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5章 きぼう

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 彼女はみのりさんといって、ドラムを叩いているらしい。

「あおちゃんは、なんでバンド始めたの?」
「え、っと。達紀に誘われました」
「じゃあ、それまでは全然楽器触ったことなかったんだ?」
「はい。ていうか、音楽自体あんま聴いたことなくて、そんなに興味もなかったっていうか……」

 陰キャ丸出しだ。
 何を言われるかと身構えていると、みのりさんは、こくっと首をかしげて言った。

「良かったね、きっかけもらえて。失礼かもだけどさ、あおちゃんって派手にバンドやるようなタイプに見えないし」
「ですよね……」

 みのりさんは、あっけらかんと笑って語り出した。

「あたしも、あおちゃんとおんなじ感じ。中学まで超ダサガリ勉で、おしゃれとか全然気遣ってなくてさ。で、高校でイメチェンしよって思って、軽音部入ったんだ。だから、ぜんっぜん、音楽が好きで~とかじゃなくて。ドラム選んだのも、ギターより叩くとこ少なくて簡単そうっていう」

 いたずらっぽく笑うのを、ぽかんと眺める。
 みのりさんは、服も流行っぽいしメイクもしていて、元々陰キャだったなんて、全然想像もつかない。

「あおちゃんもさ。きっかけはただ誘われただけかも知んないけど、やってたら、絶対バンドバカになるよ」
「そうなんですかね……?」
「うん。それに、ライブ映像いくつか見せてもらったけど、みんな超上手い。囲まれてたら、あおちゃんも上手くなると思う」
「……うーん、どうだろう。なんか、ついて行ける自信ないんです」

 ついぽろっと、本音が出てしまった。
 ネガティブなことを言ったらまずかったかと思ったけど、みのりさんは、笑顔のままふるふると首を横に振った。

「置いてくような人たちに見えないよ。絶対あおちゃんのこと引っ張り上げてくれるって」
「えっと、そうですね。俺のペースに合わせてくれてて、ありがたいです」

 ちょっとうつむくと、みのりさんはその下からぐいっと上目遣いで目を合わせてきた。

「どうせ、『迷惑かけてる』とか思ってるでしょ?」
「う……っ」
「あはは、当たりだ。でも大丈夫だよ。みんなあおちゃんのこと大好きっぽいし。特に、達紀くん」
「え!?」

 思わず、ちょっと大きい声になってしまった。
 達紀が振り返って、首をかしげる。

「何の話してるの?」
「え、いや……」
「内緒! ね、あおちゃん?」
「あ、はい」

 達紀は「えー?」と言って笑ったけど、何だか少しむくれているようにも見える。
 やきもち、だろうか――だったらちょっとうれしいような。

 達紀がちょこっと身を乗り出して、俺の顔のすぐ横に近づいてきた。
 そして、みのりさんに向かってにっこり微笑む。

「あおは女の子と話すの苦手なんで、手加減してあげてください」
「だいじょぶだいじょぶ、変なことは言ってないよ」

 あははと明るく笑うみのりさんをちょっと警戒するように、達紀は俺の腕を掴んだ。
 しかしその瞬間、達紀と話していた女の子が大声を上げた。

「あっ、達紀くん達紀くん! 思い出した! ワイバニーズのオーバードライブだっ!」
「え? あ。ああ、そうだったね」
「めっっちゃくちゃ歪むんだよ。それでさー」

 達紀はまた、無理やりエフェクター談義に戻される。
 少し恨めしそうな目でこちらを見ながら、渋々といった感じで掴んでいた俺の腕を離した。

 危ない、ちょっと笑いそうになってしまった。
 みのりさんも、くすくす笑っている。

「やっぱね~。達紀くん、あおちゃん大好きなんだ」
「なんでだかよく分かんないんですけど。達紀は人気者だし、なんで俺みたいなのにかまうのか……あんま自信なくて」
「でもなんか、超必死だったじゃん。あたしにあおちゃん取られちゃうと思ったのかなあ? あはは、達紀くんも可愛いね」

 俺は何と答えていいか分からず、もごもごと言葉をにごす。
 みのりさんは、サラダを頬張りながら言った。

「陰キャ歴長いとさ、ついつい『仲良くしてもらってる』みたいな気分になるけど、きっとあおちゃんも対等にみんなと同じメンバーだよ。自信持って」

「えっと……まずは、演奏でみんなに追いつけるように頑張ります」
「その調子だ! 頑張れ!」

 ジュースを取りに行くというみのりさんの背中を、ぼーっと眺める。
 自分が、知らない女の子と雑談する日が来るなんて。
 達紀に出会って、軽音部に入って……やっぱり、すごくすごく、変化を感じる。
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