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1 茜色

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 結局、夕食も食べずに、ふたりでずーっと、ベッドの上でコロコロと抱き合ったりキスしたりしていた。
 あきはそれ以上何もしてこなかったし、俺もそれで満足だった。
 散々あんな想像をしていたわけだけど、こんなにあったかい気持ちになれると分かったら、逆に、ああいうのはまだまだ先でいいと思った。


 帰り道、『さすがに何も食べないのはね』ということで、サービスエリアに入った。
 21:00近かったので、人もまばら。
 ちょっとした名物だというにぼしラーメンを注文して、向かい合わせに食べ始めた。

「さすが高校生だね」
 俺は大盛りに半熟卵増し。
「すいませんおごりなのに」
「深澄」
「あ、ごめん」

 さっきからちょいちょい、敬語を使って注意されるというコントを続けている。
 慣れないものは仕方ない。
 特に、年齢差を感じるようなときは、ついぽろっと出てしまう。
 と言いつつ、あきはラフな格好でいると、本当に若く見える。

「あきって、何歳なの?」
「今年で28」
「じゃあ俺と10こ違うんだ」
「そうだね」

 ふーふーと冷ましてから、ラーメンをすする姿を眺める。
 とても30手前の大人には見えないから、デートにはちょうどいいのかも知れない。
 ちょっと離れた兄弟くらいに見えればいいな……と思ったけど、そうはいかないのだという現実に、すぐ気づいた。

「ねえ、あの人イケメン」
「ほんとだ」
 道ゆく女の子が、あきを見てひそひそと話している。
 やっぱり、誰がどう見てもかっこいい。
 兄弟と言うにはおこがましいかな、と思う。

 別におしゃれな服を着ているわけでも、高いアクセサリーをつけているわけでもないし、なんならいまは、整髪料すらつけていないまっさらの状態だ。
 何もしていなくてこれ、なのだから。

 箸を空中に浮かせたままぼーっと見ていると、目線に気づいたあきが、不思議そうな顔で俺の丼を指さした。
「どうしたの? 伸びちゃうよ?」
「あ、ごめん」
 見惚れてた、なんて言えないけど。

「深澄は可愛いね。一緒にいたらやっぱり変に見えちゃうかな?」
「変……には見えないと思うけど。分かんない」
 俺とあきが、はたから見たらどういう風に映るのか。
 うまく想像できないし、したくないような気もした。

「でも、深澄が3年生で良かった。入学したてだったら、途方もない時間待ってなきゃいけないでしょ?」
「何を? 卒業?」
「うん。あと、合法的な立場」
「あ……そうだね」

 忘れてはいけないけど、俺とあきは生徒と先生で、バレたらジ・エンド。
 相手が男なんだから、あきは特に、世間に知れたら人生終了かも知れない。
 公立高校の教師が、男子生徒と交際する。
 ニュースになって、すぐに個人情報が特定されるやつだ。年に1回くらいはある。

「ねえ、あき。いまさらだけど、リスクだらけじゃない?」
「リスク……うん、そうだね」
 なんてことなさそうに、ラーメンを食べ進める。
「バレたら先生辞めなきゃでしょ?」
「次の仕事を見つけるのも大変かもね。経歴不問の仕事にしか就けないんじゃない?」
「なんでそんな平然と言うの」
 俺が心の底から心配しているのに、あきは他人事のように言う。
「好きだから仕方ないと思うよ」

 俺は不思議だった。
 こちらがあきを好きになる要素はいくらでもある。
 優しくされたから、気晴らしに連れて行ってくれたから、かっこいいから。
 自分に良いことをしてもらって好きになる可能性はたくさんあるけど、あきが俺を好きになるきっかけなんて、どこにあったんだろう。

「ねえ、あきは元々男が好きなの?」
「そんなことないと思うけど。一応、いままで付き合ったひとはみんな女性だったなあ。ってごめんね、いきなり昔の話出して」
「いや、俺から振ったから。気にしないし謝らないで」
 大人だし、かっこいいし、恋愛経験なんていくつもあるだろう。
 そこを気にしていたら、あきとは付き合えないと思う。

「じゃあなんで俺が好きなの? 好きになるタイミングとか特になかったと思うんだけど」
 あきは箸を止めて、ぱっと目を見開いた。そして、目を伏せてくしゃりと前髪を混ぜる。
「……無自覚だったの?」
「え?」
「深澄。君、僕を見る目が、日に日に可愛くなってくの。気づいてなかった?」

 頬杖をついたまま顔を上げたあきは、困ったような顔をしていた。
 可愛く……女子じゃあるまいし、そんな顔をした覚えもない。
 でももしあきが何かの変化を感じていたのだとしたら、それは俺が毎日描いていたあられもない妄想の結果の表情だということだ。

 慌てて、しかし平静を装って答えた。
「何もしてないよ」
 しかしあきは、ゆるゆると首を横に振る。

「まず、遠くを歩いていても目が合う。近づいてあいさつすると、恥ずかしそうに、でもうれしそうに元気にあいさつを返す」
「そんなの、三船先生に告りたい女子全員がそうでしょ」
「……それとはちょっと違う。なんか深澄は、もっと僕のことを欲しそうだった」
「ゴホッ!」
 飲んでいた水でむせた。
「わ、大丈夫?」
「ごほ……うん、大丈夫。続けて」
 おしぼりで口元を押さえると、身を乗り出していたあきは、すとんと元の位置に戻った。

「それから深澄は、はなから僕のことをあきらめてた。あんなに欲しそうにするのに、他の子みたく好かれようとするあがきみたいなのを全然しなくて。ただ居られればいいと全身で伝えてくるのが、可愛くて仕方なかった」

「何それ、それは態度で感じるものなの?」
「うん。僕はそう思った。実際自分でも言ってたよ」
「え!?」
 何かバレるような失言をしたかと、慌てる。
 あきは、優しい目で俺を見ながら言った。
「『先生、きょうはなんか機嫌良さそうですね。よかった』……もう、一字一句忘れることはないよ。これで僕はノックアウトされました」
「はえ? そんなこと?」
 思わず拍子抜けする。
 あきはくすくすと笑った。

「よかった、って。そういうとき、頑張ってる子は『何かあったんですか?』とか『彼女さんですか?』とか、なんとか聞き出そうとしたり、会話を繋げようとするんだよ。でも深澄はそうしない。だから、深澄はほんとに可愛い」

 だんだん恥ずかしくなってきた。
 とにかく、なにかきっかけになるような出来事とか考えのターニングポイントがあったわけではなく、なんとなく日常でじわじわ気持ちがそうなっていった……ということで解釈していいのだと思う。
 いいかげん恥ずかしいので次の話題に行こうとした、その時。

「だいすきだよ、みすみ」

 口パクでそんなことを言われて、ドキッとしない人がいるだろうか?



<1章 茜色 終>
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