の奥深くに精を放った。修一の陰茎は塞がれて、射精は許されないままで。

 「修一ッ、…‥うぁっ……!」

 陽介が絶頂の余韻に浸っている間、修一はびくびくと身体を痙攣させ、射精が許されるのを待っていた。
 ようやく修一が苦しそうに悶えていることに気がついた陽介が「修一もイっていいよ」と言いその陰茎から手を離し裏筋をつつ、と撫でた。

「ーーッ! ぁ、あ……っ……」

 その瞬間、たったそれだけのことで修一は陽介の見ている前で身体を仰け反らせ、ひきつれた叫び声をあげて無様に射精した。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

消えない思い

樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。 高校3年生 矢野浩二 α 高校3年生 佐々木裕也 α 高校1年生 赤城要 Ω 赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。 自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。 そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。 でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。 彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。 そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

変なαとΩに両脇を包囲されたβが、色々奪われながら頑張る話

ベポ田
BL
ヒトの性別が、雄と雌、さらにα、β、Ωの三種類のバース性に分類される世界。総人口の僅か5%しか存在しないαとΩは、フェロモンの分泌器官・受容体の発達度合いで、さらにI型、II型、Ⅲ型に分類される。 βである主人公・九条博人の通う私立帝高校高校は、αやΩ、さらにI型、II型が多く所属する伝統ある名門校だった。 そんな魔境のなかで、変なI型αとII型Ωに理不尽に執着されては、色々な物を奪われ、手に入れながら頑張る不憫なβの話。 イベントにて頒布予定の合同誌サンプルです。 3部構成のうち、1部まで公開予定です。 イラストは、漫画・イラスト担当のいぽいぽさんが描いたものです。 最新はTwitterに掲載しています。

夢見がちオメガ姫の理想のアルファ王子

葉薊【ハアザミ】
BL
四方木 聖(よもぎ ひじり)はちょっぴり夢見がちな乙女男子。 幼少の頃は父母のような理想の家庭を築くのが夢だったが、自分が理想のオメガから程遠いと知って断念する。 一方で、かつてはオメガだと信じて疑わなかった幼馴染の嘉瀬 冬治(かせ とうじ)は聖理想のアルファへと成長を遂げていた。 やがて冬治への恋心を自覚する聖だが、理想のオメガからは程遠い自分ではふさわしくないという思い込みに苛まれる。 ※ちょっぴりサブカプあり。全てアルファ×オメガです。

【完結・短編】game

七瀬おむ
BL
仕事に忙殺される社会人がゲーム実況で救われる話。 美形×平凡/ヤンデレ感あり/社会人 <あらすじ> 社会人の高井 直樹(たかい なおき)は、仕事に忙殺され、疲れ切った日々を過ごしていた。そんなとき、ハイスペックイケメンの友人である篠原 大和(しのはら やまと)に2人組のゲーム実況者として一緒にやらないかと誘われる。直樹は仕事のかたわら、ゲーム実況を大和と共にやっていくことに楽しさを見出していくが……。

どうせ全部、知ってるくせに。

楽川楽
BL
【腹黒美形×単純平凡】 親友と、飲み会の悪ふざけでキスをした。単なる罰ゲームだったのに、どうしてもあのキスが忘れられない…。 飲み会のノリでしたキスで、親友を意識し始めてしまった単純な受けが、まんまと腹黒攻めに捕まるお話。 ※fujossyさんの属性コンテスト『ノンケ受け』部門にて優秀賞をいただいた作品です。

平凡腐男子なのに美形幼馴染に告白された

うた
BL
平凡受けが地雷な平凡腐男子が美形幼馴染に告白され、地雷と解釈違いに苦悩する話。 ※作中で平凡受けが地雷だと散々書いていますが、作者本人は美形×平凡をこよなく愛しています。ご安心ください。 ※pixivにも投稿しています

森の中の華 (オメガバース、α✕Ω、完結)

Oj
BL
オメガバースBLです。 受けが妊娠しますので、ご注意下さい。 コンセプトは『受けを妊娠させて吐くほど悩む攻め』です。 ちょっとヤンチャなアルファ攻め✕大人しく不憫なオメガ受けです。 アルファ兄弟のどちらが攻めになるかは作中お楽しみいただけたらと思いますが、第一話でわかってしまうと思います。 ハッピーエンドですが、そこまで受けが辛い目に合い続けます。 菊島 華 (きくしま はな)   受 両親がオメガのという珍しい出生。幼い頃から森之宮家で次期当主の妻となるべく育てられる。囲われています。 森之宮 健司 (もりのみや けんじ) 兄  森之宮家時期当主。品行方正、成績優秀。生徒会長をしていて学校内での信頼も厚いです。 森之宮 裕司 (もりのみや ゆうじ) 弟 森之宮家次期当主。兄ができすぎていたり、他にも色々あって腐っています。 健司と裕司は二卵性の双子です。 オメガバースという第二の性別がある世界でのお話です。 男女の他にアルファ、ベータ、オメガと性別があり、オメガは男性でも妊娠が可能です。 アルファとオメガは数が少なく、ほとんどの人がベータです。アルファは能力が高い人間が多く、オメガは妊娠に特化していて誘惑するためのフェロモンを出すため恐れられ卑下されています。 その地方で有名な企業の子息であるアルファの兄弟と、どちらかの妻となるため育てられたオメガの少年のお話です。 この作品では第二の性別は17歳頃を目安に判定されていきます。それまでは検査しても確定されないことが多い、という設定です。 また、第二の性別は親の性別が反映されます。アルファ同士の親からはアルファが、オメガ同士の親からはオメガが生まれます。 独自解釈している設定があります。 第二部にて息子達とその恋人達です。 長男 咲也 (さくや) 次男 伊吹 (いぶき) 三男 開斗 (かいと) 咲也の恋人 朝陽 (あさひ) 伊吹の恋人 幸四郎 (こうしろう) 開斗の恋人 アイ・ミイ 本編完結しています。 今後は短編を更新する予定です。

恋のキューピットは歪な愛に招かれる

春於
BL
〈あらすじ〉 ベータの美坂秀斗は、アルファである両親と親友が運命の番に出会った瞬間を目の当たりにしたことで心に深い傷を負った。 それも親友の相手は自分を慕ってくれていた後輩だったこともあり、それからは二人から逃げ、自分の心の傷から目を逸らすように生きてきた。 そして三十路になった今、このまま誰とも恋をせずに死ぬのだろうと思っていたところにかつての親友と遭遇してしまう。 〈キャラクター設定〉 美坂(松雪) 秀斗 ・ベータ ・30歳 ・会社員(総合商社勤務) ・物静かで穏やか ・仲良くなるまで時間がかかるが、心を許すと依存気味になる ・自分に自信がなく、消極的 ・アルファ×アルファの政略結婚をした両親の元に生まれた一人っ子 ・両親が目の前で運命の番を見つけ、自分を捨てたことがトラウマになっている 養父と正式に養子縁組を結ぶまでは松雪姓だった ・行方をくらますために一時期留学していたのもあり、語学が堪能 二見 蒼 ・アルファ ・30歳 ・御曹司(二見不動産) ・明るくて面倒見が良い ・一途 ・独占欲が強い ・中学3年生のときに不登校気味で1人でいる秀斗を気遣って接しているうちに好きになっていく ・元々家業を継ぐために学んでいたために優秀だったが、秀斗を迎え入れるために誰からも文句を言われぬように会社を繁栄させようと邁進してる ・日向のことは家族としての好意を持っており、光希のこともちゃんと愛している ・運命の番(日向)に出会ったときは本能によって心が惹かれるのを感じたが、秀斗の姿がないのに気づくと同時に日向に向けていた熱はすぐさま消え去った 二見(筒井) 日向 ・オメガ ・28歳 ・フリーランスのSE(今は育児休業中) ・人懐っこくて甘え上手 ・猪突猛進なところがある ・感情豊かで少し気分の浮き沈みが激しい ・高校一年生のときに困っている自分に声をかけてくれた秀斗に一目惚れし、絶対に秀斗と結婚すると決めていた ・秀斗を迎え入れるために早めに子どもをつくろうと蒼と相談していたため、会社には勤めずにフリーランスとして仕事をしている ・蒼のことは家族としての好意を持っており、光希のこともちゃんと愛している ・運命の番(蒼)に出会ったときは本能によって心が惹かれるのを感じたが、秀斗の姿がないのに気づいた瞬間に絶望をして一時期病んでた ※他サイトにも掲載しています  ビーボーイ創作BL大賞3に応募していた作品です

処理中です...