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謎③ 英雄の暗号
3-6
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布団の中、まどろみながら聞く。
「先生、質問があります」
「何だね」
「夏休みの宿題の話は何だったんですか?」
突然聞かれた謎の質問についてたずねると、先生はなんてことはないように言った。
「ああ、あれはね。挿入するのに、苦しくても一気に挿れてしまうか、なるべく痛くないように時間をかけて挿れるかで迷ったので聞いただけだよ。最初にまとめてか、コツコツか。君が最終日に泣きながらやるタイプには見えなかったから、2択でね」
なるほど、と思うと同時に、あれは先生の気遣いだったのだと思った。
俺が緊張しないように、変な質問をしてくれたんだと思う。
「ところで、さっき聞いた僕の質問にも答えて欲しいんだけど」
「何でしたっけ。すいません、余裕なくて」
先生は眉根を寄せて笑い、俺の髪を梳くように手を差し込んだ。
「まず、これは道義から外れた邪な恋だと思うか、という質問だね」
「えーっと。難しいですけど……いけないことしてるとは思ってません。社会のルール的にはダメなんだろうと思いますけど、知らない誰かに決めつけられるのは嫌です」
「なるほど。ではもうひとつ。不安かね?」
「不安?」
キョトンとすると、先生は首をかしげた。
「自分で言ったんでしょう。僕が君のことだけを好きか知りたいと。そうだと何度も言っているのに、何か不安なことでもあるの?」
ちょっと目をそらしてしまった。でも、すぐに先生の目を見る。
「俺は友達がいないし先生が全てだけど、先生は色んなひとに好かれてて、行こうと思えばどこへでも行けるから」
先生はちょっと体を寄せて、俺を抱きしめた。
「断言しましょう。大河だけが好きだよ。理由は単純明快で、こんな身を焦がすような思いは、他にしたことがないから。この先もないだろうね」
「身を焦がすって?」
「会えない時間がもどかしいんだ」
「え?」
まさか、先生がそんな風に思ってくれているなんて、これっぽっちも思っていなかった。
だって、連絡先も教えてくれないくらいだったから……俺ばっかりが必死で、先生は会わなくたって大丈夫なんだと思っていた。
「じゃあ、どうして連絡先を教えてくれなかったんですか? メールが嫌いだから?」
先生はバツが悪そうに目をそらしたあと、親に秘密がバレた子供のような顔をして言った。
「君に迷惑がかかると思ったんだよ。僕の連絡先が登録されているのが誰かに知れたら、君は要らぬレッテルを貼られて高校生活を送ることになるでしょう。僕はせいぜい、学校を解雇されて、子供を好む男色の作家だと、面白おかしくどこかへ書かれて終わりだろうけど」
「それ、先生の方がまずくないですか?」
「作家の私生活がクレイジーなのは、よくある話。もっとも、それが世間様に知れたとしても、僕は自分をおかしいとは少しも思っていないけどね」
なんか……いま、俺は決定的に、このひとに心をかっさらわれてしまったのだと思った。
俺のことを守ろうとしてくれていたのだと思うと、大事にされている感じもするし、後ろめたく思ったりはしていないのだと断言してくれて、素直にうれしかった。
「先生、俺、先生みたいな大人になりたいです。芯が強くて、自分を曲げないみたいな」
正直に言ってみたら、先生は……口を変な方向に曲げて笑いを噛み殺していた。
「やめなされ。僕みたいな大人になるなんて、ロクでもないから」
「作家はクレイジーなんですよね? 俺も作家志望です」
先生は、ちょっとあきれた顔をした。
「大河には清らかにまっすぐでいて欲しいよ。さあ、もう寝る時間です。おやすみ。朝は魚でいいかね。ああそうだ、親御さんには連絡したのかい。友達とゲームばかりじゃバリエーションに欠けるから、他にも何か言い訳を見つけておくといいよ」
まくしたてる先生の顔が、ちょっと可愛かった。
「先生、質問があります」
「何だね」
「夏休みの宿題の話は何だったんですか?」
突然聞かれた謎の質問についてたずねると、先生はなんてことはないように言った。
「ああ、あれはね。挿入するのに、苦しくても一気に挿れてしまうか、なるべく痛くないように時間をかけて挿れるかで迷ったので聞いただけだよ。最初にまとめてか、コツコツか。君が最終日に泣きながらやるタイプには見えなかったから、2択でね」
なるほど、と思うと同時に、あれは先生の気遣いだったのだと思った。
俺が緊張しないように、変な質問をしてくれたんだと思う。
「ところで、さっき聞いた僕の質問にも答えて欲しいんだけど」
「何でしたっけ。すいません、余裕なくて」
先生は眉根を寄せて笑い、俺の髪を梳くように手を差し込んだ。
「まず、これは道義から外れた邪な恋だと思うか、という質問だね」
「えーっと。難しいですけど……いけないことしてるとは思ってません。社会のルール的にはダメなんだろうと思いますけど、知らない誰かに決めつけられるのは嫌です」
「なるほど。ではもうひとつ。不安かね?」
「不安?」
キョトンとすると、先生は首をかしげた。
「自分で言ったんでしょう。僕が君のことだけを好きか知りたいと。そうだと何度も言っているのに、何か不安なことでもあるの?」
ちょっと目をそらしてしまった。でも、すぐに先生の目を見る。
「俺は友達がいないし先生が全てだけど、先生は色んなひとに好かれてて、行こうと思えばどこへでも行けるから」
先生はちょっと体を寄せて、俺を抱きしめた。
「断言しましょう。大河だけが好きだよ。理由は単純明快で、こんな身を焦がすような思いは、他にしたことがないから。この先もないだろうね」
「身を焦がすって?」
「会えない時間がもどかしいんだ」
「え?」
まさか、先生がそんな風に思ってくれているなんて、これっぽっちも思っていなかった。
だって、連絡先も教えてくれないくらいだったから……俺ばっかりが必死で、先生は会わなくたって大丈夫なんだと思っていた。
「じゃあ、どうして連絡先を教えてくれなかったんですか? メールが嫌いだから?」
先生はバツが悪そうに目をそらしたあと、親に秘密がバレた子供のような顔をして言った。
「君に迷惑がかかると思ったんだよ。僕の連絡先が登録されているのが誰かに知れたら、君は要らぬレッテルを貼られて高校生活を送ることになるでしょう。僕はせいぜい、学校を解雇されて、子供を好む男色の作家だと、面白おかしくどこかへ書かれて終わりだろうけど」
「それ、先生の方がまずくないですか?」
「作家の私生活がクレイジーなのは、よくある話。もっとも、それが世間様に知れたとしても、僕は自分をおかしいとは少しも思っていないけどね」
なんか……いま、俺は決定的に、このひとに心をかっさらわれてしまったのだと思った。
俺のことを守ろうとしてくれていたのだと思うと、大事にされている感じもするし、後ろめたく思ったりはしていないのだと断言してくれて、素直にうれしかった。
「先生、俺、先生みたいな大人になりたいです。芯が強くて、自分を曲げないみたいな」
正直に言ってみたら、先生は……口を変な方向に曲げて笑いを噛み殺していた。
「やめなされ。僕みたいな大人になるなんて、ロクでもないから」
「作家はクレイジーなんですよね? 俺も作家志望です」
先生は、ちょっとあきれた顔をした。
「大河には清らかにまっすぐでいて欲しいよ。さあ、もう寝る時間です。おやすみ。朝は魚でいいかね。ああそうだ、親御さんには連絡したのかい。友達とゲームばかりじゃバリエーションに欠けるから、他にも何か言い訳を見つけておくといいよ」
まくしたてる先生の顔が、ちょっと可愛かった。
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