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11 ゲリラ

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「ゲーセン行きてーなー」
 朝、登校してきてすぐに、桜井くんがつぶやいた。
「放課後行く?」
 松田くんが聞いたけど、桜井くんは据わった目でふるふると首を横に振る。
「金がない。いや、金が来ない」
「なんで? 期限昨日じゃないの?」
「知らねーよ。めんどくさいけど昼呼ぶかなー」

 ……期限?
 何のことだろう、と思いながらふにふにと吉野くんの手を握っていたら、廊下を歩いてたひとに、すごい剣幕で睨まれた。
 ゾクッとするほど。

 知らないひとだったけど、見た感じでは、スクールカーストでいったら底辺だろうなという、同類の香り。
 なぜあんな風に睨まれたのだろう。
 でもまあ、俺たちの行為が流行ったせいで同じ被害に遭った底辺層がたくさんいるので、恨まれても仕方ないなとは思っている。



 昼休みになった瞬間に、澤村くんが、あごをしゃくった。
「行くぞ」
 桜井くんが顔を上げて、俺と吉野くんを指さす。
「こいつらどーすんの?」
「しょうがねえから連れてく」
「えー、気が進まねーなー」
「置いてくわけにいかねえだろ」
 
 どこかへ行くらしい。
 3人とも立ち上がったので、吉野くんと手を繋いで、ちょこちょことついて行く。

「あー、ふたり。気悪くすんなよ?」
 階段を降りながら、桜井くんが、何やら居心地悪そうに言った。
 しかし松田くんは、はあっとため息をつく。
「いまさら何言ってんの。俺たちが本来はただのクズ人間なことくらい、ふたりだって分かってるでしょ」
「いやー、でもここまで可愛がっちゃうと、こーいうのは見せたくなくなっちゃうんだよなー。あー、うざ」

 話がよく分からないまま、なんとなく質問する雰囲気でもないので、こくこくと黙ってうなずくにとどめた。
 そして着いたのが、校舎裏。
 見ると、さっき廊下で睨んできたひとが立っていた。

 澤村くんが、コンクリートブロックの上に座って、たばこに火をつける。
 どうしていいか分からず棒立ちになっていると、桜井くんは、先ほどまでとは別人のような目つきで、その人に前蹴りをかました。

「約束、昨日だったんすけどー」
「……持ってないです」

 その光景に、心臓がバクバクと鳴った。

「てめーが自主的に持ってきてりゃ、こんなめんどくせえことになってねーんだよ」
「すいません。でもないです」
「作ってこいっつったろーが」

 カツアゲだ。
 桜井くんが言っていた『金が来ない』というのは、つまり、このひとからずっと巻き上げていたわけで……。
「こんなとこ、うちの可愛いペットに見せたくねーんだわ」

 じわじわと泣きたくなって、吉野くんの腕にしがみつく。
 すると松田くんが、いつもは見せないような残虐な目でふたりの様子を眺めながら、つぶやくように語り出した。

「嫌な場面見せて悪いね。涼介が、金回収するとこはふたりに見せたくないって言ってて、いつもは適当に派閥の連中にやらせてるんだけど。こいつ、有り金全部3年にあげちゃったみたいで、ちょっとシメるみたい。見たくなかったら目つぶっててくれていいけど、俺たちの視界に入らないところには行かないでね」

 思えば、俺たちは『財源』として飼われ始めたわけだけど、そういうことをしなくなってからも、遊び方、お金の使い方は全然変わっていなかった。
 むしろ、何でも俺たちふたり分が乗るのだから、いままでよりお金がかかっていたわけで。

 アルバイトもしていない3人が、いつもどこからお金を出していたのか。
 そんなことも分からなかった自分がバカだと思ったし、こうやって知らないひとから不条理に奪ったお金で遊んでいたのだと思ったら、途端、震えが止まらなくなった。

 あの頃怯えていた側に、俺はいつの間にかなっていたわけで。
 そんなつもりなかったけど。
 命令に従って、くっついてるだけだけど。
 巻き上げられてるひとから見れば、同類だったくせに、他人から取ったお金で平和に不良にくっついて遊んでる……そんな存在なんだ。

 澤村くんがのっそり立ち上がって、いじめられっこにたばこの煙を吹きかけた。
「誰にやったんだよ。金」
「自分の持ち物買うのに使いました」
「嘘つくんじゃねえぞ」

――バンッ

 思いっきり右頬を蹴られて、横に吹っ飛んだ。

「……っ、ほんとに、自分で使いました」
「3年だろ? 言え」
 地面に転がったままのいじめられっこの肩を踏みつける。
「痛……」

 目を離しちゃいけないような気がして、でも、涙はぼろぼろこぼれて。
 顔を踏む寸前のところで立ち止まった松田くんは、冷たい目で見下ろした。

「君、自分の立場分かってる? 誰に口止めされてるんだか知らないけど、そいつの約束守って自分の身が安全になるかって言ったら、全然そんなことないからね」

 それでも黙りこくるいじめられっこに、無慈悲に追い討ちをかける。
「俺らとそいつらと、両方に金を貢ぐのが趣味なんだったら、嘘でもなんでもついてればいいと思うけど」

 耐えられなくて、止めに入ろうとしたら、吉野くんに腕を掴まれた。
 振り返ると、無表情のまま首を横に振っている。
 分かってる、何も言える立場ではないことくらい。

 桜井くんがちらっとこちらを見た後、舌打ちをした。
「だから嫌だったんだよ連れてくんの。てめーマジで、調子乗ってねーでいますぐ吐けコラ」
 別人のような目で、髪の毛を掴む――いや、別人じゃなくて、最初に出会った時の目だ。

「い、いわかみせんぱい、です……」
 澤村くんの眉がぴくっと動いた。
「……クソみてえな言い訳しやがって、次やったらぶっ殺すぞ」
 そう言って、いじめられっこの口の中に、砂をつっこんだ。

「月曜までに3万ね。手数料。人件費かかっちゃったから」
「ゴホッ、ゴホッ」
「妹いるんだっけ? 下着何枚か拝借すればすぐ手に入るよ。必要なら売買サイト教えるし、やり方分かんなかったら教えてあげる」

 俺たちの平穏と引き換えに、誰かの地獄は続いていた。
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