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4 夏旅
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正直、厳島神社のことは、大鳥居のイメージくらいしか知らなかった。
だけど、神社の方も、かなりすごい。
建築とかには全然詳しくないけれど、あきが、柱や建具に彫られた綺麗な細工や天井画の意味などを、ひとつひとつ教えてくれた。
ついこの間日本史でやったばかりの話が出てくると、『ここは絶対忘れないな』と思った。
頑張って暗記するのはもちろん大事だけど、百聞は一見にしかずとはこのことだなあとも思う。
「じゃあ、お目当ての神様に会いに行きますか?」
「うん」
学業成就のご利益がある菅原道真公の周りは、学生と思しき人でいっぱいだった。
それに、おびただしい量の絵馬。
見てみると、やはり合格祈念がほとんどだ。
「あとで書く?」
「うん」
他のひとに倣って並ぶ。
女の子たちがチラチラとあきのことを見ているので、どこにいてもかっこいいもんな、と思った。
あきは財布から500円玉を取り出し、お賽銭箱にそっと入れた。
背筋を真っ直ぐ伸ばし、二礼二拍手一礼。
惚れ惚れするほど、神聖なこの場に似合っている。
あきのあとに続いて、俺も500円玉を入れた。
目をつぶり、願い事を思い浮かべる。
絶対、志望校に合格。
卒業式には、三船先生に心の底からおめでとうと言って欲しい。
そして、その次の日から俺たちはもう生徒と先生じゃなくて、嘘はひとつもない、どこにでもいる普通の恋人同士になる。
目標は、県内最難関の私立大学で、政治を学ぶこと。
1年生のときにそこの教授が出した本を読んだらすごく面白くて、このひとに直接教わりたいと思った。
ただハイレベルな大学に行って、良いところに就職したいわけじゃない。
顔を上げると、あきがほんの少しこちらを見て、微笑んでいた。
「ずいぶん長いお祈りだったね」
「絶対合格したいから」
「そうだね」
このことは、あきには言っていない。というか、誰にも言っていない。
気安く言ってしまったら口から意思が逃げていってしまいそう……という、訳の分からない理由なのだけど。
お祈りを終えて、絵馬を書き結びつけていると、後ろから声をかけられた。
振り向くと、高校生くらいの女の子がふたり。
「すみませーん、写真撮ってもらえませんか?」
「いいですよ」
あきが受け取ると、ふたりは、自分が書いたであろう絵馬をそれぞれ指差して、ポーズをした。
「撮りますよー」
パシパシと、何枚か縦横を変えて撮る。
撮り終えて手渡すと、女の子たちはスマホをのぞき込んでニコニコしたあと、あきの方を見上げて言った。
「大丈夫です、ありがとうございました」
「いえいえ」
「あの……」
女の子たちが、少し恥ずかしそうに目を合わせてから、たずねる。
「ふたりで旅行ですか?」
あきと俺を交互に見比べる。
「はい、そうですよ」
「わたしたちもふたりなんです。良ければ一緒に散歩とか……」
すごい、大胆な逆ナンパ。神聖な神社で。
あきの様子をチラッと見ると、小首をかしげつつ、きっぱり言い切った。
「この子とふたりでのんびり見たいので。すみません」
そう言って俺を引き寄せて、ほっぺたをふにふにと触られる。
女の子たちは、残念そうに去っていった。
あきは何でもない風にしていたけど、俺は顔が真っ赤になっているのが自分でも分かるくらい、猛烈に恥ずかしかった。
「何してくれてんの」
あきは、眉根を寄せて笑う。
「いいじゃない。こんな旅先でなきゃ、ノロケるとかできないもの。やってみたかったんだよね。誰かに『可愛い子とふたりで時間を過ごしているところです』って、自慢するの」
絶句してしまった。あきがそんなことを考えていたなんて。
大人だから、そういう人に見せびらかすようなことはしないものなのかなって思っていたから。
「いやだった?」
無言で、ふるふると首を横に振る。
「そう。じゃあ行きましょうか、僕の可愛い深澄さん」
恥ずかしすぎて、泣いてしまうかと思った。
更紗からは特に連絡がなかったので、お守りはこちらで勝手にチョイスすることにした。
「お揃いで学業成就でいいかな? それとも縁結び?」
「更紗ちゃんは、恋人はいるの?」
「欲しくて欲しくて仕方ないらしい。でも更紗はかなりサバサバしてるし、少女趣味な縁結びなんか兄貴からもらってもうれしくないかも」
そう言って、お守りのサンプルをやんわりと眺める。
あきは、俺の頬をつついた。
「成瀬家は勉強に熱心なタイプなのかな?」
「親の教育方針が偏った結果、俺みたいな勉強だけが取り柄のつまんない人間が出来上がったと思うんだけど」
「深澄のまじめなところ、好きだよ。あ、すみません。学業御守を2つと、お札1枚お願いします」
巫女さんへさくっとお願いする。
「将来お義兄さんかも知れない僕から更紗ちゃんへお守りと、可愛い恋人の合格祈願のお守り、そして三船先生から受験生の成瀬くんに御神札ね」
「え……ありがとう。たくさん」
あきが受け取る横から、俺も巫女さんにお願いする。
「開運と交通安全ください」
あきが目を見開いた。
「深澄?」
「憧れの先生へ開運と、かっこいい恋人へ交通安全」
お守りを受け取り、本殿の方へ振り返る。
神様。嘘まみれの俺たちを、いまだけは許してください。
だけど、神社の方も、かなりすごい。
建築とかには全然詳しくないけれど、あきが、柱や建具に彫られた綺麗な細工や天井画の意味などを、ひとつひとつ教えてくれた。
ついこの間日本史でやったばかりの話が出てくると、『ここは絶対忘れないな』と思った。
頑張って暗記するのはもちろん大事だけど、百聞は一見にしかずとはこのことだなあとも思う。
「じゃあ、お目当ての神様に会いに行きますか?」
「うん」
学業成就のご利益がある菅原道真公の周りは、学生と思しき人でいっぱいだった。
それに、おびただしい量の絵馬。
見てみると、やはり合格祈念がほとんどだ。
「あとで書く?」
「うん」
他のひとに倣って並ぶ。
女の子たちがチラチラとあきのことを見ているので、どこにいてもかっこいいもんな、と思った。
あきは財布から500円玉を取り出し、お賽銭箱にそっと入れた。
背筋を真っ直ぐ伸ばし、二礼二拍手一礼。
惚れ惚れするほど、神聖なこの場に似合っている。
あきのあとに続いて、俺も500円玉を入れた。
目をつぶり、願い事を思い浮かべる。
絶対、志望校に合格。
卒業式には、三船先生に心の底からおめでとうと言って欲しい。
そして、その次の日から俺たちはもう生徒と先生じゃなくて、嘘はひとつもない、どこにでもいる普通の恋人同士になる。
目標は、県内最難関の私立大学で、政治を学ぶこと。
1年生のときにそこの教授が出した本を読んだらすごく面白くて、このひとに直接教わりたいと思った。
ただハイレベルな大学に行って、良いところに就職したいわけじゃない。
顔を上げると、あきがほんの少しこちらを見て、微笑んでいた。
「ずいぶん長いお祈りだったね」
「絶対合格したいから」
「そうだね」
このことは、あきには言っていない。というか、誰にも言っていない。
気安く言ってしまったら口から意思が逃げていってしまいそう……という、訳の分からない理由なのだけど。
お祈りを終えて、絵馬を書き結びつけていると、後ろから声をかけられた。
振り向くと、高校生くらいの女の子がふたり。
「すみませーん、写真撮ってもらえませんか?」
「いいですよ」
あきが受け取ると、ふたりは、自分が書いたであろう絵馬をそれぞれ指差して、ポーズをした。
「撮りますよー」
パシパシと、何枚か縦横を変えて撮る。
撮り終えて手渡すと、女の子たちはスマホをのぞき込んでニコニコしたあと、あきの方を見上げて言った。
「大丈夫です、ありがとうございました」
「いえいえ」
「あの……」
女の子たちが、少し恥ずかしそうに目を合わせてから、たずねる。
「ふたりで旅行ですか?」
あきと俺を交互に見比べる。
「はい、そうですよ」
「わたしたちもふたりなんです。良ければ一緒に散歩とか……」
すごい、大胆な逆ナンパ。神聖な神社で。
あきの様子をチラッと見ると、小首をかしげつつ、きっぱり言い切った。
「この子とふたりでのんびり見たいので。すみません」
そう言って俺を引き寄せて、ほっぺたをふにふにと触られる。
女の子たちは、残念そうに去っていった。
あきは何でもない風にしていたけど、俺は顔が真っ赤になっているのが自分でも分かるくらい、猛烈に恥ずかしかった。
「何してくれてんの」
あきは、眉根を寄せて笑う。
「いいじゃない。こんな旅先でなきゃ、ノロケるとかできないもの。やってみたかったんだよね。誰かに『可愛い子とふたりで時間を過ごしているところです』って、自慢するの」
絶句してしまった。あきがそんなことを考えていたなんて。
大人だから、そういう人に見せびらかすようなことはしないものなのかなって思っていたから。
「いやだった?」
無言で、ふるふると首を横に振る。
「そう。じゃあ行きましょうか、僕の可愛い深澄さん」
恥ずかしすぎて、泣いてしまうかと思った。
更紗からは特に連絡がなかったので、お守りはこちらで勝手にチョイスすることにした。
「お揃いで学業成就でいいかな? それとも縁結び?」
「更紗ちゃんは、恋人はいるの?」
「欲しくて欲しくて仕方ないらしい。でも更紗はかなりサバサバしてるし、少女趣味な縁結びなんか兄貴からもらってもうれしくないかも」
そう言って、お守りのサンプルをやんわりと眺める。
あきは、俺の頬をつついた。
「成瀬家は勉強に熱心なタイプなのかな?」
「親の教育方針が偏った結果、俺みたいな勉強だけが取り柄のつまんない人間が出来上がったと思うんだけど」
「深澄のまじめなところ、好きだよ。あ、すみません。学業御守を2つと、お札1枚お願いします」
巫女さんへさくっとお願いする。
「将来お義兄さんかも知れない僕から更紗ちゃんへお守りと、可愛い恋人の合格祈願のお守り、そして三船先生から受験生の成瀬くんに御神札ね」
「え……ありがとう。たくさん」
あきが受け取る横から、俺も巫女さんにお願いする。
「開運と交通安全ください」
あきが目を見開いた。
「深澄?」
「憧れの先生へ開運と、かっこいい恋人へ交通安全」
お守りを受け取り、本殿の方へ振り返る。
神様。嘘まみれの俺たちを、いまだけは許してください。
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