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4章 げきど

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 家に帰り、ベッドの上にごろんと寝転がった。
 帰り道、人の目が怖くてすり減らし続けていた精神を、ようやく落ち着ける。

――明日、うちに来て。

 別れ際、達紀はそう言った。
 多分、最後まですることになるんだろう。

 正直なところ、今日の出来事はもうトラウマでしかないから、一刻も早く、何かの記憶で上書きしたかった。
 達紀と抱き合ったら、きっと幸せだろうと思う。

 ただ、ひとつ懸念なのは、本当にちゃんとできるかということだ。

 いつもなら、部屋でひとりの時に達紀の裸なんて想像してしたら、それだけで勃ってしまっていた。
 けど、今日はそれがない。
 別のことを考えていても、息苦しかったこととか、乗っかられて拘束されたときの光景とか、体に力が入らなくなったときの絶望感とか……。

 達紀とするところを想像しようとしても、怖さが勝ってしまう。
 そして、達紀をがっかりさせるんじゃないかとか。
 それか、すごく気を遣わせてしまうかも知れない。

 幸い、首の痕はうっすら赤い程度で済み、家族に追及されることはなかった。

 とりあえず、忘れよう。
 完全には忘れられないかも知れないけど、達紀の気持ちは、きちんと受け取ろう。

 無理やりそう思うことにして、なんとか悪い思考のループを断ち切った。



 そして翌日。
 普通に落ち込んだまま、小宮家のインターホンを押した。

「いらっしゃい」

 笑顔で玄関ドアを開けた達紀は、俺の顔を見た瞬間、すぐに表情を曇らせた。

 何もしゃべらず、お通夜みたいな雰囲気で達紀の部屋に入り、そのまますとんと座る。
 達紀は俺の正面にしゃがんで、眉根を寄せて微笑んだ。

「今日はやめよっか」
「え?」
「僕が勝手すぎた。誰かに取られたくないからするって、全然あおのためになってないね」

 頭をぽんぽんとして、部屋を出ていった。
 置いていかれてぽかんとしていると、達紀は笑顔で、麦茶とアイスキャンディを持って戻ってきた。

「ジンジャエール味。おいしいのか分かんなすぎて買ってみたやつだから、おいしくなかったらごめんね。はい」
「ありがとう」

 おずおずと受け取り、ぱくっとかじる。
 達紀も同じようにひとくちかじると、おかしそうに笑った。

「うん、やっぱりまずいや。あはは」
「……味薄いのに甘ったるい」

 達紀はさっさと食べきると、俺の後ろに回り、バックハグで抱きしめてくれた。

「しないけど、こうしててもいい?」
「うん。くっついてると安心する」

 がじ、がじ、と、おいしくないアイスを食べ進める。
 達紀は、何も言わずに首の辺りに口をつけていて――好きでそうしているのか、きのうのことを思ってそうしているのかは、分からないけれど。

「あお、その……大丈夫?」
「ん。なんか、普通に凹んでる」
「だよね」

 アイスを食べきり麦茶を飲むと、体をずらして達紀の顔を見た。
 ちょっとだけ口をとがらせて、キスをせがむ。
 達紀は、ぎゅーっと抱きしめたあと、ちゅ、と、軽く口づけてくれた。

「ほっとする。もっとして欲しい」
「うん。おいで」

 何度も何度もキスするうち、のどの奥からぐっとこみ上げてきて……堰を切ったように、わーっと泣き出してしまった。

 思えば、あの場で取り乱して泣いたって不思議ではない状況だったのに、全然泣けなかった。
 夜寝る前も、泣いたらきっとすっきりするだろうと思っていたのに、1滴も出なかった。
 悲しかったのかもよく分からない。

「たつき、こわかった……、やだった」
「うん。うん。怖かったよね」
「こわかった」

 子供みたいにおんなじことを繰り返して、わんわん泣くだけ。
 達紀は、背中をさすって、頭をなでて、寄り添ってくれる。
 俺は、優しさで更に泣く。

「達紀、怖い。助けて。もう忘れたい」
「大丈夫。いるから」

 ぎゅーっと目をつぶって、達紀の体温を感じる。
 呼吸と、鼓動と。
 人間の脈の速さはBPM70くらいだと、前に達紀が教えてくれた。

 ふと目を開けると、達紀の右足のすねに大きなあざができていることに気づいた。

「あ……、脚」

 結構な広範囲に、内出血。
 パッと顔を見ると、達紀は、ちょっと困ったような顔で笑った。

「手加減なしで色んな物蹴り飛ばしちゃったから。こういうとき、人の本性が出るのかな。あはは」
「ほんと……迷惑かけてごめんね」

 ぽつっとつぶやいて、体重を預ける。
 達紀は黙って首を横に振り、そのまま抱きしめてくれた。
 ……と、頭の中で、何かのスイッチがぷちっと入った気がした。

「たつき」
「え?」

 首に手を回して、しがみつくみたいにキスをする。

「ん……、んっ」
「……ちょっ、あお?」

 戸惑う達紀に、迫るみたいにしてキスを繰り返す。
 口を開いた拍子に、舌をねじこんだ。

 驚く達紀は、しかし、俺のことを受け入れてくれた。
 ちゅるっと舌を吸ったり、先っぽをつついたりして、応えてくれる。

「達紀、したい」
「……いいの? 怖くない?」
「最後まではできるか分かんないけど……でも、いっぱい触って欲しい。それで、好きって言って欲しくて」

 達紀は少し考えたあと、真面目な顔で言った。

「怖くなったり、やめたくなったらすぐ言って? でも、優しくする。約束する」
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