デッドフラワーズ

narieline

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 僕は結局、不機嫌なお母さんに叱られて、家から締め出された。昨日の夜飼っていた犬のマリーが心臓発作で亡くなった。僕は悲しくて、とても悲しくて、ご飯が食べられなかった。今晩のご飯はハンバーグで、それはお母さんが僕を可哀想に思って奮発した料理だった。僕の家は貧乏なので、肉が食卓に上がることは滅多にない。
 僕は食卓に上がったハンバーグの匂いを嗅いでマリーのことを思い出した。「どうぶつの肉」という共通点に思わずこみあげた。
 「さあ、元気だして。食べなさい」というお母さんの言う通り、ひとくち食べた。絡まったソースの味がしつこく舌に残った。あまり気が進まないままふたくち目を食べると、僕の頭の中でマリーの姿がよぎった。白い毛に黒縁の毛並み。たいして教えてもないのにお手、をすぐに覚えたマリー。僕はマリーを食べているような気がして、次の瞬間思わず吐いた。
 おかあさんはそれを見て「ちょっと!あんた何様の気だよ!」と言って僕の服の首元を引っつかんだ。ぶたれる、と目をぎゅっとつむるとお母さんは僕の頭を殴って、それから身体を引っ張って玄関まで連れ出した。口の中でまだマリーの味がした。
 お母さんは突き飛ばすように僕を外に出すと「少しは反省しなさい!お母さんあんたなんて知らないから!」と中から鍵を閉めた。
 「お母さん…」僕は胃液のあがった口の周りを袖で拭って呟いてもみるものの、外の寒さに少し震えた。11月の頃だったと思う。日はとうに暮れて月明かりが僕の皮膚を照らした。
 僕は納屋に行き、祖父のコレクションのお荷物の中から錆びた狩猟用のナイフを見つけた。それを小脇に抱え、裏庭のマリーのお墓に向かった。
 「マリー、寝てるの?ねぇ、マリー」呼びかけても反応はなかった。僕はナイフを地面に突き立て、マリーをひとめ見たいと墓を掘り起こした。
 ザッ、ザッ、と音を立て素手で土をひたすら掘った。円を書くように掘り下げると、マリーの後ろ足が見えた。僕は夢中になって掘り続けた。やがて背中が見え、前足が見え、顔が見えた。土にまみれてもなお、マリーの毛の白いところが月の明かりでぼんやり見えた。まるでまだ生きていて眠っているかのようだった。
 僕は穴の周りに身を置いて、寝そべりながらマリーの前足に触れた。もう息もしていないのに、暖かい気がした。しばらくその体勢を保っているうちに涙が出た。
 「マリー、僕も一緒だよ。置いていかないで。また遊ぼうよ」
 少年は寒さで震えながら、マリーの屍を見つめ続けた。そしてマリーに移入するごとに、どこからともなく怒りの感情が湧いてきた。少年は突き立てたナイフを手に取り胸のそばにお守りのように大事に抱えた。
 「マリーを傷つけたものを殺してやる。僕に触れる者はこのナイフで殺してやる」
 そう、そうして少年の中に「怒り」という感情が用意された導火線のように敷き詰められた。
 
 真夜中に近い頃、彼の母親はずいぶん疲れた顔でようやく佑斗を見つけた。すでに近所の住人も手助けして探し始めた時だった。
 「あんた、…もうバカね!お母さん心配したんだから、さぁうちに入りましょう、お風呂沸かしてあげるから」
 そういう母に佑斗はナイフをかざした。
 「なにやってんの!危ないじゃない、どこからそんなもの___」
 「さわるな」彼はナイフを下ろして母親に告げた。そしてスタスタと家の中に入った。
 マリーが教えてくれた。生きるものは必ず死ぬ。
そして生きる者はその事を忘れてはいけない。
 愛する者を奪われたら怒りをたずさえて取り戻さなくてはいけない。この世の中は不純でいっぱいだから、命をかけてでも守り抜かなきゃいけないことがあるのだ。

 「思い出した」俺が呟くと隣にいたシスター・レイが物憂げに聞き直した。「なーにがー?」
 「怒り、だよ」橋の欄干で2人は並んで腕を掛けて立っていた。川の匂いが、幼い頃河川敷で遊んでいた頃を思い出させた。マリーが亡くなった時に近かったから、思い出したまでの事だ。
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