デリヘル頼んだら会社の後輩(根暗)が来た

御堂どーな

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5章 そろそろ腹割って話さない?

5-1

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 あっさりと休暇は終わり、仕事が始まった。
 元旦に出掛けたあとは、ちまちまLINEを送るくらいで、特に進展していない。
 本人からは早々に、『雑談LINEに不慣れで、すみません』と申告があった。

「はー……帰るか」

 時計を見上げながら、両腕を上げて伸びをする。
 時刻は22:30過ぎ。
 正月明け初めての金曜日ということもあり、きょうは怒涛の仕事量だった。
 視界の端っこでは、篠山がまだ、PCとにらめっこしている。

「篠山ぁ。そろそろ上がれば? 飯おごるよ」

 フロア内の全ての視線が、バッとオレに集まる。
 顔を上げた本人は、目をまん丸くして驚いていて――そんな顔しなくてもいいだろうに。
 ややあって、篠山が静かに立ち上がった。

「い、行きます……」

 皆の視線が集まって緊張したのか、耳まで赤い。
 内心しくじったと思いつつ、気軽な感じを装い帰り支度を待って、ふたりでオフィスを出た。



 ラッシュアワーを過ぎた電車内で、窓際に立つ。
 若干肩が触れるくらいなら不自然はない混み具合だ。

「びっくりしました。その、仕事終わりにサシ飲みとか、人に誘ってもらうの初めてで」
「オレは後悔してるよ。あんな可愛くお耳赤くしてんの、他人に見られたくなかったわ」
「す、すみません。恥かかせちゃって」
「違う違う。なんか、篠山のそーいうのは、……他の奴に見せたくなかったなあっていう」

 チラリと顔をうかがうと、分かりやすくぽかんとしている。
 ややあって、露骨にうろたえだした。

「あっ、いや。すみません、そういうジョークに慣れてなくてっ」

 と言いながら周りをしきりに気にしているので、他人に聞かれていないか焦っているのだろう。

「大丈夫。みんな、イヤホンつけてるか寝てる」
「あ……っ、よかった。急に安西さんが爆弾発言するから、どうしちゃったのかと」
「でも思ったのはほんとだからな?」

 ジョークではなく、正真正銘の本音である。

 渋谷で下り、安いチェーン店の居酒屋を目指す。
 安いし半個室で、気軽なサシ飲みにちょうどいいのだ。
 とりあえずビールと、適当にシェアするつもりで、何品か選ぶ。
 酒のつまみになりそうかつヘルシーなもの……と悩んでいたら、篠山は苦笑いしながら「おかまいなく」と言って、唐揚げを追加した。
 その表情がなんだか心を許してくれているような気がして、胸がむずがゆくなった。

「んじゃ、かんぱーい」

 コツンとグラスを当てると、なぜか篠山は、ちょっと口をつけて飲んだあと、両手でジョッキを持ったまま、こちらを見ていた。

「…………ぷは。ん? なに?」
「いえ。なんか、安西さんがおいしそうにビールを飲むのを見るのが、好きみたいで」
「なんだそれ」

 我ながら、浮かれている。
 ふたりきりで特別……みたいなものに、うれしさを感じてしまう。

「最近どうよ。副業、まだやってんの?」
「一応、在籍はしてます。……サイト、最近は見てないですか?」
「うん。普通に連絡できるし、あっち見る必要ないから」

 ……というのは建前で、本当は、見るのが怖くなってやめた。
 これで、いままでどおり出勤して、知らない誰かにご奉仕していることが確定してしまったら、立ち直れないような気がしたからだ。
 これだけ色々モーションかけてみているのに、全然意味ないと分かってしまったら、虚しすぎる。

「そっか、もう安西さん、見てくれないんですね……」
「うん?」
「じゃあ、呼んでもらえることも、ないんですかね」
「ま、まあ。そうだな」
「……そうですか」

 しょんぼりする顔を見ながら、もうひと押しだと思った。
 あとちょっとだけ押せば、『安西さんが呼んでくれないならもう辞めます』みたいな言葉を、引き出せる気がする。
 しかし、誘導尋問というのは、そうそううまくいくものではないらしい。
 篠山は軽くため息をつきつつ、お通しを口に運んだ。

「……楽しみがなくなっちゃいますね。一応好きでやってることではありますけど、安西さんから予約が入ったらご褒美、という感じはしてて」

 辞める気は無い、のか。
 ならばもう、ひとり相撲の駆け引きは悪手なのでは……?
 完全に開き直ったオレは、ぶっきらぼうに聞いた。

「なあ、それ、ほんとに続けなきゃいけないの?」
「え?」
「なんか解せないんだけど。そんな、オレの予約の有無ごときで楽しみが減るなんて、それほんとに楽しいのかなって。そろそろ腹割って話さない? オレも、なんで26まで恋愛音沙汰なしなのか、ちゃんと言うからさ」

 篠山は、しばらく呆然としたあと、ぶるぶると首を横に振った。

「違いますっ。安西さんの予約『ごとき』なんて」
「そこの否定は別にしてなくて。そもそもなんでデリヘル、っていう」

 もう、逃がさないぞ。
 そしてオレも、逃げない。
 これでもはぐらかされるようなら、篠山を好きになっている気持ちは、もう打ち消してしまった方がいい。
 オレはビールを端に寄せ、テーブルにひじをついた。

「……腹を割る、というのは」
「んじゃー先にオレから話すわ。聞いてくれる?」

 こくりとうなずいたので、オレはゆっくりと語り始めた。

「大学生のころ、5年以上前だけど、片思いしてる人がいたんだわ。行きつけのゲイバーの常連で。その人、誰にでも優しいからすげーモテてて、特にオレのことはめちゃくちゃ面倒みてくれてた。でも、全然。けっこう男取っかえ引っかえくらいだったのに、オレのことはそういう風に見てくれない」

「それは……何か理由があったんでしょうか?」

「分かんねえ。でも、オレだけは選んでくれなかったんだよ。モーションかけてもダメだし、つれなくしてみたら、ちょっとそっとしておいてあげようよなんて、気を遣われる始末。要するに、全く眼中になかったってことなんだろうな」
「安西さんにだけ特別優しかったのに?」
「9こ上だったから、あの人にとっては、弟キャラみたいなもんだったのかも」

 篠山は真面目な顔で、オレの目を見つめながら言った。

「その人のことは、まだ忘れられないですか?」
「もう忘れた。ってか、踏ん切りつけようと思って、デリヘル呼んだ。ようやく前に進もうとしたら、会社の後輩が現れたもんだから、悪運を呪ったよな」

 自嘲気味に半笑いのまま、ぽつっとつぶやく。

「いまのこの状態は、それに似てる」
「え?」
「篠山はどの客にも優しいらしいし、オレは特別みたいなこと言ってくれる割に、大事なことはなんにも教えてくれない」

 そこまで言い終えると、篠山は目をそらし、頬を掻きながら言った。

「すみません。ちょっとだけ、整理する時間もらえませんか。すごい長い話になっちゃうので、どこから話せばいいのか……」
「いくらでも待つよ」
「それと、ここではちょっと、落ち着かないので……できれば、家で話したいです。来て、もらえませんか……?」
「ん。分かった。んじゃ、飯食ったら移動しよ」

 そこからは無理やり雑談に切り替えて、でもお互いうわの空で――さっさと食べて、電車に乗る手間も惜しんで、タクシーで篠山の家に向かった。
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