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エピローグ
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歩夢と付き合って、1年が経った。
12月は引っ越しが一番多い時期だそうで、家は決まったのに引っ越し業者が見つからないという、難民になりかけた。
元々ものが少ない歩夢の方は余裕で荷造りが終わったのだが、オレの家は意外と歩夢の私物が多くて、年末の仕事でクソ忙しいなか、ふたりで必死に段ボールにものを詰め込んでいった。
年明け三が日もほとんど荷ほどきで潰れ、クッタクタになりながら、新生活の準備に追われた。
餅くらい食べればよかったかと、新居の床でごろりと寝転びながら笑ったのは、ちょっといい思い出かもしれない。
……というわけで、年末年始のドタバタを乗り越え、オレたちは転居と同時にパートナーシップ証明書を得た。
何度も相談に乗ってくれたうえに、総務部のコネで軽トラックを手配してくれた朝倉さんには、頭が上がらない。
「周さん、来て来て」
引っ越し後、初めての出社日の朝。
部署の入口前でド緊張するオレの背中を、歩夢がぽんと叩いた。
廊下の死角に入り、頭を撫でられる。
「大丈夫ですか? 珍しい、周さんがそんなにドギマギしてるの」
「いや、お前が肝据わりすぎなんだよ。ビビるだろ、普通」
「いや、別に、付き合ってるのは公然の秘密って感じでしたし……引っ越しのお知らせついでだと思えば」
うう、とうなり声を上げながら、左腕につけた腕時計を見る。
時刻は8:55。
時計ついでに自分の薬指が目に入って、恥ずかしさが最高潮になる。
他方、歩夢はこざっぱりした表情で、オレの腕時計を覗き込んだあと、小首をかしげて笑った。
「行きましょう? 大丈夫。皆さん優しいし、きっと受け入れてくれる」
「はー……。あの、なんもしゃべんなかった篠山歩夢と同一人物だとは思えねえな」
「変えてくれたのは周さんですよ」
つんつんとスーツの裾を引っ張られ、勢いのまま部屋に入る。
……と、オレたちが何も言う前に、北川が大声を上げた。
「あーーー!! 安西さん! っと、篠山くん! 指輪つけてる!? ええええええ、結婚した!? ついに結婚したの!?」
「う、うるせえ……」
オレの緊張を返せ。
北川の大声を聞いて、その場にいた全員が群がってくる。
歩夢が苦笑いしながら言った。
「きのう、転居と証明書の申請を済ませまして、安西さんとパートナーになりました」
「ぎゃああああーーーおめでとうおめでとうおめでとう!!」
「…………うるせえ。いや、ありがとう。でもうるせえ」
「飲み会だぁー!」
あいまいに笑いながら頬を搔く歩夢の薬指には、銀色のリングがはまっている。
埋め込む石をブルートパーズにしたのは、初めて泊まった日の朝に、歯ブラシのくだりでオレが『青が好き』と言ったのを、覚えていてくれたからだった。
真新し指輪とピシッと着たスーツが合わさると、なんというか、めちゃくちゃ色っぽいなと……。
「篠山さん、プロポーズの言葉は何だったんスか?」
「ええと、それは内緒……かな」
「どっちが言ったかは!?」
「僕です」
「ぎゃあああああああ」
――あのね、一緒に住まない?
これが、歩夢から受けたプロポーズの言葉だった……のだと思う。
いつもどおりセックスして、寝ようとしたときに、不意に言われたのだった。
あまりに唐突すぎて、オレは言葉を失ったのだが、歩夢はオレが口を開くまで、じーっと待っていてくれた。
おやつ待ちの子犬みたいな顔で。
お祭りのごとく収集がつかなくなった部署の面々をぼーっと眺めていると、いつの間に移動してきたのか、北川が耳打ちしてきた。
「ねえねえ、そういえばさ。ふたりって、なんで仲良くなったの?」
「んー? うーんと、なんだっけ……?」
ごまかそうとした、そのとき。
「安西さんは、魔法が使えたんです」
「えっ、なにそれどーゆう意味?」
「バッ……おまえ、」
眉間にしわを寄せてにらむと、歩夢は穏やかな笑みを浮かべながら、そっと手を繋いできた。
耳元で、ほんの小声で、いたずらっぽくささやく。
「電話1本で運命の相手を呼べちゃうなんて、周さんのほうがよっぽど魔法使いだと思いません?」
ひざうらを軽く蹴り、背中をぽこぽこと殴る。
耳まで真っ赤だろう。歩夢はくすくす笑っている。
「なんか、幸せそうでいいね~。見ててこっちも幸せな気分になるよ」
北川がのほほんとつぶやき、田村や大曽根が盛り上がる――その光景を見て、ぼんやりと思った。
幸せは、日常の地続きにあるのだ。
特別なことがなくても、朝起きて、歩夢がいて、汗水垂らして働いて、そこにも歩夢がいて、メシ食って、遊んで、そこにもいつも歩夢がいて。
「周さん、俺、全身全霊かけて周さんのことを幸せにしますので」
「おけ、頼んだ」
病めるときも健やかなるときも、ずっとずっと歩夢のそばにいると誓おう。
そんなことを、いつものオフィスの真ん中で思ったのだった。
(了)
12月は引っ越しが一番多い時期だそうで、家は決まったのに引っ越し業者が見つからないという、難民になりかけた。
元々ものが少ない歩夢の方は余裕で荷造りが終わったのだが、オレの家は意外と歩夢の私物が多くて、年末の仕事でクソ忙しいなか、ふたりで必死に段ボールにものを詰め込んでいった。
年明け三が日もほとんど荷ほどきで潰れ、クッタクタになりながら、新生活の準備に追われた。
餅くらい食べればよかったかと、新居の床でごろりと寝転びながら笑ったのは、ちょっといい思い出かもしれない。
……というわけで、年末年始のドタバタを乗り越え、オレたちは転居と同時にパートナーシップ証明書を得た。
何度も相談に乗ってくれたうえに、総務部のコネで軽トラックを手配してくれた朝倉さんには、頭が上がらない。
「周さん、来て来て」
引っ越し後、初めての出社日の朝。
部署の入口前でド緊張するオレの背中を、歩夢がぽんと叩いた。
廊下の死角に入り、頭を撫でられる。
「大丈夫ですか? 珍しい、周さんがそんなにドギマギしてるの」
「いや、お前が肝据わりすぎなんだよ。ビビるだろ、普通」
「いや、別に、付き合ってるのは公然の秘密って感じでしたし……引っ越しのお知らせついでだと思えば」
うう、とうなり声を上げながら、左腕につけた腕時計を見る。
時刻は8:55。
時計ついでに自分の薬指が目に入って、恥ずかしさが最高潮になる。
他方、歩夢はこざっぱりした表情で、オレの腕時計を覗き込んだあと、小首をかしげて笑った。
「行きましょう? 大丈夫。皆さん優しいし、きっと受け入れてくれる」
「はー……。あの、なんもしゃべんなかった篠山歩夢と同一人物だとは思えねえな」
「変えてくれたのは周さんですよ」
つんつんとスーツの裾を引っ張られ、勢いのまま部屋に入る。
……と、オレたちが何も言う前に、北川が大声を上げた。
「あーーー!! 安西さん! っと、篠山くん! 指輪つけてる!? ええええええ、結婚した!? ついに結婚したの!?」
「う、うるせえ……」
オレの緊張を返せ。
北川の大声を聞いて、その場にいた全員が群がってくる。
歩夢が苦笑いしながら言った。
「きのう、転居と証明書の申請を済ませまして、安西さんとパートナーになりました」
「ぎゃああああーーーおめでとうおめでとうおめでとう!!」
「…………うるせえ。いや、ありがとう。でもうるせえ」
「飲み会だぁー!」
あいまいに笑いながら頬を搔く歩夢の薬指には、銀色のリングがはまっている。
埋め込む石をブルートパーズにしたのは、初めて泊まった日の朝に、歯ブラシのくだりでオレが『青が好き』と言ったのを、覚えていてくれたからだった。
真新し指輪とピシッと着たスーツが合わさると、なんというか、めちゃくちゃ色っぽいなと……。
「篠山さん、プロポーズの言葉は何だったんスか?」
「ええと、それは内緒……かな」
「どっちが言ったかは!?」
「僕です」
「ぎゃあああああああ」
――あのね、一緒に住まない?
これが、歩夢から受けたプロポーズの言葉だった……のだと思う。
いつもどおりセックスして、寝ようとしたときに、不意に言われたのだった。
あまりに唐突すぎて、オレは言葉を失ったのだが、歩夢はオレが口を開くまで、じーっと待っていてくれた。
おやつ待ちの子犬みたいな顔で。
お祭りのごとく収集がつかなくなった部署の面々をぼーっと眺めていると、いつの間に移動してきたのか、北川が耳打ちしてきた。
「ねえねえ、そういえばさ。ふたりって、なんで仲良くなったの?」
「んー? うーんと、なんだっけ……?」
ごまかそうとした、そのとき。
「安西さんは、魔法が使えたんです」
「えっ、なにそれどーゆう意味?」
「バッ……おまえ、」
眉間にしわを寄せてにらむと、歩夢は穏やかな笑みを浮かべながら、そっと手を繋いできた。
耳元で、ほんの小声で、いたずらっぽくささやく。
「電話1本で運命の相手を呼べちゃうなんて、周さんのほうがよっぽど魔法使いだと思いません?」
ひざうらを軽く蹴り、背中をぽこぽこと殴る。
耳まで真っ赤だろう。歩夢はくすくす笑っている。
「なんか、幸せそうでいいね~。見ててこっちも幸せな気分になるよ」
北川がのほほんとつぶやき、田村や大曽根が盛り上がる――その光景を見て、ぼんやりと思った。
幸せは、日常の地続きにあるのだ。
特別なことがなくても、朝起きて、歩夢がいて、汗水垂らして働いて、そこにも歩夢がいて、メシ食って、遊んで、そこにもいつも歩夢がいて。
「周さん、俺、全身全霊かけて周さんのことを幸せにしますので」
「おけ、頼んだ」
病めるときも健やかなるときも、ずっとずっと歩夢のそばにいると誓おう。
そんなことを、いつものオフィスの真ん中で思ったのだった。
(了)
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