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2章 ほんね

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 翌週、月曜日。
 少し気恥ずかしく思いながら、ギターケースを背負って登校した。
 クラスでは完全に浮いてしまっているので、俺がその姿で登校しても、何人かが『おやっ?』という表情で見る程度だった。

 ……もう忘れるって決めたのに、祐司の姿を探してしまう。
 祐司も、他の人と似たような反応をするのか。
 そんなことを知ったところでなんにもならないのに、つい、確かめたくなってしまう。

 楽器は、練習がある日の朝に、部室に置きに行くことになっている。
 スクールバッグを机に置いて、ギターケースだけ背負って、3組の前へ。
 みんなを待つ達紀のもとへ駆け寄った。

「おはよう。ふふ、よく似合ってる」
「本当? ギターに背負われてる感じしない?」
「ちょっとだけ」

 少しかがんで、耳打ちする。

「そういうところも可愛い」

 照れてしまって、思わず頬を両手で挟む。
 すると、続々と3人が集まって、てんでバラバラの5人ができあがった。
 新生・マートムである。

「おはよう! あおちゃん!」
「おはよう! チャボ!」

 復唱したのは、さん付けと敬語を禁じられたためだ。
 LINEで『朝イチで点呼する』と言われていたけど、本当に実行するとは思わなかった。
 変な人だ。

 チャボさん改めチャボが、達紀の手から鍵を奪い取り、人差し指に引っかけてぐるぐると回しながら前を進み出した。
 その後ろでは、アーサーが低血圧丸出しの基也を引きずっていて、平和だ。

 ……と、階段のところで、祐司たち3人と鉢合わせた。
 ふたりは、『えっ?』という顔で、バンドの面々と、俺の背中からはみ出るギターケースを見ている。
 しかし祐司は、まっすぐ前を見つめたまま、チラリともこちらを見なかった。

 その瞬間俺は、『ああ、もう大丈夫だ』と思った。

 祐司の人生から、俺はもう、消えている。
 思い出ごとまるっと、存在自体が消えたらしい。
 そう思ったら、いままでの葛藤とか、そういうものから解放されてもいい気がしたのだ。

 俺は、清々しいような悟りの境地で、バンドの輪に目線を移した。

「あ。達紀、えりめくれてる」

 重いものを背負っているせいで、変にめくれたブレザーのえり。
 達紀は振り向いて、えり元に手を当てながら、はにかんだような笑顔を向けた。

「あれっ。いつからめくれてたんだろ、あはは」

 祐司と真横にすれ違う瞬間、達紀は俺の腕をぐいっと引っ張った。

「うまくできないや。あお、直してくれる?」

 いつものさわやかな表情だったけど、なんだか、独占欲丸出しにも見えて――うれしかった。



 放課後になり、部室から視聴覚室へ、荷物を運びこむ。
 主にアーサーのドラムセットで、これは視聴覚室の裏には置いておけないから、毎度台車に乗っけてガラガラと運んでいるらしい。

「基也、働け」
「働いてる」
「小さいあおにデカいフロアタムを運ばせるな」
「だはは、アーサーパイセン過保護でウケるー」

 横から茶化してきたチャボに、アーサーがゲンコツをかます。
 基也は迷惑そう。
 横にいた達紀は、笑いながら肩をすくめた。

「アーサーはあおのこと、子猫か何かみたいに思ってるみたいだね。溺愛の予感がする」
「……なんでだろ。俺なんて、見た目モロ陰キャなのに。みんなと違って、髪とか別におしゃれじゃないし」
「そこが可愛いんじゃないの?」

 達紀は俺の頭をなで……ようとしてやめた。

「チャボは良い意味でバカだから、キャラがどうとかなんにも考えてないし、基也はあおと話が合うでしょ?」
「うん。やってるゲーム同じだから」
「それで僕は、同じパートなのをいいことに、隙であらばあおを独り占めしようとする、と。きょうもいっぱい練習しようね」

 恥ずかしくて、何も言えずにこくっとうなずく。
 すると、チャボが隣に並んだ。

「なーなー、あおちゃん。このピアス可愛いだろ? この間手芸部で作ったんだ」
「へえ、すごい。キラキラしてて。こんなの自分で作れるんだね」
「レジンって言ってさ。樹脂固めて作んの」

 水色の雫が、片耳に揺れる。

「あしたは料理部でクッキー作るから、多めに作ってあおちゃんにもあげる」
「ありがとう。楽しみにしてる」

 みんなそれぞれに、不思議な人達だと思う。
 こんな冴えない俺を普通に歓迎してくれて、ありがたい。



 視聴覚室に着くと、アンプを引っ張り出してきて、それぞれ試し弾きや練習を始めた。
 やっぱりみんな、上手だ。

 相変わらず死んだ目の基也は、虚空を眺めながら、右手を叩きつけるように素早く弾いていた。
 見とれていると、達紀が俺の横に座って、にっこり笑った。

「基也のあれ、すごいでしょ。スラップ奏法って言って、弦を叩いて音を出すの。難しいんだよ」
「みんなすごい。俺、ついていけるかな」
「アーサーのドラムをよく聴いていれば大丈夫」

 達紀は、ウォーミングアップみたいな感じでドラムを叩くアーサーの方を見た。

「もし、絶対音感みたいな感じで『絶対リズム感』という言葉があったら、アーサーはそれ。メトロノームみたいに正確で、基也はアーサーに全部任せているから、激しくスラップで弾いてもブレない。あおもそうしてね。僕が違うメロディを弾いていても、アーサーに合わせていれば絶対につられない」

 どっしりと構えるアーサーには、そういう信頼感のようなものがある。

 地道に頑張ろう。
 みんなが上手だからって、尻込みしている場合じゃない。
 達紀に教わったり、チャボに軽く歌ってもらって合わせたりしながら、少しずつギターに慣れていった。
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