デリヘル頼んだら会社の後輩(根暗)が来た

御堂どーな

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5章 そろそろ腹割って話さない?

5-2

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 そこそこ新しいアパートの外階段を上がり、2階の角部屋へ。

「狭いですが、どうぞ」

 通された1Kの室内は、なんとも質素だった。
 入ってすぐのキッチンは、綺麗というか、使っている形跡がない。
 その奥のリビングには、ベッドと簡易テーブル、本棚とちょっとした収納のみ。
 コートとジャケットを脱ぐと、篠山は流れるような仕草でそれを受け取り、ハンガーに掛けた。

「すみません。ソファとかないので、ベッドに座ってください。コーヒーでいいですか?」
「いや、別に要らんから。こっちこい」

 ぺしぺしとシーツの上を叩くと、篠山はちょっと緊張したような表情で、隣に腰掛けた。
 オレはちょっとむくれた表情をつくり、口をへの字に曲げる。

「え、と。すみません、何か気に障ること……」
「ばか。篠山のばか。お前が気の利いたことすると、そういう仕事だからかなとか考えちゃうんだよ。くそー」

 居酒屋での態度とまるで違うであろうオレを見て、篠山はたいそう驚いている。
 でもオレは、もう臆することはなかった。
 なにせ、相手の家だ。
 どういう展開になろうと人様に迷惑をかけることはないし、気まずければオレが出て行けばいいだけの話しなので。
 篠山は困惑したように言った。

「違います。うち、親がしつけにうるさくて、お客さんが来たときは、いつもそうするので」
「んー? じゃあ、さらっと卒なく食べもの取り分けたりするのも、デリヘルで学んだことじゃないんだな?」
「あ、あの仕事で学ぶことは特にないですよっ。ただの、趣味みたいなものですので……」

 慌てふためいていた篠山が、急に黙る。
 そして、しばしの逡巡のち、遠慮がちに語り始めた。

「デリヘルを始めたのはほんとに深い意味はなくて、いつも趣味で適当にしてることがお金になるなら、面白そうだなって」
「軽い興味って感じだったのか」

「はい。でもいまから考えると、ちょっと、寂しかったのかもって思います。やってみたら、お客さんに喜んでもらえたり、他のキャストもけっこう話しかけてくれて。自分に自信がないので、性的にでも必要とされるなら、ちょっとは自分に価値があるんじゃないかとか、思ってしまったんです」

 一旦口をつぐむ。
 その瞳は揺れていて、叱られるのを恐れている子供のようだった。
 オレは軽く息を吐き、尋ねる。

「てかそもそも、そんなセックス好きになったのはなんか理由があんのか?」
「え……っと、17のときが初めてでして、」
「はあっ!? 高校生!?」

 思わずさえぎって、若干立ち上がりかけてしまった。
 篠山は目を丸くしている。

「わりわり。ちょっとびっくりしただけ」
「……すみません。それはびっくりしますよね。そういう性格に見えないと思いますし」
「うん。全く見えないな」
「初めてまともに会話できた人が、たまたま、そういうのを求めてるタイプだったってだけなので。俺にそういう主体性があったわけじゃないんですけど……」

 若干言いにくそうな様子には気づかないふりをして、根掘り葉掘り聞く。
 そして得られた過去話は、……なんというか、篠山らしかった。

 生まれてこの方、心を許せるような友人はできたためしがないこと。
 初体験は、唯一話しかけてきてくれた部活の先輩の家に行ったときに『ヤッてみたい』と言われ、求められたとおりに突っ込んだということ。
 大人になってからも、コミュニケーションをとるのが下手くそすぎて、セックス込みの相手としかうまく人間関係が結べなかったこと。

 オレは内心、ほっとしていた。
 この内向的な人物が言う『セックス大好き』に、ちゃんと納得のいく経緯があったからだ。
 半生を語る間、篠山の目はひどく怯えていた。
 打ち明けてどう思われるのかが、怖かったのかもしれない。

「……んで、デリヘルにたどりついたと」
「そうです」
「でも、そこが終着点じゃなくてよかったじゃん」
「えっ?」
「オレと幸せになりなさい」

 篠山は絶句している。
 オレはその片手に手を重ねて、耳元でささやいた。

「オレだけにしときなよ。んで、一緒に肉食お? オレ、篠山ならなんでもいいもん。すげー好き。めちゃくちゃ好き。前にも言ったけど、オレ重いから」

 握った手が、じんわりと汗をかく。
 その下に重なる篠山の手は、若干震えていた。

「幸せに……なってもいいですか?」
「うん」
「浮いた遊びもしないで生きてきた安西さんと比べて、俺の生き方ってダメすぎないかなって、……話しながらどんどん不安になってました」
「言いづらかったよな。ごめん、聞き出すようなことして」
「いえ。……驚いてます。こんなダメエピソードを聞いても、受け入れてくれるんだって」

 長く息を吐いた篠山は、盛大な苦笑いを浮かべながら言った。

「俺も、安西さんのこと好きです。でも、言ったらどう思われるのかを考えると怖いし、この関係が終わって欲しくなくて……安西さんに呼んでもらい続けるには、他の客ともするしかないって思ってました」
「そりゃまあずいぶんと、ぶっ飛んだ思考だな」
「ほんとは嫌でしたよ」

 実は、正月明けに1回だけ出勤したのだという。
 しかし相手のことが無理すぎて、吐き気をこらえながら2時間をやり過ごしたらしい。

「地獄でしたね。知らないおじさんのオナニー鑑賞させられながら、『こんな思いしないと、安西さんとはできないんだ』って。ずっと好きだったら、永遠にこの仕事辞められないんだって思いました」
「お前、バカだな。頭の回転早い奴ってずっと思ってたけど、シンプルに意味わかんねえ」
「こういうところが、人とうまく付き合えない理由なのかなと、よく思います」

 距離を詰め、篠山の両頬を手で挟む。

「お付き合い、してくれる?」
「……はい。こんな俺でよければ……よろしくお願いします」

 どちらともなく、顔を近づけていく。
 肩を抱かれて目を閉じると、ふんわりと優しいキスが落ちてきた。
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