秘密の書生

御堂どーな

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謎① 嫉妬深いレディ

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 ホームルームが終わったのが15:30。
 机の整理をしているフリをしながら全員帰るのを待ち、ひとりになったところで、相談室へ向かって歩き出した。

 昇降口の裏手に、短い廊下でつながった、白いプレハブ小屋。
 ドアのフックに吊り下げられたホワイトボードには、綺麗な文字で『予約 16:00まで』と書かれている。
 俺のことだよな、と不安になりつつ、ノックをする。
 そっと扉を開け、すきまから声をかけた。

「失礼します。2年の市井です」
「どうぞ」
 やわらかな声が聞こえたので、おそるおそる室内に入った。

 中は思ったより奥行きがあって、応接間のようになっていた。
 うわばきを脱いで1歩入ってみると、床はじゅうたん敷きで、少しふかふかしている。
 3人掛けのソファが、こちらに背を向けてひとつ、ローテーブルを挟んで向こう側にひとつ。
 奥に先生のデスクがあって、部屋の端には、小さなシンクとお湯のポットや食器棚があった。

「来てくれてありがとう。そこへ座ってください」
 デスクから立ち上がった先生は、手前のソファを指差した。
「失礼します」
 クッションを端によけて、よく沈むソファに腰掛ける。

「改めまして。今年から赴任してきました、スクールカウンセラーの新葉薫です」
「市井大河です。さっきはありがとうございました」
 お互い一礼する。
 頭を上げると、先生はほんわりとした笑顔でこちらを見ていた。

 切れ長の大きな目に、真っ白な肌。
 薄いくちびるは少しあひる口で、常にニコニコしているのは、閉じるだけで口角が上がるからかもしれない。
 少し長い前髪は真ん中で分けていて、両頬にかかっている。
 たぶん30歳くらい。若くてかっこよくて、女子に人気なのは一目見れば分かる。

「いきなり呼んでごめんね。さっき少し泣いていたようだけど、大丈夫?」
「はい。大丈夫です」
 恥ずかしさと、それ以上何を話していいか分からない気まずさで、目をそらす。

「いつもああいうことをされているの?」
「いや、そんなことはないです。クラスにはあんまりなじめてはいないんですけど……」
 言いながら少し惨めな気持ちになったけど、先生は「そう」とだけ言って微笑んだ。

「さっき個人票を見たんだけど、市井くんは、部活には入ってないんだね」
「はい」
「じゃあ、いつも小説を書いているのかな?」
 やっぱり聞かれるよな、と思った。

「趣味っていうか、探偵小説を読むのが好きで、ちょっと真似して書いたりしてます」
「ちょっと、か」
 先生は、少し笑って言った。
「市井くんはきっとすごい努力家なんだね。『ちょっと真似』で、ノートが33冊目になるのはすごい」
「あ……」
 気づかれてしまった。

 確かに俺は、あのノートの表紙に、#33と書いている。
 あの一瞬でそんなところまで見ていたとは、やっぱりカウンセラーというのは、ひとのことをよく見ているんだなと思った。

 そしてその次に先生の口から発言は、驚くべきものだった。
「僕もね、実は小説を書いてるんだ」
「え? そうなんですか?」
 びっくりして目を見開くと、先生は、あははと笑った。
「他のひとには内緒ね?」
 そう言って先生は、いたずらっぽく肩をすくめる。

 どんな小説が好きなんだろうか。聞いてみたいけど、うまく言葉が出てこない。
 すると先生は、そんな俺の様子を察したのか、少し笑って言った。

「僕は、読むのも書くのも純文学。分かるかな」
「1年のときに芥川龍之介の羅生門を習いました」
「そうそう、芥川とかね」
 先生は、ゆっくりと何度かうなずく。
 優雅な仕草で万年筆を走らせているところを想像したら、かっこいいなと思った。

「僕は、志賀直哉という作家をこの世で1番尊敬しているんだ。小説の神様と言われていて、知ってる?」
「いや、分かんないです」
「今年も教科書の中身が変わってなければ、夏休み前に習うと思うよ」

 相談室の先生なのに教科書の中身も知っているのかと、驚いた。
 これは、小説が好きだから国語をチェックしているのか、生徒の相談に合わせるために、全教科頭に入っているのか――もしかしたら後者なんじゃないかと、ここまでの短い会話の印象で思った。
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