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29. 10月29日 アリーの部屋
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部屋の外から何かが当たる音が聞こえた。わたしは咄嗟に頭に浮かんだスペルのうち、役立ちそうなものをリストアップした。おそるおそるカーテンの隙間から外の様子をうかがう。
一人が出られる程の小さなテラスの前に人影があった。よく目を凝らしてみると、ペガサスに乗ったヘンリーがわたしの部屋の前にいる。わたしが最も会いたくて、最も会いたくない人!
わたしは急いで白いガウンを羽織ると、テラスに出るドアを開けた。
「どうして?」と驚いていると、ヘンリーが恥ずかしそうにうつむいてから、にっこりと笑った。
「いきなり来て驚かせてしまったよね。ごめん」
わたしが口を開いて言葉を発する前に、ヘンリーは自分の唇に人差し指を当て「静かに」と言い、ペガサスからこの小さなテラスに降り立った。ヘンリーはペガサスの頭を撫でてやってから、わたしからほんの数センチしか離れていない距離に立っていた。
抗議しようとしたわたしは思わず口をつぐんだ。大人一人がやっと立てるスペースにヘンリーと二人で立っているものだから、ヘンリーがあまりに近くて、とても喋れそうにない。身長差があって助かった。この近さでヘンリーの顔は直視できない。
ヘンリーはわたしにしか聞こえないくらいの小さな声で言った。
「今夜ここに来たのは、アリーのことを誘いに来たからなんだ。明日、時間とれないかな」
「明日?ずいぶんと急ね」
わたしは困惑する。
「おっと。寒いよね?これを着てて」
ヘンリーは自分が着ているコートを脱ぐと、腕を擦っていたわたしに丁寧な仕草でそれを着せた。
「ありがとう」
脱いだばかりのコートからはヘンリーのぬくもりを感じる。
「週末に王子主催のパーティーを開催することになって、その招待状を持ってきたんだ。アリーを誘いたくて、こんな時間だけど明日の当日に誘うよりはいいかと思って。ほら、一緒にでかけようって話していたから。
冬の離宮へ行くから二日分の準備が必要かな。リゾート地だから羽を伸ばせるはずだよ」
わたしは予想を超える展開に口を挟めない。ヘンリーは心配そうに聞く。
「どうかな?急な誘いだから予定があれば仕方ないけど。でも、絶対楽しく過ごせると思うよ」
それにしたって、急な話だ。だけどこちらを不安そうにのぞきこむヘンリーの顔が視界に入った途端、この目には抗えないと悟った。わたしは自分の気持ちを理解したばりで、さっきまでちょうどヘンリーのことを考えていた。
気まずいのと、恥ずかしいのと、嬉しいのとで、頭が混乱してしまう。ちょっと休息が必要かも。
「アリーと一緒にいたいんだ」
ヘンリーはそっとつぶやいた。大きな声を出せないからか、ささやき声に近いその声はいつも以上に魅力的だ。
わたしはヘンリーの力強い瞳に吸い込まれそうだった。
「ヘンリー」
わたしは彼の名前を口にしていた。
「それにヒューバート王子からの誘いなんだ。殿下とは一度パーティーで会ったよね。それからアリーのことを気にかけてくれているんだ。僕たちが今度一緒に出かける予定だということを知って、冬の離宮に連れてきてはどうかと提案されたんだ」
ああ、これって断れないやつだ。王族の誘いを断るなんて、アスリエル王国の貴族にはできない。
「わたしも忙しいのよ。突然やってきて急に誘われてもね。だけど、いいわ。王子のお誘いですものね」
ヘンリーは「よかった」と安堵した表情で招待状を渡してきた。
「僕たち、離宮で会えるよね?」
「ええ、そうね」
「花畑や小川といった自然が素晴らしいそうだ。王子のごく親しい友人だけの内輪の滞在だそうだから、あまりかしこまらない格好でいいとおっしゃっていたよ」
わたしは思わず姿勢を正す。アスリエル王国でもごく限られた者のみが許される、超ハイソな集まりになりそうだ。
「じゃあ、僕は行くよ。本音を言えばずっと君といたいところだけど、夜も遅いし、これ以上長居すると誰かに見られてしまうかもしれないしね」
ヘンリーは振り返って、小さく言い添えた。
「おやすみ、アリー。よい夢を」
ヘンリーがペガサスで走り去ったあとも、わたしはしばらくテラスに突っ立って、ビロードみたいな濃紺の夜空を眺めていた。
わたしははっとし、急いで部屋に入った。衣装ダンスを引っ掻き回して、滞在中に着る服を選びはじめた。わたしはチェストの上から二番目の引き出しを開けてエチケットブックを取り出すと、参考になるページを探しはじめた。
なぜ宮殿の舞踏会に参加するときの服装については載っているのに、王家の離宮に滞在するときの服装は載っていないのだ。仕方なく田舎へ行くときのページを開いて、服装と持ち物を確認した。
物語みたいにフェアリーゴッドマザーが現れて、適切な服を魔法で用意してくれたらいいのに。衣装はお金がかかるし、ドレスにしわがないかチェックしてきれいな状態にしないといけない。
舞踏会へのプラチナチケットを持っていても、それだけではだめなのだ。ああ、現実は厳しい。ようやく寝たのは、空が白みはじめたころだった。
一人が出られる程の小さなテラスの前に人影があった。よく目を凝らしてみると、ペガサスに乗ったヘンリーがわたしの部屋の前にいる。わたしが最も会いたくて、最も会いたくない人!
わたしは急いで白いガウンを羽織ると、テラスに出るドアを開けた。
「どうして?」と驚いていると、ヘンリーが恥ずかしそうにうつむいてから、にっこりと笑った。
「いきなり来て驚かせてしまったよね。ごめん」
わたしが口を開いて言葉を発する前に、ヘンリーは自分の唇に人差し指を当て「静かに」と言い、ペガサスからこの小さなテラスに降り立った。ヘンリーはペガサスの頭を撫でてやってから、わたしからほんの数センチしか離れていない距離に立っていた。
抗議しようとしたわたしは思わず口をつぐんだ。大人一人がやっと立てるスペースにヘンリーと二人で立っているものだから、ヘンリーがあまりに近くて、とても喋れそうにない。身長差があって助かった。この近さでヘンリーの顔は直視できない。
ヘンリーはわたしにしか聞こえないくらいの小さな声で言った。
「今夜ここに来たのは、アリーのことを誘いに来たからなんだ。明日、時間とれないかな」
「明日?ずいぶんと急ね」
わたしは困惑する。
「おっと。寒いよね?これを着てて」
ヘンリーは自分が着ているコートを脱ぐと、腕を擦っていたわたしに丁寧な仕草でそれを着せた。
「ありがとう」
脱いだばかりのコートからはヘンリーのぬくもりを感じる。
「週末に王子主催のパーティーを開催することになって、その招待状を持ってきたんだ。アリーを誘いたくて、こんな時間だけど明日の当日に誘うよりはいいかと思って。ほら、一緒にでかけようって話していたから。
冬の離宮へ行くから二日分の準備が必要かな。リゾート地だから羽を伸ばせるはずだよ」
わたしは予想を超える展開に口を挟めない。ヘンリーは心配そうに聞く。
「どうかな?急な誘いだから予定があれば仕方ないけど。でも、絶対楽しく過ごせると思うよ」
それにしたって、急な話だ。だけどこちらを不安そうにのぞきこむヘンリーの顔が視界に入った途端、この目には抗えないと悟った。わたしは自分の気持ちを理解したばりで、さっきまでちょうどヘンリーのことを考えていた。
気まずいのと、恥ずかしいのと、嬉しいのとで、頭が混乱してしまう。ちょっと休息が必要かも。
「アリーと一緒にいたいんだ」
ヘンリーはそっとつぶやいた。大きな声を出せないからか、ささやき声に近いその声はいつも以上に魅力的だ。
わたしはヘンリーの力強い瞳に吸い込まれそうだった。
「ヘンリー」
わたしは彼の名前を口にしていた。
「それにヒューバート王子からの誘いなんだ。殿下とは一度パーティーで会ったよね。それからアリーのことを気にかけてくれているんだ。僕たちが今度一緒に出かける予定だということを知って、冬の離宮に連れてきてはどうかと提案されたんだ」
ああ、これって断れないやつだ。王族の誘いを断るなんて、アスリエル王国の貴族にはできない。
「わたしも忙しいのよ。突然やってきて急に誘われてもね。だけど、いいわ。王子のお誘いですものね」
ヘンリーは「よかった」と安堵した表情で招待状を渡してきた。
「僕たち、離宮で会えるよね?」
「ええ、そうね」
「花畑や小川といった自然が素晴らしいそうだ。王子のごく親しい友人だけの内輪の滞在だそうだから、あまりかしこまらない格好でいいとおっしゃっていたよ」
わたしは思わず姿勢を正す。アスリエル王国でもごく限られた者のみが許される、超ハイソな集まりになりそうだ。
「じゃあ、僕は行くよ。本音を言えばずっと君といたいところだけど、夜も遅いし、これ以上長居すると誰かに見られてしまうかもしれないしね」
ヘンリーは振り返って、小さく言い添えた。
「おやすみ、アリー。よい夢を」
ヘンリーがペガサスで走り去ったあとも、わたしはしばらくテラスに突っ立って、ビロードみたいな濃紺の夜空を眺めていた。
わたしははっとし、急いで部屋に入った。衣装ダンスを引っ掻き回して、滞在中に着る服を選びはじめた。わたしはチェストの上から二番目の引き出しを開けてエチケットブックを取り出すと、参考になるページを探しはじめた。
なぜ宮殿の舞踏会に参加するときの服装については載っているのに、王家の離宮に滞在するときの服装は載っていないのだ。仕方なく田舎へ行くときのページを開いて、服装と持ち物を確認した。
物語みたいにフェアリーゴッドマザーが現れて、適切な服を魔法で用意してくれたらいいのに。衣装はお金がかかるし、ドレスにしわがないかチェックしてきれいな状態にしないといけない。
舞踏会へのプラチナチケットを持っていても、それだけではだめなのだ。ああ、現実は厳しい。ようやく寝たのは、空が白みはじめたころだった。
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