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3 指輪
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月曜日。登校すると、教室内、特に女子が騒然としていた。
何事かと思っていると、前の席の山崎が教えてくれた。
「三船が右手の薬指に指輪してたんだって」
「えっ……?」
思わず素のリアクションが出てしまった。
何事もなかったかのように、いつもどおりの表情に戻す。
「婚約したんじゃないかって、女子が大騒ぎしてる」
自衛、なるほど。
隣の女子3人組が嘆いている。
「意外だよねー。彼女いたんだってのはまあしょうがないけど、盛大にノロケるタイプとは思わなかった」
「たしかに。男が職場にわざわざはめてくるって、なかなかだよ」
山崎は、そんな女子たちを眺めながら、ニヘラと笑った。
「婚約者につけてくように言われたんじゃねえの? JKに牽制みたいな」
「いい大人がそんなことする?」
俺が眉間にしわを寄せて聞くも、山崎はのらりくらりと答える。
「リアルに結婚すんなら焦るんじゃね? 知らねーけど」
その牽制をしたのはあき本人なんだけど、こんな朝っぱらから他学年にまで噂が飛んできてるのだから、自衛策は大成功ということになる。
「凛かわいそう。なんか言ってた?」
「まだ会ってないけど、精神ヤバそう」
「あの子、言わないと後悔するからとか言って、玉砕覚悟で告るタイプなんだよね」
「えー。卒業までにあきらめるか別の好きなひとできるといいね。かわいそうで見てらんない」
玉砕覚悟……女子は怖いなと思った。
探す、というほどでもないけど、あきの姿が見られればいいなと思って、キョロキョロしながら教室を移動していた。
家庭科室は2階なので、可能性は十分ある。
単に、指輪がどんなものなのか遠巻きに見てみたい感じもしたし、なんというか、スーツ姿にあの指輪がはまっているのを想像したら、すごくかっこいいだろうなと思って、見てみたかった。
女子がざわつく。
振り返るとやっぱり、三船先生がいた。
教科書、バインダー、タブレットPCを重ねて持っていて、影になっていてよくは見えないけど、たしかに指輪があった。
なんというか、想像と違って、セクシーだ。
俺のことを優しく触る手に、キラッとしたものがはまっている。
はめているのは、俺のため。
他の女子に、『僕は深澄のものですよ』って主張していてくれる。
俺の裸のあちこちをなでる、優しい手つきを思い出した。
誰にも見せないところまで愛でるように触って、体全体を包んでぎゅっと抱きしめてくれる、大きな手。
学校でこんなことを思い出してしまうなんて、指輪というのは、罪なシロモノなのかもしれない。
と、そのとき。女子2人が駆け寄った。
まさか、聞くのだろうか。
「あー、三船先生指輪してるー!」
……チャレンジャーすぎる。
まさか、ド直球で聞くひとがいると思わなかった。
なんと答えるのかドギマギしていると、三船先生は困ったように笑った。
「外してくるの忘れちゃって」
「え!?」
女子が、悲鳴のようにびっくりする。
「普段、学校にはしてこないことにしてるんだけどね。あはは」
あき、策士すぎる。
実は彼女はずっといた。
そして、これ見よがしにつけてきたわけでも、ノロケるつもりだったわけでもなく、外し忘れただけ。
言い訳まで含めて完成する、完璧な自衛策だ。
「えー、彼女さんと仲良いんですかー?」
「内緒。ほら、もうすぐチャイム鳴るよ」
「あー! ごまかしたー!」
女子の食いつき方がすごいけど、これ以上聞くことはないので、俺はさっさと家庭科室に入った。
頬杖をつきながら、ニヤニヤしそうになるのを噛み殺す。
廊下にいた他の生徒たちも聞き耳を立てていたから、放課後までには、学校中に噂が回っているだろう。
そしてたぶんあきは、あしたからはつけてこない。
三船先生狙いの女の先生、残念がってるだろうなあ。
たとえば、いま前の扉から入ってきた、家庭科の先生とか。
予備校からの帰りの電車。あきにメッセージを送る。
[朝から大騒動だったよ。一瞬でこっちにまで噂が来るんだもん、すごいね]
あきも家に帰っていたらしい。すぐにメッセージが来た。
[10回以上聞かれたかな。みんなよく見てるものだね。途中から恥ずかしくなっちゃった。君にも見られちゃったし]
[スーツに指輪、かっこよかったけど]
やや間が開いたあと、ぷかっとふきだしが出た。
[要る?]
あきがしていた指輪。俺のために自作自演までしてくれたもの。
欲しくてたまらなかったけど、こう返事をした。
[3月にもらう]
家に疑われるようなものを置いておくのは、良くない。
母親が勝手に掃除を始めて出てきたりして、うまく言い逃れできるかどうか。
そういうリスクを考えると、もらわない方がいい気がした。
それに。
[もらうのを目標に頑張ります]
卒業式を心待ちに勉強に励むのも、悪くないと思う。
<3章 指輪 終>
何事かと思っていると、前の席の山崎が教えてくれた。
「三船が右手の薬指に指輪してたんだって」
「えっ……?」
思わず素のリアクションが出てしまった。
何事もなかったかのように、いつもどおりの表情に戻す。
「婚約したんじゃないかって、女子が大騒ぎしてる」
自衛、なるほど。
隣の女子3人組が嘆いている。
「意外だよねー。彼女いたんだってのはまあしょうがないけど、盛大にノロケるタイプとは思わなかった」
「たしかに。男が職場にわざわざはめてくるって、なかなかだよ」
山崎は、そんな女子たちを眺めながら、ニヘラと笑った。
「婚約者につけてくように言われたんじゃねえの? JKに牽制みたいな」
「いい大人がそんなことする?」
俺が眉間にしわを寄せて聞くも、山崎はのらりくらりと答える。
「リアルに結婚すんなら焦るんじゃね? 知らねーけど」
その牽制をしたのはあき本人なんだけど、こんな朝っぱらから他学年にまで噂が飛んできてるのだから、自衛策は大成功ということになる。
「凛かわいそう。なんか言ってた?」
「まだ会ってないけど、精神ヤバそう」
「あの子、言わないと後悔するからとか言って、玉砕覚悟で告るタイプなんだよね」
「えー。卒業までにあきらめるか別の好きなひとできるといいね。かわいそうで見てらんない」
玉砕覚悟……女子は怖いなと思った。
探す、というほどでもないけど、あきの姿が見られればいいなと思って、キョロキョロしながら教室を移動していた。
家庭科室は2階なので、可能性は十分ある。
単に、指輪がどんなものなのか遠巻きに見てみたい感じもしたし、なんというか、スーツ姿にあの指輪がはまっているのを想像したら、すごくかっこいいだろうなと思って、見てみたかった。
女子がざわつく。
振り返るとやっぱり、三船先生がいた。
教科書、バインダー、タブレットPCを重ねて持っていて、影になっていてよくは見えないけど、たしかに指輪があった。
なんというか、想像と違って、セクシーだ。
俺のことを優しく触る手に、キラッとしたものがはまっている。
はめているのは、俺のため。
他の女子に、『僕は深澄のものですよ』って主張していてくれる。
俺の裸のあちこちをなでる、優しい手つきを思い出した。
誰にも見せないところまで愛でるように触って、体全体を包んでぎゅっと抱きしめてくれる、大きな手。
学校でこんなことを思い出してしまうなんて、指輪というのは、罪なシロモノなのかもしれない。
と、そのとき。女子2人が駆け寄った。
まさか、聞くのだろうか。
「あー、三船先生指輪してるー!」
……チャレンジャーすぎる。
まさか、ド直球で聞くひとがいると思わなかった。
なんと答えるのかドギマギしていると、三船先生は困ったように笑った。
「外してくるの忘れちゃって」
「え!?」
女子が、悲鳴のようにびっくりする。
「普段、学校にはしてこないことにしてるんだけどね。あはは」
あき、策士すぎる。
実は彼女はずっといた。
そして、これ見よがしにつけてきたわけでも、ノロケるつもりだったわけでもなく、外し忘れただけ。
言い訳まで含めて完成する、完璧な自衛策だ。
「えー、彼女さんと仲良いんですかー?」
「内緒。ほら、もうすぐチャイム鳴るよ」
「あー! ごまかしたー!」
女子の食いつき方がすごいけど、これ以上聞くことはないので、俺はさっさと家庭科室に入った。
頬杖をつきながら、ニヤニヤしそうになるのを噛み殺す。
廊下にいた他の生徒たちも聞き耳を立てていたから、放課後までには、学校中に噂が回っているだろう。
そしてたぶんあきは、あしたからはつけてこない。
三船先生狙いの女の先生、残念がってるだろうなあ。
たとえば、いま前の扉から入ってきた、家庭科の先生とか。
予備校からの帰りの電車。あきにメッセージを送る。
[朝から大騒動だったよ。一瞬でこっちにまで噂が来るんだもん、すごいね]
あきも家に帰っていたらしい。すぐにメッセージが来た。
[10回以上聞かれたかな。みんなよく見てるものだね。途中から恥ずかしくなっちゃった。君にも見られちゃったし]
[スーツに指輪、かっこよかったけど]
やや間が開いたあと、ぷかっとふきだしが出た。
[要る?]
あきがしていた指輪。俺のために自作自演までしてくれたもの。
欲しくてたまらなかったけど、こう返事をした。
[3月にもらう]
家に疑われるようなものを置いておくのは、良くない。
母親が勝手に掃除を始めて出てきたりして、うまく言い逃れできるかどうか。
そういうリスクを考えると、もらわない方がいい気がした。
それに。
[もらうのを目標に頑張ります]
卒業式を心待ちに勉強に励むのも、悪くないと思う。
<3章 指輪 終>
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