23 / 87
4 夏旅
4-1
しおりを挟む
もうすぐ夏休みだ。
と言っても、予備校にカンヅメ必至なんだけど、あきと、1泊でいいから旅行に行きたい。
そのためにいま俺は、猛勉強をしている。
夏休み直前にある予備校のテストで、国語が90点以上取れれば、1日外泊してもいいことになった。
もちろん行き先を聞かれたけど、俺は大嘘中の大嘘をついた。
「広島の原爆ドームを観に行く」
「ひとりで!?」
「うん。式典を生で見てみたい」
「そんな遠くまでひとりで行かせられるわけないでしょう」
「沖縄のひめゆりの塔だったら、ついて行ってもいいって言ってる友達いるけど」
「どうせフラフラ遊ぶんでしょ」
「うん。沖縄じゃどうせ遊ぶだろうから、俺はひとりでじっくり広島の街を見たい」
結局親が折れて、8月5日から1泊の超弾丸で、広島に行くことになった。
しかし誤算は、親が新幹線の早割チケットを買ってしまったため、本当に行き先が広島になってしまったことだ。
[広島でもいい?]
ついさっき、勉強の合間に送ったメッセージだ。
既読がついたあと、ほどなくして、URLが送られてきた。
旅行情報サイト。ずらりと並ぶ、ホテル一覧。
[いますぐ決めないと予約取れないよ]
見ると、8月5日は空きが残りわずか。
そりゃそうだ。日本中から人が慰霊にくるのだから。
実は、親がホテルまで決めようとしていたので、それは必死で断った。
旅のことはなるべく自分で決めたい、そういう体験もしたい……とゴリ押しして、最終的には父親の援護射撃でOKが出た。
決まったらホテルの名前を教えなさいと言われていて、これをどうするかで悩んでいる。
適当なホテルの名前を言ってしまうと、母親が確認の電話をする可能性がある。
かと言って、日本庭園のある旅館にひとりで泊まるなんて言ったら、怪しまれることこのうえない。
でもできれば、温泉であきとゆっくりしたい……という欲も出てくる。
[親に怪しまれないで和風旅館に泊まる方法ある?]
さすがに考えているらしい。しばらく経ってから、返信が来た。
[ここどう?]
貼られているのは、激安素泊まりプランから豪華な離れの個室まで、バリエーション豊かな温泉旅館。
なるほど。安く素泊まりするということにして、普通のプランに申し込めばいいというわけだ。
[天才]
[もう予約取っちゃうよ?]
[お願いします!]
スマホを閉じ、再び教科書に向か……おうとしたけど、どうにもこうにも集中できない。
旅館のことを調べる。
「厳島かー……」
海の中の巨大鳥居で有名な、厳島神社のそばにある温泉旅館。
広島の中心地から1時間半はかかるらしい。
よく考えれば、広島市内に温泉があるわけないし、和風旅館というチョイスをした時点で、遠くなるのは仕方なかった。
単純に『素泊まりで安いから』と言い訳するのは、ちょっときつい。
5分ほどネットサーフィンして、厳島神社には、学業の神様・菅原道真が祀られていることが分かった。
学業成就のご利益があるらしい。
道真公にあやかりたいと言えば、受験生の親なら良しとしてくれるはず。
案外、広島は良い選択だったのではないかという気がしてきた。
「やば、勉強しよ……」
新幹線も宿もとって、それなのに90点が取れなかったら終わりだ。
スマホの電源を落とした。
ほぼ毎週恒例になりつつある、土曜日昼過ぎまでの小デート。
きょうの行き先は、大型書店だ。
「ひっろしま、ひっろしまー」
旅行ガイドコーナーで棚にかぶりつく俺を見て、あきが笑った。
「そんなに楽しみにしてくれてるの、うれしいな」
俺はぱっと振り返って、ニコニコするあきを見上げた。
「だって、泊まりだよ? そんな夢みたいなことある……?」
「深澄が国語を頑張れば、夢が現実になるね」
「あう」
大前提を思い出し眉間にしわを寄せると、あきがちょっとかがんで、俺の耳元でささやいた。
「がんばってね」
こんなところで優しくするのは……ズルい。耳が熱くなる。
「がんばります」
早口で言って離れようとしたら、あごをつかまれた。
抗議する間もなく、キス。
目線だけで『何するの!』と怒ると、あきは肩をすくめて、あさっての方を向いた。
でも、その首筋のラインがかっこいい。
「ダメだ、あきに勝てない……」
「何が?」
「好きすぎて、勝ち目がないんだよ」
あきはキョトンとしたあと、
「よく分からないけど、じゃあ、ずっと負けてて?」
そう言って、もう一度キスしてきた。
カフェで、買ってきたガイドブックを開いた。
「結構色々遊ぶところあるんだね」
「1泊だから、そんなにたくさんは回れないと思うけど」
初日は半分くらいは移動になるだろうし、神社や島の中をぷらぷら見たり、のんびりごはんを食べるくらいかなと思う。
それに、せっかくだから……夜はイチャイチャしていたいという、丸出しの下心もある。
「6日の追悼式典は8:00からだから、朝食をとったらすぐ出ないとだね。そのあとは市内観光かな」
「絶対お好み焼き食べたい」
「そうだね」
旅行はまだまだ先なのに、想像しているだけで楽しい。
「深澄は」
「ん?」
「最近、表情が豊かになったよね」
「え? そう?」
両手で頬をはさんでみる。あきは、腕を組んでクスクスと笑った。
「学校とは全然違う顔してる」
「あー、それはそうだよ。あきといたら楽しいもん」
学校や家では『いままでどおり』を貫いているから、本当に、あきと一緒にいるときだけがナチュラルな自分だ。
「あきだーいすき」
「可愛い」
頬をつつかれ、くすぐったくて笑ってしまう。
本当に、この人のために、絶対に90点をとらなければ……。
そして運命の予備校テストで、俺は、自己最高の97点を叩き出した。
と言っても、予備校にカンヅメ必至なんだけど、あきと、1泊でいいから旅行に行きたい。
そのためにいま俺は、猛勉強をしている。
夏休み直前にある予備校のテストで、国語が90点以上取れれば、1日外泊してもいいことになった。
もちろん行き先を聞かれたけど、俺は大嘘中の大嘘をついた。
「広島の原爆ドームを観に行く」
「ひとりで!?」
「うん。式典を生で見てみたい」
「そんな遠くまでひとりで行かせられるわけないでしょう」
「沖縄のひめゆりの塔だったら、ついて行ってもいいって言ってる友達いるけど」
「どうせフラフラ遊ぶんでしょ」
「うん。沖縄じゃどうせ遊ぶだろうから、俺はひとりでじっくり広島の街を見たい」
結局親が折れて、8月5日から1泊の超弾丸で、広島に行くことになった。
しかし誤算は、親が新幹線の早割チケットを買ってしまったため、本当に行き先が広島になってしまったことだ。
[広島でもいい?]
ついさっき、勉強の合間に送ったメッセージだ。
既読がついたあと、ほどなくして、URLが送られてきた。
旅行情報サイト。ずらりと並ぶ、ホテル一覧。
[いますぐ決めないと予約取れないよ]
見ると、8月5日は空きが残りわずか。
そりゃそうだ。日本中から人が慰霊にくるのだから。
実は、親がホテルまで決めようとしていたので、それは必死で断った。
旅のことはなるべく自分で決めたい、そういう体験もしたい……とゴリ押しして、最終的には父親の援護射撃でOKが出た。
決まったらホテルの名前を教えなさいと言われていて、これをどうするかで悩んでいる。
適当なホテルの名前を言ってしまうと、母親が確認の電話をする可能性がある。
かと言って、日本庭園のある旅館にひとりで泊まるなんて言ったら、怪しまれることこのうえない。
でもできれば、温泉であきとゆっくりしたい……という欲も出てくる。
[親に怪しまれないで和風旅館に泊まる方法ある?]
さすがに考えているらしい。しばらく経ってから、返信が来た。
[ここどう?]
貼られているのは、激安素泊まりプランから豪華な離れの個室まで、バリエーション豊かな温泉旅館。
なるほど。安く素泊まりするということにして、普通のプランに申し込めばいいというわけだ。
[天才]
[もう予約取っちゃうよ?]
[お願いします!]
スマホを閉じ、再び教科書に向か……おうとしたけど、どうにもこうにも集中できない。
旅館のことを調べる。
「厳島かー……」
海の中の巨大鳥居で有名な、厳島神社のそばにある温泉旅館。
広島の中心地から1時間半はかかるらしい。
よく考えれば、広島市内に温泉があるわけないし、和風旅館というチョイスをした時点で、遠くなるのは仕方なかった。
単純に『素泊まりで安いから』と言い訳するのは、ちょっときつい。
5分ほどネットサーフィンして、厳島神社には、学業の神様・菅原道真が祀られていることが分かった。
学業成就のご利益があるらしい。
道真公にあやかりたいと言えば、受験生の親なら良しとしてくれるはず。
案外、広島は良い選択だったのではないかという気がしてきた。
「やば、勉強しよ……」
新幹線も宿もとって、それなのに90点が取れなかったら終わりだ。
スマホの電源を落とした。
ほぼ毎週恒例になりつつある、土曜日昼過ぎまでの小デート。
きょうの行き先は、大型書店だ。
「ひっろしま、ひっろしまー」
旅行ガイドコーナーで棚にかぶりつく俺を見て、あきが笑った。
「そんなに楽しみにしてくれてるの、うれしいな」
俺はぱっと振り返って、ニコニコするあきを見上げた。
「だって、泊まりだよ? そんな夢みたいなことある……?」
「深澄が国語を頑張れば、夢が現実になるね」
「あう」
大前提を思い出し眉間にしわを寄せると、あきがちょっとかがんで、俺の耳元でささやいた。
「がんばってね」
こんなところで優しくするのは……ズルい。耳が熱くなる。
「がんばります」
早口で言って離れようとしたら、あごをつかまれた。
抗議する間もなく、キス。
目線だけで『何するの!』と怒ると、あきは肩をすくめて、あさっての方を向いた。
でも、その首筋のラインがかっこいい。
「ダメだ、あきに勝てない……」
「何が?」
「好きすぎて、勝ち目がないんだよ」
あきはキョトンとしたあと、
「よく分からないけど、じゃあ、ずっと負けてて?」
そう言って、もう一度キスしてきた。
カフェで、買ってきたガイドブックを開いた。
「結構色々遊ぶところあるんだね」
「1泊だから、そんなにたくさんは回れないと思うけど」
初日は半分くらいは移動になるだろうし、神社や島の中をぷらぷら見たり、のんびりごはんを食べるくらいかなと思う。
それに、せっかくだから……夜はイチャイチャしていたいという、丸出しの下心もある。
「6日の追悼式典は8:00からだから、朝食をとったらすぐ出ないとだね。そのあとは市内観光かな」
「絶対お好み焼き食べたい」
「そうだね」
旅行はまだまだ先なのに、想像しているだけで楽しい。
「深澄は」
「ん?」
「最近、表情が豊かになったよね」
「え? そう?」
両手で頬をはさんでみる。あきは、腕を組んでクスクスと笑った。
「学校とは全然違う顔してる」
「あー、それはそうだよ。あきといたら楽しいもん」
学校や家では『いままでどおり』を貫いているから、本当に、あきと一緒にいるときだけがナチュラルな自分だ。
「あきだーいすき」
「可愛い」
頬をつつかれ、くすぐったくて笑ってしまう。
本当に、この人のために、絶対に90点をとらなければ……。
そして運命の予備校テストで、俺は、自己最高の97点を叩き出した。
0
お気に入りに追加
54
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
身体検査
RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、
選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。
男の子たちの変態的な日常
M
BL
主人公の男の子が変態的な目に遭ったり、凌辱されたり、攻められたりするお話です。とにかくHな話が読みたい方向け。
※この作品はムーンライトノベルズにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる