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謎④ 坂の途中でコーヒー
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6月19日、金曜日。
きょうの夜はレターズへ連れて行ってもらえる予定だったのに、まさかの、先生が休みだった。
どうやら忌引きらしい。クラスの女子が話しているのを聞いてしまった。
本人からは何も連絡がないし、身近なひとが亡くなってバタバタしていたり、悲しくてそれどころじゃないのかもしれない。
こちらから連絡を入れるのはためらわれるので、とりあえず、先生からの連絡を待った方がいいと思った。
ただ、ひとつ気がかりがある。
今回の取材はひとと約束を取り付けているらしく、それがどうなっているかが分からない。
ちゃんとキャンセルできていればいいのだけど、俺にすら連絡できない状態なら、取材相手のひとに連絡もできていなさそうだ。
となると俺が行くしかないので、放課後、ひとりでレターズへ行くことにした。
制服姿で大丈夫かとおっかなびっくりで入ると、愛美さんがにこにこと手を振ってくれた。
「いらっしゃい、大河くん。待ってたよ」
「あの……先生、ご親族が亡くなられたって聞いて」
おずおずと切り出すと、愛美さんはこてっと首をかしげた。
「え? いや、聞いてないよっていうか、薫先生から大河くんに伝言預かってるんだけど」
「え、何ですか」
「ついさっき電話が来てね、『坂の途中でちまちまコーヒーを飲んでくるって言っておいて』って言われたの」
電話? ついさっき? 俺に直接じゃなくて、愛美さんに伝言?
「あー……ちなみになんですけど、きょうって、先生誰かと取材の約束取り付けてました?」
「えー? いや、聞いてないなー。薫先生が来るなんて話自体、あたしは聞いてないけど。すっぽかされちゃったの?」
はあ、と脱力する。
最初っから、俺に変な問題を出すつもりだったんだ。
忌引きもどうせ嘘。俺に問題を出すためにわざわざ相談室を休むなんて、どうかしてる。
そして、先生はたぶん、俺が来るまでずーっと『坂の途中でちまちまコーヒー』を飲み続けるんだ。
「うー、なんで変なことするんだろ」
「あはは、だまされちゃったんだ。大河くんかわいそー。今度薫先生来たら怒っておくからさ。がんばってー」
ひらひらと笑顔で見送ってくれる愛美さんにちょこっとお辞儀をして、階段をとぼとぼと上がった。
駅へ向かいながら、考える。
――坂の途中でちまちまコーヒーを飲んでくる
坂の途中……は、何かの例えだろうか。
それに、ちまちまって? わざわざそうつけたのには何か理由があるのだと思う。
ちまちま飲むということは、時間をかけるつもりなのだから、まさか外で缶コーヒーということはないだろう。
どこかの坂の途中にある、カフェか何か。
コーヒーである理由は?
というか、甘党の先生が、あえてコーヒー?
坂、カフェ、コーヒー、ちまちま、俺を待ってる、として……。
「あ」
ぱっとひらめいた俺は、歩道の端によけて、スマホを開いた。検索バーに打ち込む。
<団子坂 カフェ>
先生の伝言は、江戸川乱歩の小説『D坂の殺人事件』の冒頭と同じシチュエーションだ。
主人公は、D坂にある喫茶店で、向かいの古本屋の奥さんを見たいがために、コーヒーだけで何時間も粘っていた。
D坂が文京区にある『団子坂』という実在の場所だというのは、乱歩ファンなら大体知っていることだ。
というわけで、団子坂近辺のカフェを探してみると、まさにドンピシャな場所を見つけた。
Cafe D-ZAKA――4年ほど前に、乱歩ファンの若者が開業したらしい。
「三鷹から千駄木まで……絶対に交通費請求する」
夕日が目に刺さって、眉間に深いしわを寄せながら走った。
結局、早く会いたいんだからしょうがない。
きょうの夜はレターズへ連れて行ってもらえる予定だったのに、まさかの、先生が休みだった。
どうやら忌引きらしい。クラスの女子が話しているのを聞いてしまった。
本人からは何も連絡がないし、身近なひとが亡くなってバタバタしていたり、悲しくてそれどころじゃないのかもしれない。
こちらから連絡を入れるのはためらわれるので、とりあえず、先生からの連絡を待った方がいいと思った。
ただ、ひとつ気がかりがある。
今回の取材はひとと約束を取り付けているらしく、それがどうなっているかが分からない。
ちゃんとキャンセルできていればいいのだけど、俺にすら連絡できない状態なら、取材相手のひとに連絡もできていなさそうだ。
となると俺が行くしかないので、放課後、ひとりでレターズへ行くことにした。
制服姿で大丈夫かとおっかなびっくりで入ると、愛美さんがにこにこと手を振ってくれた。
「いらっしゃい、大河くん。待ってたよ」
「あの……先生、ご親族が亡くなられたって聞いて」
おずおずと切り出すと、愛美さんはこてっと首をかしげた。
「え? いや、聞いてないよっていうか、薫先生から大河くんに伝言預かってるんだけど」
「え、何ですか」
「ついさっき電話が来てね、『坂の途中でちまちまコーヒーを飲んでくるって言っておいて』って言われたの」
電話? ついさっき? 俺に直接じゃなくて、愛美さんに伝言?
「あー……ちなみになんですけど、きょうって、先生誰かと取材の約束取り付けてました?」
「えー? いや、聞いてないなー。薫先生が来るなんて話自体、あたしは聞いてないけど。すっぽかされちゃったの?」
はあ、と脱力する。
最初っから、俺に変な問題を出すつもりだったんだ。
忌引きもどうせ嘘。俺に問題を出すためにわざわざ相談室を休むなんて、どうかしてる。
そして、先生はたぶん、俺が来るまでずーっと『坂の途中でちまちまコーヒー』を飲み続けるんだ。
「うー、なんで変なことするんだろ」
「あはは、だまされちゃったんだ。大河くんかわいそー。今度薫先生来たら怒っておくからさ。がんばってー」
ひらひらと笑顔で見送ってくれる愛美さんにちょこっとお辞儀をして、階段をとぼとぼと上がった。
駅へ向かいながら、考える。
――坂の途中でちまちまコーヒーを飲んでくる
坂の途中……は、何かの例えだろうか。
それに、ちまちまって? わざわざそうつけたのには何か理由があるのだと思う。
ちまちま飲むということは、時間をかけるつもりなのだから、まさか外で缶コーヒーということはないだろう。
どこかの坂の途中にある、カフェか何か。
コーヒーである理由は?
というか、甘党の先生が、あえてコーヒー?
坂、カフェ、コーヒー、ちまちま、俺を待ってる、として……。
「あ」
ぱっとひらめいた俺は、歩道の端によけて、スマホを開いた。検索バーに打ち込む。
<団子坂 カフェ>
先生の伝言は、江戸川乱歩の小説『D坂の殺人事件』の冒頭と同じシチュエーションだ。
主人公は、D坂にある喫茶店で、向かいの古本屋の奥さんを見たいがために、コーヒーだけで何時間も粘っていた。
D坂が文京区にある『団子坂』という実在の場所だというのは、乱歩ファンなら大体知っていることだ。
というわけで、団子坂近辺のカフェを探してみると、まさにドンピシャな場所を見つけた。
Cafe D-ZAKA――4年ほど前に、乱歩ファンの若者が開業したらしい。
「三鷹から千駄木まで……絶対に交通費請求する」
夕日が目に刺さって、眉間に深いしわを寄せながら走った。
結局、早く会いたいんだからしょうがない。
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