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16. 泥臭くたっていい男?

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 翌朝、コレットより一足先にマリーが家を出ると、家の前の柳の木にもたれかかったユリーカの姿を見つけた。早朝から芸術作品かと見間違えるほど美しい光景に、マリーは一瞬にして眠気が吹っ飛んだ。ユリーカはマリーに気がつくと、この世のものとは思えないくらい、かっこいいほほ笑みをマリーに向けた。

「おはよう。君を迎えに来たんだ」

マリーはもう昇天してもかまわないと感じるほどに、その笑みにノックアウト寸前だ。二人はゆっくりと歩き出す。
ユリーカの魅力に処理が追いつかないマリーは、言葉数が少ない。まさかそんな風に思われていると考えてもいないユリーカは、マリーが放課後に行われる聖女の面接を控えて緊張しているせいだと結論づけた。

「リラックスして、大丈夫。あんなに頑張ってきたんだから、いつも通りでいればいいんだ」

マリーはきょとんとしたのも一瞬、今日が面接その日だったことを思い出し、みるみるうちに顔を強張らせた。
「緊張してきました。これじゃ放課後まで持たないかも」

しおらしく顔を落としたマリーの頬を、ユリーカはいたずらにつまんだ。驚いたマリーは顔を上げ、次の瞬間にはユリーカのことしか考えられなくなって、不安も緊張も消えてしまった。

「ぼくの奥さんになりたいなら、今日は頑張らないとね」

片方の口角を器用に上げたユリーカの茶目っ気のある笑顔に、マリーは聖女の座を射止めてやると、決意を前進にみなぎらせた。


 マリーは聖堂まで送り届けられ、ユリーカとは別れた。いつものように祈った後で、しおらしく緊張した面持ちで、関係者たちに面接は最善を尽くすとアピールした。聖堂から教室へ向かうマリーの前に、突然ジョゼフ王子が現れた。緊張が走るマリーに対し、自信満々の表情の王子は言った。

「教室まで送ってやろう。一人では危ないだろう?」
「――!?一人で行けますので、大丈夫です」

マリーは王子を迂回しようとする。だが王子が反復横跳びをするかのように、マリーを通せんぼして行く手を阻む。

「だめだ!いつ脅されたり、命を狙われるかわからないぞ。俺のかっこよさに、すぐにお前も気がつくはずだ。そうすれば、お前はもう俺なしでは一秒だって生きていけなくなるぜ」

嫌な予感しかしないので、マリーはお断りして歩き去ろとする。王子はにやりと不敵な笑みをみせる。

 マリーが王子をよけて歩きはじめると、周りから叫び声がしたと同時に、頭上から得体のわからない何かが降ってきた。

「危ないっ!何か落ちてきたぞ?」

その場にいる生徒たちは混乱している。咄嗟にふせたマリーに向かって、なぜか王子が突進してきた。

(やられる!?)

マリーは本能的に危機を察した。王子はもちろん攻撃しようとしたわけではなく、マリーを守ろうとして覆いかぶさってきたのだが、マリーは反射的に王子を全力で押し戻した。

(生理的に無理いいいいい!)
「え?ええええええええ!?」

王子はマリーに全力で押し返されて、バランスを崩してしりもちをついた。その反動でマリーは後ろにひっくり返ってしまった。頭から倒れると思ったその時、王子様……ではなく神様がマリーを抱きとめた。マリーがうっとりとユリーカを見つめる間に、王子は真上から泥水を全身に浴びた。

「また助けてくれた」
「約束したからね」

二人は王子など眼中にない。泥臭い匂いが近づいてきて、マリーは顔をしかめた。すると、横に全身に泥水をかぶった王子がいた。

「おい!助けてやったのに、礼ぐらい言えよ!お前は人間のクズかよ?」
すでにクズの王子には言われたくないものである。

「王子があたしを?こっちに向かって飛びかかってきたから恐怖のあまり転倒しそうになって、そこをユリーカ様に支えてもらったんですけど」

「またお前かあ!くそっ!くそがああああああ」

周囲には人だかりができ始めていた。くすくす笑いや困惑する声が聞こえ始めた。王子はそれに気がつくと、王子は涙目で走り去っていった。
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