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13. 9月25日 メイヒュー家のディナー
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ついにジムに会う。この二日間わたしはじっとしていられなくて、ホームズ商会を存続させるためにできることがないかと動き回っていた。
商品を新たに使ってくれそうなお店を探してお客さんのふりをして高級店へ入ったり、すでに商品を取り扱ってくれている百貨店に出向き、どういう商品が売れているのかを調査して過ごした。
おかげで有益な情報を集めることが出来た。
今日のディナーを思うと昨夜は緊張して寝つけず、わたしの顔にはうっすらとくまが出来ていた。
ジムの従兄のフラットに着くと、ジムと雰囲気が似た男性と、小柄なダークブロンドの女性が出迎えてくれた。
男性の方はうす茶色の髪と同じ色の瞳が優しそうな印象を作っている。ジムの数年後はこんな姿だろうと想像できる。彼がジムの従兄だろうか。
「こんばんは。わたし、アリー・ホームズです。本日はご招待いただき、ありがとうございます」
わたしは礼儀正しく言った。
「はじめまして、アリー。トビアス・メイヒューです。こちらは妻のブリジット。来てくれてありがとう」
「ジムから聞いているわよ。想像以上にかわいらしいお嬢さんで驚いたわ。さあ、入って!」
部屋の中に入ると、ジムが他のゲストと家具の間をすり抜けて、こちらにやってくるのが目に入った。
「やあ、アリー。来てくれて嬉しいよ」
ジムはそう言うと、はにかんだ顔を見せた。
「わたしもよ。あなたの従兄は素敵な方ね。かんじがよくて、なによりもてなし上手だわ」
わたしは部屋の中を見渡す。ゲストはすでにくつろぎ、食前酒を楽しんでいる。
「ああ、彼はゲストを楽しませることにかけては天下一品だよ。ということは、楽しんでくれているようだね」
「もちろんよ。楽しんだと言えば、この前のパーティーも楽しかったわ」
「俺もだ。だけどあんな小難しい話なんてしちゃって、もっとまともな話をすべきだったと後悔してたんだ」
ジムはばつの悪そうな顔をした。
「わたしは本当にあなたの話が興味深かったの。その証拠に、どうすれば倒産を防げるか真剣に考えてきたのよ」
ジムは顔をほころばせたと思ったら、今度は驚いた顔をした。なかなか表情が忙しい人だ。無表情しか見せたことがなかったヘンリーとは大違いだ。
わたしは不自然に聞こえないように、必死に考えてきた案を話した。
「なるほどね。奇策でツケを回収し、非魔法製品の生産をやめて、魔法製品の生産に集中させる。そして、新たな顧客を獲得し、新商品やオーダーメイドの商品を売っていく。
悪くない案だと思う。だけど新商品の開発資金はどうやって調達するつもりなの?」
「投資してくれる銀行があればいいけど、難しいでしょうね。原料を加工した段階で、それを必要とする商会に売るのよ」
ジムは「まいったな」とはにかみながら、頭を掻いている。
「本当に考えてきてくれたんだね。君の案は現実的で、よく練られているよ。
あのパーティーで君はつまらなかったんじゃないかと疑ってたんだ。俺との会話に興味を持って色々と調べてくれたんだと知って、予想外に嬉しいよ」
てっきり怪訝な顔をされると思っていたけどジムは優しい。
「お二人さん、熱々な雰囲気をお邪魔して悪いけどディナーの準備ができたよ」
トビアスが絶妙なタイミングで会話に入ってきた。
「ああ、トビアス。君のところのシェフは腕がいいからなあ。楽しみだ」
ジムはわたしと目が合うと、照れたようにウィンクした。
わたしたちはディナーを楽しみ、そのあとはカードゲームをしたり、ピアノを演奏して過ごした。
グランドピアノの近くの椅子に座って他のゲストと談笑していたとき、ジムに「少しいいかな」と声をかけられた。
ジムはわたしをテラスへ誘った。
「君ともう少し話したかったんだ」
わたしは抱えていた問題がひとつ解決したことで気が緩んだのか、それともアルコールのせいなのか、すっかり気を抜いていた。
「嬉しいわ。今夜はとっても気分がいいの」
「それはよかった。俺の話ばかり聞かせちゃったから、君のことも知りたいと思ってね」
「あら、わたしの意見をもっと聞いてくれるの?」
「さっきの話も興味深いけどね。そうだな、趣味はあるの?」
残念ながらこれ以上はわたしの考えたプランの詳細を話すことはできないらしい。まあ、よくできてると言われたから、それでよしとしよう。
それに、純粋にわたしに興味をもってくれるジムに対して申し訳ない気持ちになってきた。
「そうねえ、ペガサス乗馬は好きよ。趣味と言っていいかはわからないけど、散歩も好きだわ。あなたはどう?」
わたしたちは世間話や互いの話をして過ごした。それはとても穏やかな時間で、あっという間にお開きの時間になった。
わたしは穏やかな気持ちのまま、ジムの馬車で家まで送ってもらう。ジムの車は空飛ぶ馬車ではなく、普通の馬車だ。
馬車を持っているだけでも庶民には羨望の的なのだが、貴族は空飛ぶ馬車がステータスなのだ。
ジムは財産も肩書きもないけど、伴侶になれば穏やかな人生を過ごせそうだ。実家の立て直しにも協力してくれるかもしれない。義姉が望んでいる経済的支援とは違うが、悪くない人生だろう。
行方不明のヘンリーが持っていたのは公爵の爵位だけ。祖父同士が決めた婚約で、ヘンリーの実家のクラーク家を支援するはずだったのに、もはやホームズ家は支援などできる状態ではない。
結局ホームズ家が彼にしたことは、ヘンリーの寄宿学校の費用と月々のおこづかいを負担しただけだ。ヘンリーは卒業後はダウンタウンにフラットを借りて、自らの力で一年近く住んでいた。
結婚式の前日に騎士団の仕事で旅立ったきり戻ってこないヘンリーのことを一年以上待ったので、家族も別の人と結婚していいと言っているし、義姉は最近、誰でもかまわず積極的に結婚させようとしている。
別に、ジムでもいいじゃない?でも今はホームズ商会の危機のことで頭がいっぱいだ。
商品を新たに使ってくれそうなお店を探してお客さんのふりをして高級店へ入ったり、すでに商品を取り扱ってくれている百貨店に出向き、どういう商品が売れているのかを調査して過ごした。
おかげで有益な情報を集めることが出来た。
今日のディナーを思うと昨夜は緊張して寝つけず、わたしの顔にはうっすらとくまが出来ていた。
ジムの従兄のフラットに着くと、ジムと雰囲気が似た男性と、小柄なダークブロンドの女性が出迎えてくれた。
男性の方はうす茶色の髪と同じ色の瞳が優しそうな印象を作っている。ジムの数年後はこんな姿だろうと想像できる。彼がジムの従兄だろうか。
「こんばんは。わたし、アリー・ホームズです。本日はご招待いただき、ありがとうございます」
わたしは礼儀正しく言った。
「はじめまして、アリー。トビアス・メイヒューです。こちらは妻のブリジット。来てくれてありがとう」
「ジムから聞いているわよ。想像以上にかわいらしいお嬢さんで驚いたわ。さあ、入って!」
部屋の中に入ると、ジムが他のゲストと家具の間をすり抜けて、こちらにやってくるのが目に入った。
「やあ、アリー。来てくれて嬉しいよ」
ジムはそう言うと、はにかんだ顔を見せた。
「わたしもよ。あなたの従兄は素敵な方ね。かんじがよくて、なによりもてなし上手だわ」
わたしは部屋の中を見渡す。ゲストはすでにくつろぎ、食前酒を楽しんでいる。
「ああ、彼はゲストを楽しませることにかけては天下一品だよ。ということは、楽しんでくれているようだね」
「もちろんよ。楽しんだと言えば、この前のパーティーも楽しかったわ」
「俺もだ。だけどあんな小難しい話なんてしちゃって、もっとまともな話をすべきだったと後悔してたんだ」
ジムはばつの悪そうな顔をした。
「わたしは本当にあなたの話が興味深かったの。その証拠に、どうすれば倒産を防げるか真剣に考えてきたのよ」
ジムは顔をほころばせたと思ったら、今度は驚いた顔をした。なかなか表情が忙しい人だ。無表情しか見せたことがなかったヘンリーとは大違いだ。
わたしは不自然に聞こえないように、必死に考えてきた案を話した。
「なるほどね。奇策でツケを回収し、非魔法製品の生産をやめて、魔法製品の生産に集中させる。そして、新たな顧客を獲得し、新商品やオーダーメイドの商品を売っていく。
悪くない案だと思う。だけど新商品の開発資金はどうやって調達するつもりなの?」
「投資してくれる銀行があればいいけど、難しいでしょうね。原料を加工した段階で、それを必要とする商会に売るのよ」
ジムは「まいったな」とはにかみながら、頭を掻いている。
「本当に考えてきてくれたんだね。君の案は現実的で、よく練られているよ。
あのパーティーで君はつまらなかったんじゃないかと疑ってたんだ。俺との会話に興味を持って色々と調べてくれたんだと知って、予想外に嬉しいよ」
てっきり怪訝な顔をされると思っていたけどジムは優しい。
「お二人さん、熱々な雰囲気をお邪魔して悪いけどディナーの準備ができたよ」
トビアスが絶妙なタイミングで会話に入ってきた。
「ああ、トビアス。君のところのシェフは腕がいいからなあ。楽しみだ」
ジムはわたしと目が合うと、照れたようにウィンクした。
わたしたちはディナーを楽しみ、そのあとはカードゲームをしたり、ピアノを演奏して過ごした。
グランドピアノの近くの椅子に座って他のゲストと談笑していたとき、ジムに「少しいいかな」と声をかけられた。
ジムはわたしをテラスへ誘った。
「君ともう少し話したかったんだ」
わたしは抱えていた問題がひとつ解決したことで気が緩んだのか、それともアルコールのせいなのか、すっかり気を抜いていた。
「嬉しいわ。今夜はとっても気分がいいの」
「それはよかった。俺の話ばかり聞かせちゃったから、君のことも知りたいと思ってね」
「あら、わたしの意見をもっと聞いてくれるの?」
「さっきの話も興味深いけどね。そうだな、趣味はあるの?」
残念ながらこれ以上はわたしの考えたプランの詳細を話すことはできないらしい。まあ、よくできてると言われたから、それでよしとしよう。
それに、純粋にわたしに興味をもってくれるジムに対して申し訳ない気持ちになってきた。
「そうねえ、ペガサス乗馬は好きよ。趣味と言っていいかはわからないけど、散歩も好きだわ。あなたはどう?」
わたしたちは世間話や互いの話をして過ごした。それはとても穏やかな時間で、あっという間にお開きの時間になった。
わたしは穏やかな気持ちのまま、ジムの馬車で家まで送ってもらう。ジムの車は空飛ぶ馬車ではなく、普通の馬車だ。
馬車を持っているだけでも庶民には羨望の的なのだが、貴族は空飛ぶ馬車がステータスなのだ。
ジムは財産も肩書きもないけど、伴侶になれば穏やかな人生を過ごせそうだ。実家の立て直しにも協力してくれるかもしれない。義姉が望んでいる経済的支援とは違うが、悪くない人生だろう。
行方不明のヘンリーが持っていたのは公爵の爵位だけ。祖父同士が決めた婚約で、ヘンリーの実家のクラーク家を支援するはずだったのに、もはやホームズ家は支援などできる状態ではない。
結局ホームズ家が彼にしたことは、ヘンリーの寄宿学校の費用と月々のおこづかいを負担しただけだ。ヘンリーは卒業後はダウンタウンにフラットを借りて、自らの力で一年近く住んでいた。
結婚式の前日に騎士団の仕事で旅立ったきり戻ってこないヘンリーのことを一年以上待ったので、家族も別の人と結婚していいと言っているし、義姉は最近、誰でもかまわず積極的に結婚させようとしている。
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