デリヘル頼んだら会社の後輩(根暗)が来た

御堂どーな

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4章 オレだけにしてくれ

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 惰性でつけていたテレビが、年が明けたことを告げた。
 芸能人たちが一斉に、「あけましておめでとうございまーす!」と騒いでいる。
 他方オレはといえば、ソファの上でゴロゴロしながら、手の中でいじるスマホを……スターライドのページを見てしまっている。

 毎日の生存確認。
 篠山が何をしているかを知る術は、あゆむくんの出勤状態を見るしかない。
 だからなんだ、とか、知ってどうする、とか、様々自らにツッコミは入れつつ、つい気になって見てしまう。

「ちゃんと正月してそうだな……」

 あれ以来一度も出勤していないので、ちゃんと休暇は取っているようだ。
 ほっと胸をなで下ろす自分は、一体何を心配しているのだろう?
 篠山の体調なのか、それとも、他の客が――

「やめ。アホくさ」

 テレビを消し、リモコンをぽいっと投げる。
 ちょっとひと晩一緒に過ごしただけでその気になってしまうなんて、子供じみた思考もいいところだ。
 篠山は別れ際、うれしかったとか色々言っていて、それは特にサービストークというわけでもなさそうだったが。
 でも、額面どおり受け取って舞い上がるのは、ちょっと違う気がする。

 だって、辞めてないし。
 もし仮に万が一オレのことが好きだというなら、デリヘルは辞めるだろう。
 別に生活がかかっているわけでもなく、趣味感覚でやっているだけだというし、オレが自分の出勤状態をこまめにチェックしているのも、分かっている。
 好きな相手に向かって『きょうも他人とセックスしてますよ!』と発信する奴は、そうそういないだろう。

 篠山は確かに変わり者だが、察しが悪いわけでも、常識がないわけでもない。
 オレが見ていると分かっていて、それでも店に在籍し続けている。
 こんなのはもう、脈は無いと告げられているのと同義ではないか。

「……好きに、なっちゃったのかなあ」

 ごろっと寝返りを打ち、虚しさを噛み締める。
 恋人を作る前に遊んでみようと思ったデリヘルで、こんなことになるとは。
 優しくしてくれる相手に手が届かないなんて、5年前の――ずっと踏ん切りがつかなかったあの片思いから、全く成長していないわけで。

「アホくさ」

 同じひとりごとを何度も繰り返している。
 年末年始休暇に入ってから、ずっとこうだ。
 ぐだぐだ考えてはサイトを見て、そしてもやっとして、また考えてしまう。
 これが恋愛的な好意なのかはよく分からない。
 でももし、『好き』の定義の中に『独り占めしたい』が入るのなら、オレは篠山のことが好きだということになる。

 そんな仕事、やめちまえ。
 オレだけにしてくれ。
 個人の連絡先すら知らない、デリヘルサイトと社用スマホでしか繋がっていない、もろい関係なのに……そんなことを考えてしまうわけで。

「アホく……」

 つぶやきかけた、そのときだった。
 社用スマホが鳴る。
 ロック画面に表示された名前は『本社販促課 篠山歩夢』

「うわ!? え、え……!?」

 予想外の展開に慌てふためきながら、通話ボタンを押す。

「も、もしもし……?」
『あけましておめでとうございます』
「お、おう。あけおめ」
『今年もよろしくお願いします』

 律儀な挨拶。
 電話の向こうでペコリと頭を下げているのが、目に浮かぶ。

「よろしく……、って、えっと」
『すみません、お休みの深夜に。いま電話大丈夫ですか?』
「うん、平気。家でゴロゴロしてたから」
『……よかった。誰かと過ごしてたらどうしようかな、……って』

 自信なさげに、語尾が消えていく。
 良くも悪くも通常運転のようで、なんだか拍子抜けした。

『電話は、特に意味はなくて。すみません。ただ、ちょっと……勇気出してみようかな、と。お正月なので』
「はあ。まあ全然、意味ない電話でも……うん、かけてきてくれてありがと」

 我ながら小っ恥ずかしいやりとりだ。
 スマホを耳に当てたまま冷蔵庫に向かい、ビールを取り出す。

『あの、個人の電話番号、教えてもらっていいですか? 通話記録が総務の人に丸見えだと思うと……』
「うわっ、確かに」

 1/1 0:01 から電話する安西と篠山――シンプルに、恥ずかしすぎる。
 手短に番号を伝えて通話を切ると、ほどなくして、私用スマホに電話がかかってきた。

「はいよ」
『すみません。ありがとうございます』

 ……と言ったあと、篠山は軽く噴き出した。

「なに」
『……ふふ、すみません。なんか、自分がおかしくて。電話番号なんて直接聞く機会いっぱいあったのに、なんでいまなんだろうって』
「だな」

 なんだろう。オレの方が照れてしまって、全然会話にならない。
 これでは、いつもと真逆だ。

「……呑んでる?」
『いえ』
「酒の勢いってわけでもないのか」
『はい。自分の意思で、声聞きたくて、電話しました。……ずっと、勇気が出なかったので』
「へ?」

 連絡を取りたがっていた、というところに驚いてしまった。
 そんなそぶりは全く見せなかったし、そもそもデリヘルを続けているのだから――

『安西さん、わざわざサイト通してしか、連絡してくれないじゃないですか。だから、個人的には連絡とりたくないのかなって、ずっと思ってました』
「は!? あ……っ!」

 オレはここにきて初めて、自分の大失態に気づいた。
 篠山の立場になってみれば、おっしゃる通りだ。
 社用スマホにかければいいものを、あえて客としてしか呼び出さない。
 そしてヤるだけヤッて、会社では何もなかったようにしれっと仕事をする。
 意味不明の行動。
 自分は、デリヘルの店員としてしか見られていないのだろうか?
 そんな風に思わせてしまっても、致し方ない状態だった。

「ごめん、違う! そうじゃないんだ! 決して決して、個人の番号教えたくなかったとかではなくて」
『……そうなんですか?』
「ああ。その、発想がなかったんだ。篠山の私生活の様子を知るには、サイト見るしかないって」
『俺は……安西さんから連絡もらえる術がこれしかないな、って思ってました』

 控えめに笑う声を聞いて、オレは自分を殴りたかった。

「なんか、マジでごめんな」
『いえ、全然。自分から聞けばよかった話なので……』
「いやいや。先輩かつ客相手に、なんで個人の番号教えてくれないんですか~なんて言えないだろ」
『まあ……そうですね。でも、勢いで電話してみてよかったです。拒まれてるわけじゃないってことは分かって』

 いやいやいや、拒むどころか、毎日見てるからな? その意味は悟ってくれよ?
 ……と、他力本願な考えが浮かんでしまう。
 慌てて打ち消し、コホンと咳払いして言った。

「あー……あのさ。いまから会えない? 元旦だから、終夜運行で電車ある」
『……会いたい、です』

 ダイレクトに言われて、自分から吹っ掛けたくせに、キュンとしてしまう。

「どっかで飲む? それかウチ来てもいいし、俺がそっち行くんでもいいけど」
『えっ。えっと、じゃあ……初日の出、見に行きませんか』

 再び自分を殴りたくなった。
 篠山が、思ったよりピュアだった。
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