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橘 金春

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「……とはいっても、正確に言えば、私は傍系であって、直系の子孫ではないのだがね」

 ――はあ、不老不死の霊薬を作った薬師に、その子孫だと?

 もし、話をしているのが桃実でなく他の誰かであったなら、与太話としてそれ以上聞く気さえ起らなかったに違いない。

 多忙を極めるS県警本部長の桃実が、真昼間から大真面目な顔でホラ話を吹いているとは到底思えない。

 十束は隣にいるユーコの姿をチラリと横目で見ながら思った。

 ユーコやヨミも常識では考えられないような存在ではあるが、彼女らは実際に目の前に存在し、人の及ばぬその力を十束は身をもって経験している。

 ――この娘らが存在していることを考えれば、不老不死の霊薬なんてものも……やっぱりどこかに存在しているのか?

 半信半疑ながらも、その存在を認めなければ話は進まない。

 十束は桃実の語る内容を一切の偏見なく信じてみようと思った。

 あれこれと逡巡している十束をよそに、ユーコは桃実の話にいたく興味をそそられたようだった。

「でも、何だって男は『人魚の肉』と『ときじくのかくのこのみ』の両方を食べちゃったわけ?』

 興奮したように手を上げると、矢継ぎ早に桃実に質問をしている。

「どっちを食べても不老不死になるのなら、どちらか片っぽだけでよくない?」

 もっとも、とでもいうようにユーコの言葉に桃実は頷いた。

「この二つはそれぞれ効果が異なるんだ。人魚の肉は肉体の驚異的な再生能力をもたらし、首を斬られた程度では死ななくなる。薬の方は飲むと『気』が身体に満たされ続け、枯れなくなる……不老の効果がある」

『気が枯れなくなる』という言葉に十束とユーコは顔を見合わせた。

 考えていることは一緒だった。

 気が枯れなくなるのなら、その薬さえあればヨミを助けられるのではないか?

「――ユーコ君の友達の事を考えているようだね」

 二人の考えを見透かしたように桃実が静かに言った。

「君の友達が抱える悩みが、男の仕業によるものなのかは現時点では不明だ。生きながらにして、人の生命力を吸いつくして己の命を長らえる……というその症状には前例がない」

 深く沈鬱なため息を吐いてから、桃実は続けた。

「しかし、彼女の抱えている苦しみは相当の物だろう。過去の被害者達もみな苦しんでいた」

 苦しみ……。

 いつも明るい笑顔を浮かべているヨミの裏の顔……。

 ヨミの顔を思い浮かべただけで十束の胸はギュッと絞られたように痛んだ。

「ある人は己が醜い化け物となったと嘆き悲しんだ。またある人は他人を襲ってまで存在を長らえさせる罪の意識に押しつぶされた。……やがて彼女等はわざと人に退治されたり、生命を吸わなくなり自ら消滅した」

「そんな……。その人たち、何も悪いことをしたわけじゃないんでしょ……?」

「その通りだ。すべては我々の一族が薬を作り上げたこと……男に不老不死の力を与えてしまったことが原因だ」

 カタリ、とかすかな音を立てて桃実が立ち上がった。

「今日、君たちと会ってこのことを話したのは協力を頼むためだ」

 デスクを離れると、桃実は二人の前に歩み寄り、交互に十束とユーコの顔を見た。

「協力って……一体、俺達何をすれば……?」

「我々の一族の悲願は男の凶行を止めることだ。そして、被害者を救うこと……それには、男の手がかりを得ることが何よりも必要だ」

「男の手がかり……っていわれても」

「ユーコ君には、男に関する記憶を少しでも鮮明に思い出せないか、試みてほしい。……君には辛いことだろうが」

 そういう桃実の表情を見て、十束ははっと息をのんだ。

 常に沈着冷静。動揺を顔に出さない桃実が、眉を顰め、苦し気な表情を浮かべている。

「そして、君の友達にも話を聞きたい。ぜひ、会わせてくれないか?」

「話してはみるわ。彼女がいいって言えばだけど」

「それで構わないよ。無理強いはしたくない」

 ほんの一瞬で桃実の表情は冷静さを取り戻していた。

「良い返事を期待しているよ」
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