デリヘル頼んだら会社の後輩(根暗)が来た

御堂どーな

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9章 ほんとに、お前しかいないわ

9-2

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 どう考えてもまずい状況だった。
 目の前の人物、洋介さんは、5年間片思いをこじらせ続けた相手である。

 通い詰めていたゲイバー・イージスの常連で、誰からも好かれる、気さくな人だった。
 優しいし気が利くし、男は取っ替え引っ替えだったけど、すごくチャラチャラしているわけでもない。
 セックスの相手に不自由しない、というイメージ。

 付き合いたくて背伸びして、でも、全然そういう目では見てもらえなくて。
 9こも下なら仕方ないかとあきらめようとした日、洋介さんが『10こ下の子とヤッて可愛かった』みたいなことを話すのを聞いてしまったり。

 空回るから余計にこじらせて、社会人になりイージスに行かなくなってからも、なんとなく心に引っかかったままでいた。
 それを吹っ切るために、あの日、デリヘルを――あゆむくんを呼んだのだ。

「どう? 仕事、続いてる?」
「あ……はい。おかげさまで。楽しくやらせてもらってます」

 歩夢が戻ってくる前に、切り上げたい。
 色々近況を聞いてくるのをやんわりと受け流し、話を終わらせようとする。
 しかし、洋介さんは懐かしさでいっぱいのようで、人懐っこい笑みを浮かべて、ぽんぽんとオレの肩を叩く。

「やー、安心したよ。しっかりサラリーマンやってるんだ」

 あのとき欲しくて仕方がなかった笑顔だ。
 なぜ、欲しかったときにはくれなくて、別の道へ踏み出した瞬間に、目の前に現れるのだろう。
 いまは要らない。だって、歩夢が――

「安西さんすみません、お待たせしま……」
「あっ、歩夢っ」
「ええと……お知り合いの方、ですか?」

 歩夢は、オレと洋介さんの顔を交互に見ながら、小さく頭を下げる。
 洋介さんは、少し驚いた表情をしたあと、柔和な笑みを浮かべた。

「わ、お連れさんがいたんだね。ごめんごめん、引き留めて。えっと、高峰たかみねといいます。周の古い友人で」
「あっ、えっと……篠山です。会社の後輩で……」

 鞄を漁り名刺を取り出そうとするのを、慌てて止める。

「いい、いいからそういうの」
「あはは、律儀な後輩さんだね。周の教育が良いのかな?」
「はい……すごく、良くしてもらって……」

 しどろもどろになりつつ会話を試みているのはなんとも健気なのだが、いまはそんな場合ではない。
 そんなオレの焦りとは裏腹に、洋介さんはのほほんとした様子で、オレの袖をつんつんと引っ張った。
 そして、耳打ちする。

「もし偏見ないなら、今度後輩くんも連れてイージス来なよ。久々に飲みたい」
「いや……多分、そういう場は苦手なタイプだと思います」
「じゃあ周だけでも。来たら、みんな喜ぶと思うし」
「えっと、」

 言い淀んでいると、洋介さんはさらに耳元に顔を近づけて言った。

「周、大人っぽくなったね。好みど真ん中に育っちゃって」
「え?」
「ふたりきりでもいいよ。飲みたいな」

 その目は、穏やかでありつつも、男を誘うときのそれだった。
 二の句が継げず固まっていると、唐突に、歩夢がオレと洋介さんの間に割って入った。

「あ、あのっ! 安西さんとっ、お、付き合いさせていただいているので……っ」

 仰天して顔を見る……と、その表情は泣きそうだった。手も少し震えている。
 洋介さんはオレたちの顔を交互に見たあと、ひょいっと肩をすくめた。

「あらら、それは失礼失礼。なんだ、周も遠慮せずにそう言ってくれればよかったのに」
「すいません、隠すつもりじゃなかったんですけど」
「そ、そういうわけですので……失礼します。安西さん、行きましょう?」

 歩夢はオレの手首を掴み、首だけで頭を下げると、引きずるように駅方面へ歩き出した。
 オレは慌てたまま、少し声を張り気味に言った。

「洋介さん、オレ、幸せなんで大丈夫ですよ! みなさんによろしくお伝えください!」

 洋介さんは、まん丸く目を見開いたあと、ちょっと困ったように笑いながら、手を振っていた。
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