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「……あ! お帰りなさい!」
「ただいま、ヨミちゃん」
十束の部屋の玄関先でエプロン姿のヨミがニッコリと笑って二人を出迎えた。
今回は事前に連絡があったので彼女が部屋にいても驚くこともない。
「あの、本部長さんとの話し合いはどうでした?」
心配そうに尋ねるヨミに十束は笑ってみせた。
「……ああ、なかなかに有意義な話し合いができたよ」
「本当ですか! じゃあ……」
「おっと、詳しくは夕食を食べてからでいいかな? 申し訳ないんだが、本部長との面談に緊張して昼飯が喉を通らなくて……」
ぐぅぅ、といった傍から実にタイミングよく腹の虫が鳴きだした。
「あはは、十束さんたら……!」
ヨミはクスクスと笑うと、さきに手洗いうがいを済ませるように言い残して台所へと戻っていった。
「うん、わかった、わかった」
後姿を笑顔で見送った後、言われたとおりに手洗いうがいを済ませると、鼻歌交じりに着替えのために寝室に入る。
扉の鍵を閉め、ドアに背を向けた途端、十束の表情が険しくなった。
――どうすればいいんだ?
フウウウ、と長くため息を吐くとドアに背中を預けたまま十束はその場に崩れ落ちた。
昼間の桃実との会話が頭の中をぐるぐると回っている。
あれは、何とも言えない……あまりにも荒唐無稽な話だった。
桃実が語ったところによると『殺された女性が動く死人として蘇る事例』は数百年前から存在するのだという。
今までに確認されているのは、ユーコのように肉体が消失した幽霊、肉体の一部……例えば骨のみが残っているケースなどいろいろなタイプがあるらしい。
ユーコとの共通点は他人から生命力を吸収して存在を保とうとしていた、ということ。
もしかすると現代に伝わる人を襲う妖怪のモデルになった例もあるかもしれない。
さらに、彼女たちにはもう一つの共通点があった。
それは、その女性たちは『同じ男』によって殺されたということだった。
「ちょっと待ってよ!」
それまで黙って桃実の話を聞いていたユーコが声を上げた。
「確かに私は殺されたけど……数百年も生きる人間なんてあり得ないでしょ。『同じ男』であるはずがないわ」
「ふむ。確かに現代ですら男性の寿命は80年ほど……昔は、もっと短かった。だが……」
怪訝な顔をしている十束とユーコを交互に眺めてから桃実は切り出した。
「不老不死の霊薬というものを知っているかい?」
「不老不死……霊薬?」
「そうだ。食べたり飲んだりするだけで老いや死から逃れる薬や食物のことだ。日本で有名なものだと『人魚の肉』、古代の神話では『ときじくのかくのこのみ』という果実がそれにあたる」
昔語りをする老人のように、桃実はつらつらと流れるように摩訶不思議な話を語っていく。
「古今東西、昔話や神話にも当たり前に登場している。人類共通の夢なのだろうな。しかし、今、私が話しているのは単なる昔話ではない」
「じゃあ、本当にあったことだっていうんですか? 人魚も……何とかの実も」
十束の問いに、桃実はこっくりと頷いて見せた。
「そうだ。『人魚の肉』を食し、『ときじくのかくのこのみ』から作られた薬を飲んで不老不死になった男が、いた」
「その、ときじくの……このみ? っていうのは何なの?」
「『ときじくのかくのこのみ』または『ときじくのかぐのこのみ』とは、古事記や日本書紀に記述がある常世の国の植物だね。本来は大和橘の事を言うのだが、男が飲んだ薬に使用されたのは橘によく似た植物だったらしい」
「確認」
流れを遮るようにユーコがすっと片手を上げて桃実を制した。
「……桃実さんはどうしてこんなこと知ってるの?」
瞬きもせず自分を見つめるユーコの真剣な眼差しを受け、桃実はしばらくの間沈黙していた。
「私がその薬をつくりだしてしまった薬師の子孫だからだ」
「ただいま、ヨミちゃん」
十束の部屋の玄関先でエプロン姿のヨミがニッコリと笑って二人を出迎えた。
今回は事前に連絡があったので彼女が部屋にいても驚くこともない。
「あの、本部長さんとの話し合いはどうでした?」
心配そうに尋ねるヨミに十束は笑ってみせた。
「……ああ、なかなかに有意義な話し合いができたよ」
「本当ですか! じゃあ……」
「おっと、詳しくは夕食を食べてからでいいかな? 申し訳ないんだが、本部長との面談に緊張して昼飯が喉を通らなくて……」
ぐぅぅ、といった傍から実にタイミングよく腹の虫が鳴きだした。
「あはは、十束さんたら……!」
ヨミはクスクスと笑うと、さきに手洗いうがいを済ませるように言い残して台所へと戻っていった。
「うん、わかった、わかった」
後姿を笑顔で見送った後、言われたとおりに手洗いうがいを済ませると、鼻歌交じりに着替えのために寝室に入る。
扉の鍵を閉め、ドアに背を向けた途端、十束の表情が険しくなった。
――どうすればいいんだ?
フウウウ、と長くため息を吐くとドアに背中を預けたまま十束はその場に崩れ落ちた。
昼間の桃実との会話が頭の中をぐるぐると回っている。
あれは、何とも言えない……あまりにも荒唐無稽な話だった。
桃実が語ったところによると『殺された女性が動く死人として蘇る事例』は数百年前から存在するのだという。
今までに確認されているのは、ユーコのように肉体が消失した幽霊、肉体の一部……例えば骨のみが残っているケースなどいろいろなタイプがあるらしい。
ユーコとの共通点は他人から生命力を吸収して存在を保とうとしていた、ということ。
もしかすると現代に伝わる人を襲う妖怪のモデルになった例もあるかもしれない。
さらに、彼女たちにはもう一つの共通点があった。
それは、その女性たちは『同じ男』によって殺されたということだった。
「ちょっと待ってよ!」
それまで黙って桃実の話を聞いていたユーコが声を上げた。
「確かに私は殺されたけど……数百年も生きる人間なんてあり得ないでしょ。『同じ男』であるはずがないわ」
「ふむ。確かに現代ですら男性の寿命は80年ほど……昔は、もっと短かった。だが……」
怪訝な顔をしている十束とユーコを交互に眺めてから桃実は切り出した。
「不老不死の霊薬というものを知っているかい?」
「不老不死……霊薬?」
「そうだ。食べたり飲んだりするだけで老いや死から逃れる薬や食物のことだ。日本で有名なものだと『人魚の肉』、古代の神話では『ときじくのかくのこのみ』という果実がそれにあたる」
昔語りをする老人のように、桃実はつらつらと流れるように摩訶不思議な話を語っていく。
「古今東西、昔話や神話にも当たり前に登場している。人類共通の夢なのだろうな。しかし、今、私が話しているのは単なる昔話ではない」
「じゃあ、本当にあったことだっていうんですか? 人魚も……何とかの実も」
十束の問いに、桃実はこっくりと頷いて見せた。
「そうだ。『人魚の肉』を食し、『ときじくのかくのこのみ』から作られた薬を飲んで不老不死になった男が、いた」
「その、ときじくの……このみ? っていうのは何なの?」
「『ときじくのかくのこのみ』または『ときじくのかぐのこのみ』とは、古事記や日本書紀に記述がある常世の国の植物だね。本来は大和橘の事を言うのだが、男が飲んだ薬に使用されたのは橘によく似た植物だったらしい」
「確認」
流れを遮るようにユーコがすっと片手を上げて桃実を制した。
「……桃実さんはどうしてこんなこと知ってるの?」
瞬きもせず自分を見つめるユーコの真剣な眼差しを受け、桃実はしばらくの間沈黙していた。
「私がその薬をつくりだしてしまった薬師の子孫だからだ」
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