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4章 げきど

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 スタジオの予約は2時間。
 残り20分というところで、事件は起きた。
 チャボがマイクスタンドを移動したのに気づかず、達紀が思いっきり突っ込んだのだ。

「うわっ!」

 ギターを抱えたままつんのめった達紀は、なんとか転ばず楽器は死守したものの、右足のすねをマイクスタンドにぶつけた。

「痛っ……」

 一瞬ぐっと顔をしかめたけれど、すぐに何食わぬ顔で姿勢を立て直した。
 でも、俺は分かっている。いまのは相当痛かったはず。
 長ズボンで隠れているけど、どう見ても内出血しているところに直撃だった。

 そして、それに気づいたのは俺だけじゃなかった。
 チャボが慌てて達紀の顔を覗き込んだ。

「ごめんごめん! てか、え、大丈夫? 超痛がってなかった?」
「……あはは、弁慶の泣き所だ。お恥ずかしい」
「いや、そうじゃなくて。ちょっと見せろ」

 ばっとしゃがみ込み、有無を言わさず右足の裾をめくり上げる。
 すると、3日経ってなかなかの変色をしたあざがさらされた。

「うわっ、これどうしたの!?」

 チャボが仰天するので、アーサーと基也も寄ってきた。
 達紀は苦笑いする。

「ちょっとぶつけちゃって」
「いや……ぶつけただけでこんなことになるわけないでしょ」

 基也の冷静に突っ込みに、達紀は曖昧な笑みを浮かべた。
 しかし基也の追求はやまない。

「どう見ても複数回だし、自分から何か蹴ったんじゃないの? 硬いもの」
「えー? 達紀がケンカ? 前代未聞じゃん。どしたの?」

 言い逃れできそうにない。
 そして、この件を達紀に言わせるのは違うだろう。
 そう思った俺は、大きめの声で言った。

「それ、俺のせいなんだ。達紀が勝手にキレて暴力沙汰とかじゃなくて」

 4人の目が、一斉にこちらを向く。
 達紀は目をまん丸く開けていた。

「あお、いいよ、言わなくて」
「ダメ。ちゃんと言うから」



 事の顛末てんまつを聞いて、最初に怒号を上げたのは、アーサーだった。

「ふざけすぎだ! それで制裁無しか? お前が無理なら俺がやる」

 アーサーは、笹田くんと同じ2組。
 夏休み明けに会ったら、本当に殺しかねないほどの激怒だ。
 俺は、少し焦って言った。

「いや、平気だから。大ごとになってまた話蒸し返されたり、先生に聞かれたりする方が嫌だし、なかったことにしたくて」
「……そうか。まあ、あおがそう言うなら仕方ないが」

 それでもアーサーは、納得がいかなそう。
 すると基也が、すーっと目を細めてつぶやいた。

「ていうか、ゲイ同士なら即できると思うのが、考え方としてヤバイよね。いくら志向が同じでも、誰でもできるわけじゃないでしょ」
「うん……まあ、そうだね」

 ド正論。だけど、返事に詰まってしまった。
 それを肯定してしまうと、俺がゲイだと知って『キスしてみたい』と言ってきた達紀も、ヤバイということになってしまう。
 いや、無理やり迫ってきたわけじゃないし、全然違うけど。

 達紀をチラッと見ると、やはり微妙な顔で笑っている。
 俺は、不自然にならない程度にフォローを入れた。

「でもまあ……同類見つけて必死になるのは分かるんだ。孤独だって思い詰めちゃったりとか。だから、責められない感じもあるよ」
「……責められないからと言って、強姦していい理由にはならんだろう」

 アーサーが呆れたようにため息をつくと、チャボが突然大声を出した。

「あおちゃんをいじめるやつは許さない! よし、危なくなったら最悪ギターで殴れ! 悪いやつをやっつけるんなら、ギターの神様も怒らない!」

 義憤に燃えるチャボの暴論に、なぜか俺は、和んでしまった。
 ぷはっと噴き出す。

「……みんな心配してくれてありがとう。もう終わったことだから、俺は平気」
「今度からは、何かあったら隠さず言え。俺たちを頼れ。達紀、お前もだぞ。ひとりで抱え込むな」
「面目ない」

 本気で怒ってくれるひとたちがいて、その温かさに、ちょっぴり泣きそうになってしまった。
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