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1 ジェンガ
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咳き込む蓮の背中をさすり続けた。
意味があるのか全然分からないけれど、そうしてくれと蓮が言うので、バカのひとつ覚えみたいに、黙ってひたすら。
5分ほどそうしていると、少しずつおさまってきて、ぎゅっとつぶっていた蓮の目がうっすら開いた。
「大丈夫?」
「ん……、ごめん」
「謝らなくていいから」
大きく深呼吸した蓮は、ようやく酸素を取り戻したといった様子で、ほっとした表情を見せた。
「おさまった。ごめんな、ありがと」
すくっと立ち上がり、キッチンへ。水を一気飲みして戻ってきた。
「ベッドで寝たほうがいいんじゃない? いいよ俺ソファで」
「いや……どうせ眠れないんだけど、でもまたそっちで寝て弓弦に迷惑かけるわけにもいかないしなー」
「家主が遠慮することないって」
背中をぎゅうぎゅうと押して、ベッドに追いやる。
観念して腰掛けた蓮は、俺をじっと見上げて言った。
「あのさあ、弓弦。一緒に寝てくんない?」
「え?」
「さっき弓弦が横にいてくれたら、おさまった」
「電気つけたからじゃないの?」
俺のことは気にせず寝たらいい、と言おうとしたら、ちょんちょんと手招きされた。
横に腰掛けると、突然ぎゅうっと抱きしめられた。
「ちょっ、蓮?」
びっくりしてちょっとよけようとしたけど、蓮の力は強かった。
俺の首筋に顔を埋めたまま、低い声でつぶやく。
「死んだと思って、一緒に寝てよ。弓弦のことこうしてたら眠れる気がする。抱き枕みたいな」
無茶苦茶な話だけど、実際背中をさすっていたらおさまったにはおさまったから、横にいればすぐにさすってやれるかという気もした。
「分かった。いいよ」
「ごめん、ありがとう」
ふたりで布団にもぐる。すぐに、ぎゅうっと抱きしめてきた。
「弓弦、ほっそいな」
「元々小柄だし、ロクに飯食べてなかったからね」
「咳き込んだ拍子に首の骨折ったらごめんな」
へへへと笑う程度の余裕は戻ったらしい。
「じゃ、今度こそおやすみ」
「苦しかったら遠慮なく起こしていいから」
「うん」
腕枕のようにしてそのまま頭を抱え込まれると、自然と、蓮の胸に顔を埋める形になった。
「あったか……」
雪が降るほど寒い夜。
なのに、さっきひとりで寝ていたのと同じ布団だとは思えないくらいあたたかい。
ふわっとした思考のままつい背中に手を回してしまったけど、さすりやすいかと思って、そのままにした。
30分ほど、静かに様子を見守っていた。
蓮が咳き込む様子はなく、うとうとしているようで、安心する。
――死ぬくらいならオレと遊ぼう。
あのときの蓮の表情を思い出す。
至極まじめな顔で、俺の目をのぞき込んでいた。
ひとり眠れない夜を過ごして、学校や友達とも離れて、無理してバイトして、それでも眠れなくて。
孤独だったんだろうなと思う。
でも蓮は、俺と違って、孤独に絶望していなかった。
同じビルの屋上で、飛行場を見て生きようとしていた蓮と、飛び降りようとしていた俺。
少し自分が恥ずかしい。
「ん……」
蓮が小さく声を漏らす。
また咳をするかな、と思ったけど、大丈夫だった。
そっと壁の時計を盗み見ると、時刻は4:00すぎ。
5時間後には、俺のスマホに鬼のように電話がかかってくるだろう。
電源を切っておけばよかったな、と思った。
会社からガンガン。それから、会社から連絡を受けた家族からガンガン。
大の男が捜索願いを出されるのだろうか。情けないったらありゃしない。
こんな恐怖は死んでおけば味わうことはなかった……と思うけど、いまこうして惨めったらしく蓮にしがみついてしまっているのだから、どのみち俺は死ぬことなんてできなかったかも知れない。
蓮が一緒に寝ようと言ってくれてよかった。
朝が来るのが怖い。
背中に回した手は、蓮の咳を止めるため。
というのは建前で、本当は、ただ怖いだけだ。
寝息を立てる蓮の呼吸を感じながら、もしかしたら昼くらいまで寝るかも知れないと思った。
俺の電話で起こしてしまったら申し訳ない。
頭の上にあるはずのスマホに手を伸ばそうとして身じろぎをしたら、蓮がぎゅっと抱きしめてきた。
起こしてしまっただろうか。
目線だけでそっと様子を見ると、静かに目を閉じていた。
綺麗な顔だな、と思う。
鼻は高いし目は切れ長で、なんとなく色気もある。
いまだに高校生に間違われる子供っぽい俺の顔とは違う。
スマホはあきらめて再び蓮の胸に顔を埋めると、蓮が、ささやくくらいの小声で俺の名前を呼んだ。
「ゆづる」
「ん? 起こした? ごめん」
顔を見ようとしたら、抱きしめられた。でもそれっきりで、何も言ってこない。
ふうとため息をついて、背中に手を回した。
もう1度呼ばれる。
「弓弦」
寝言かと思ってそのままスルーしようとしたら、頭をするっとなでられた。
「あした遊ぶのさ、弓弦のスマホ折るのと川に投げんの、どっちがいい?」
「解約して売る」
「楽しそう」
また頭をなでる。
「あのさ。キスしていい?」
「え?」
「キス。ダメ?」
あまりに唐突で、目を見開いてしまう。
「……そういうつもりで誘ったの? 元々、そういう感じの趣味で?」
「そんなわけないだろ」
蓮は腕を解いて、少し体を離した。
表情を見ると、遊ぼうと誘ったときのように、まじめな顔をしている。
「弓弦さ、朝になったら絶対『やっぱ死んどけばよかった』ってなると思う」
「かもね」
「いまキスしたら、仁井田さんは死んだって実感すると思うよ」
「なんだそれ」
蓮は、ゆるっとこちらに目を合わせる。
「仁井田さんは、まじめすぎたんだ。だから、そんな無茶苦茶やられても仕事が辞めらんなかったんだろ? でも、まじめな仁井田さんはきのうで死んだ。いま弓弦は、仁井田さんとは別人格の、新しい弓弦。新しい弓弦は、仁井田さんがしなさそうなことを平気でする」
「めちゃくちゃな理論だな」
蓮は目を細めて笑った。
「いま考えうる、最もくだらなくて最も普通のひとがやらなそうなことを考えた」
「ほんとくだらない」
「だからキスしていい?」
「あー……」
思わず目をそらしてしまった。
たぶん蓮は、察したのだと思う。また頭をなでられた。
「もしかして、キスしたことない?」
「うん」
「じゃあちょうどいいね。仁井田さんは誰ともキスしないまま死んだ」
ひじをついて半身を起こした蓮は、そのままの流れでキスしてきた。
くちびるに、ふにっとした感触。
ちゅ、とわざと音をたてて離した。
「死んだ? 仁井田さん」
「うん。死んだっぽい」
「じゃあ、朝が来ても平気?」
「誰かの電話が鳴ってるなくらいに思えそう」
蓮の顔を見たら、いまさらドキドキしてきて、泣きたくなった。
辛い以外の感情が湧き上がったのが久しぶりすぎて、どうしていいか分からない。
さっと顔を背けると、蓮は「なんだそれ」とつぶやいて頭をかいた。
「なんだよその可愛い反応……そんな顔されると思わなかった」
「うるさいなあ」
「でも、なんか落ち着くのな、これ」
またキスしてきた。何度も何度も角度を変えて、短いキス。
たまらなくなって、ぎゅっと目をつぶり、蓮のトレーナーの裾を握った。
「優しい気持ちになる感じがする」
ささやきながらも、キスは止まらない。
「んっ」
思わず背中を叩いたけど、弱々しくぽすんと当たるだけだった。
蓮は、ゆっくりと顔を離した。
「会社のひとから連絡来る前に、家から荷物持ち出したほうがいいよ。行方不明ってなったら、家入れなくなるかも」
急に現実的なことを言われて、キョトンとする。
「家どこ?」
「え……あ、ひばり台」
「1駅か。早く行こ」
「服、なんかその辺の着て」
電気をつけた蓮と目が合った。
自分でも分かるくらい、情けない顔をしていると思う。
「弓弦、あのなあ。そういうとこだよ」
「なにが」
「……まあいいや。言いたいことは色々あるけど、とりあえず急ご」
適当に着たらものの見事にサイズが合わなくて、笑われた。
意味があるのか全然分からないけれど、そうしてくれと蓮が言うので、バカのひとつ覚えみたいに、黙ってひたすら。
5分ほどそうしていると、少しずつおさまってきて、ぎゅっとつぶっていた蓮の目がうっすら開いた。
「大丈夫?」
「ん……、ごめん」
「謝らなくていいから」
大きく深呼吸した蓮は、ようやく酸素を取り戻したといった様子で、ほっとした表情を見せた。
「おさまった。ごめんな、ありがと」
すくっと立ち上がり、キッチンへ。水を一気飲みして戻ってきた。
「ベッドで寝たほうがいいんじゃない? いいよ俺ソファで」
「いや……どうせ眠れないんだけど、でもまたそっちで寝て弓弦に迷惑かけるわけにもいかないしなー」
「家主が遠慮することないって」
背中をぎゅうぎゅうと押して、ベッドに追いやる。
観念して腰掛けた蓮は、俺をじっと見上げて言った。
「あのさあ、弓弦。一緒に寝てくんない?」
「え?」
「さっき弓弦が横にいてくれたら、おさまった」
「電気つけたからじゃないの?」
俺のことは気にせず寝たらいい、と言おうとしたら、ちょんちょんと手招きされた。
横に腰掛けると、突然ぎゅうっと抱きしめられた。
「ちょっ、蓮?」
びっくりしてちょっとよけようとしたけど、蓮の力は強かった。
俺の首筋に顔を埋めたまま、低い声でつぶやく。
「死んだと思って、一緒に寝てよ。弓弦のことこうしてたら眠れる気がする。抱き枕みたいな」
無茶苦茶な話だけど、実際背中をさすっていたらおさまったにはおさまったから、横にいればすぐにさすってやれるかという気もした。
「分かった。いいよ」
「ごめん、ありがとう」
ふたりで布団にもぐる。すぐに、ぎゅうっと抱きしめてきた。
「弓弦、ほっそいな」
「元々小柄だし、ロクに飯食べてなかったからね」
「咳き込んだ拍子に首の骨折ったらごめんな」
へへへと笑う程度の余裕は戻ったらしい。
「じゃ、今度こそおやすみ」
「苦しかったら遠慮なく起こしていいから」
「うん」
腕枕のようにしてそのまま頭を抱え込まれると、自然と、蓮の胸に顔を埋める形になった。
「あったか……」
雪が降るほど寒い夜。
なのに、さっきひとりで寝ていたのと同じ布団だとは思えないくらいあたたかい。
ふわっとした思考のままつい背中に手を回してしまったけど、さすりやすいかと思って、そのままにした。
30分ほど、静かに様子を見守っていた。
蓮が咳き込む様子はなく、うとうとしているようで、安心する。
――死ぬくらいならオレと遊ぼう。
あのときの蓮の表情を思い出す。
至極まじめな顔で、俺の目をのぞき込んでいた。
ひとり眠れない夜を過ごして、学校や友達とも離れて、無理してバイトして、それでも眠れなくて。
孤独だったんだろうなと思う。
でも蓮は、俺と違って、孤独に絶望していなかった。
同じビルの屋上で、飛行場を見て生きようとしていた蓮と、飛び降りようとしていた俺。
少し自分が恥ずかしい。
「ん……」
蓮が小さく声を漏らす。
また咳をするかな、と思ったけど、大丈夫だった。
そっと壁の時計を盗み見ると、時刻は4:00すぎ。
5時間後には、俺のスマホに鬼のように電話がかかってくるだろう。
電源を切っておけばよかったな、と思った。
会社からガンガン。それから、会社から連絡を受けた家族からガンガン。
大の男が捜索願いを出されるのだろうか。情けないったらありゃしない。
こんな恐怖は死んでおけば味わうことはなかった……と思うけど、いまこうして惨めったらしく蓮にしがみついてしまっているのだから、どのみち俺は死ぬことなんてできなかったかも知れない。
蓮が一緒に寝ようと言ってくれてよかった。
朝が来るのが怖い。
背中に回した手は、蓮の咳を止めるため。
というのは建前で、本当は、ただ怖いだけだ。
寝息を立てる蓮の呼吸を感じながら、もしかしたら昼くらいまで寝るかも知れないと思った。
俺の電話で起こしてしまったら申し訳ない。
頭の上にあるはずのスマホに手を伸ばそうとして身じろぎをしたら、蓮がぎゅっと抱きしめてきた。
起こしてしまっただろうか。
目線だけでそっと様子を見ると、静かに目を閉じていた。
綺麗な顔だな、と思う。
鼻は高いし目は切れ長で、なんとなく色気もある。
いまだに高校生に間違われる子供っぽい俺の顔とは違う。
スマホはあきらめて再び蓮の胸に顔を埋めると、蓮が、ささやくくらいの小声で俺の名前を呼んだ。
「ゆづる」
「ん? 起こした? ごめん」
顔を見ようとしたら、抱きしめられた。でもそれっきりで、何も言ってこない。
ふうとため息をついて、背中に手を回した。
もう1度呼ばれる。
「弓弦」
寝言かと思ってそのままスルーしようとしたら、頭をするっとなでられた。
「あした遊ぶのさ、弓弦のスマホ折るのと川に投げんの、どっちがいい?」
「解約して売る」
「楽しそう」
また頭をなでる。
「あのさ。キスしていい?」
「え?」
「キス。ダメ?」
あまりに唐突で、目を見開いてしまう。
「……そういうつもりで誘ったの? 元々、そういう感じの趣味で?」
「そんなわけないだろ」
蓮は腕を解いて、少し体を離した。
表情を見ると、遊ぼうと誘ったときのように、まじめな顔をしている。
「弓弦さ、朝になったら絶対『やっぱ死んどけばよかった』ってなると思う」
「かもね」
「いまキスしたら、仁井田さんは死んだって実感すると思うよ」
「なんだそれ」
蓮は、ゆるっとこちらに目を合わせる。
「仁井田さんは、まじめすぎたんだ。だから、そんな無茶苦茶やられても仕事が辞めらんなかったんだろ? でも、まじめな仁井田さんはきのうで死んだ。いま弓弦は、仁井田さんとは別人格の、新しい弓弦。新しい弓弦は、仁井田さんがしなさそうなことを平気でする」
「めちゃくちゃな理論だな」
蓮は目を細めて笑った。
「いま考えうる、最もくだらなくて最も普通のひとがやらなそうなことを考えた」
「ほんとくだらない」
「だからキスしていい?」
「あー……」
思わず目をそらしてしまった。
たぶん蓮は、察したのだと思う。また頭をなでられた。
「もしかして、キスしたことない?」
「うん」
「じゃあちょうどいいね。仁井田さんは誰ともキスしないまま死んだ」
ひじをついて半身を起こした蓮は、そのままの流れでキスしてきた。
くちびるに、ふにっとした感触。
ちゅ、とわざと音をたてて離した。
「死んだ? 仁井田さん」
「うん。死んだっぽい」
「じゃあ、朝が来ても平気?」
「誰かの電話が鳴ってるなくらいに思えそう」
蓮の顔を見たら、いまさらドキドキしてきて、泣きたくなった。
辛い以外の感情が湧き上がったのが久しぶりすぎて、どうしていいか分からない。
さっと顔を背けると、蓮は「なんだそれ」とつぶやいて頭をかいた。
「なんだよその可愛い反応……そんな顔されると思わなかった」
「うるさいなあ」
「でも、なんか落ち着くのな、これ」
またキスしてきた。何度も何度も角度を変えて、短いキス。
たまらなくなって、ぎゅっと目をつぶり、蓮のトレーナーの裾を握った。
「優しい気持ちになる感じがする」
ささやきながらも、キスは止まらない。
「んっ」
思わず背中を叩いたけど、弱々しくぽすんと当たるだけだった。
蓮は、ゆっくりと顔を離した。
「会社のひとから連絡来る前に、家から荷物持ち出したほうがいいよ。行方不明ってなったら、家入れなくなるかも」
急に現実的なことを言われて、キョトンとする。
「家どこ?」
「え……あ、ひばり台」
「1駅か。早く行こ」
「服、なんかその辺の着て」
電気をつけた蓮と目が合った。
自分でも分かるくらい、情けない顔をしていると思う。
「弓弦、あのなあ。そういうとこだよ」
「なにが」
「……まあいいや。言いたいことは色々あるけど、とりあえず急ご」
適当に着たらものの見事にサイズが合わなくて、笑われた。
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