秘密の書生

御堂どーな

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謎① 嫉妬深いレディ

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 約束の日曜日。
 そわそわしすぎた俺は5:30に目が覚めて、二度寝を試みたけど無理で、4時間ほど彦星零士の続きを書いて気を紛らわせたあと、11:00過ぎに家を出た。

 そしていま俺が立っているのは、井の頭恩賜公園いのがしらおんしこうえん
 武蔵野市と三鷹市にまたがる広い公園で、その真ん中にある大きな池が、『嫉妬深いレディ』の居場所だ。

 この池は、ボートの貸し出しをしていて、自然を眺めながら、まったりとした休日を過ごすことができる。
 また、池の周りをぐるりと囲むように植えられた桜は、ついこの間までは、幾重にも重なる満開の桜並木だった。
 井の頭池は、手頃なレジャースポットでもあり、花見の名所でもある。
 俺も、子供の頃から数えられないほど来た。

 池を横断する長い橋を渡りながら、ボートのひとたちを観察する。
 家族連れや、新緑の桜を背景に写真を撮り合う女の子たち。
 そして、仲睦まじげに話すカップル。

 この池のボートには都市伝説があって、それは『井の頭のボートに乗ると別れる』というものだ。
 俺が地元民だから知っていたのか、全国的に有名なのかは分からないけれど、少なくとも親の代にはあった話らしい。

 長い橋を渡りきると、その都市伝説のもとになった、嫉妬深いレディの居場所が見えてきた。

――井の頭弁財天

 池の中に浮かぶ小島にある、小さな神社だ。
 橋を渡りきって対岸についたあとは、右手に向かってしばらく歩く。
 そして小島にかかる短いアーチ状の橋を渡ると、朱色に彩られた神社に着いた。

 時刻は11:50。
 辺りを見回したけれど、先生はまだ着いていないようだ。

 都市伝説の内容は至ってシンプルで、『井の頭池のボートに乗ったカップルは、別れる。弁財天が嫉妬して、別れさせてしまうから』というもの。

 弁財天は、七福神のなかで唯一の女性の神様だ。
 もちろん弁財天自体に嫉妬深いなんて設定はないのだけど、ボートの都市伝説を真に受ければ、かなり悪質な嫉妬深いレディだ。

『最寄りの』と指定してくれたのには理由があって、そうでなければ俺は、江ノ島と井の頭の2択で博打をしなければならないところだった――江ノ島の弁財天にも、同じようなエピソードがある。

 そして、井の頭弁財天は12年に1度しか開帳しないので、表現が適切かはともかく、『たまにしか会えない』ということでいいのだろう。

 池はかなり大きいので、神社とボートのエリアはけっこう離れている。
 木々に覆われているこの小島からだと、ボートは、かすかにしか見えない。
 遠くですいすいと進むスワン。
 みんな長いまつ毛が描かれたメスの白鳥なことも、弁財天をイラ立たせていたりして。

 なんてくだらないことを考えていたところで、ふいに後ろから、カラコロと下駄の音がした。
 振り返ると、グレーの着物に白いハット姿の男性がいて、こちらに向かって歩いてきている。

 珍しい格好の人だなと思った。
 でも吉祥寺に住む大人はファッションにこだわりがあるひとが多いし、そういうひとがぽかぽかの休日に着物を着て散歩に出かけてみたくなる気持ちは、なんとなく分かる気がする。

 腕組みしたままカラコロと鳴らして向かってきた男性は、俺の1メートル手前で止まった。
「およ、早かったね」
 その声に、驚いて顔を上げる。
「え、新葉先生?」
「そうだよ」
 さらに4歩進んで、俺の目の前へ。

 元々背が高いうえに下駄で高くなっているから、おそらく俺よりプラス15センチ。180近い。
 完全に見上げる形になる。
 片手で帽子のつばを上げると、綺麗な顔がのぞいた。

「なんで……?」
「待ち合わせたんだから当たり前でしょう」
 ほんのちょっと眉間にしわを寄せ、首をかしげる。
 服装の異様さもさることながら、相談室で親切に話を聞いてくれた先生とは、別人の態度に思えた。

「いや、そうじゃなくて……なんで着物なんですか?」
「普段着」
「え?」
「ふだんぎ」
 一字ずつはっきりと言われても、はあとしか返事のしようがなかった。

「とりあえず、まずはおめでとうと言っておこうかね」
 満足げな先生は、ちょんちょんと神社を指さした。
「お参りした?」
「いえ」
「君、特定の宗教には?」
「特には」
 ならいいねと言って、先生は俺の背をぽんと叩き、本堂の正面に促した。

 ふたり並んで、手を合わせる。
 俺は、いまこの状況が何なのかを考えるので手一杯で、願いごとなんか全然思い浮かばなかった。
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