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橘 金春

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「その事情とやらは、もしや『けがれ』のことかな?」

「けがれ……?」

 あまり聞きなれない単語に戸惑った十束は、隣に座っているユーコに視線を向けた。

 ユーコも心当たりがないようでキョトンとした顔で十束を見返している。

 桃実は机の上のメモパッドを引き寄せると、上質そうな万年筆をサラサラと走らせて何事かを書き込んだ。

 ゆっくりと万年筆のキャップを閉めると、メモを印籠のように持ち上げて二人に示す。

「『気枯れ』……気が枯れる、と書くんだ。ここで言う『気』とは生きる力、生命力といったモノのことなのだが、それが枯れてしまう状態は、いわば……」

「……生命力の枯渇、死に近くなるということでしょうか」

 ユーコから聞いた話を思い返しながら、十束が思わずつぶやいた言葉に、桃実は静かに頷いた。

「その通りだ。そして、すぐにその考えに至れたということは、やはりそのお嬢さんは気を……生命力を奪って存在している状態にあるのか……」

 沈鬱な表情で桃実は俯くと、眼前で組んだ手で軽く目元を抑えて黙り込んでしまった。

 いつも背筋を伸ばして凛としている桃実が肩を落としているところなど十束は今までに見たことがなかった。

「あの、桃実……さん」

 戸惑いながらも、ユーコが桃実におずおずと声をかけた。

「あなたは、私達が抱えた問題の原因を知ってるの?」

「……ああ、知っているとも」

 あまりにもあっさりした桃実の回答にユーコは目を瞠った。

「私が知っていることは全て、君達に教えよう。だが、交換条件として、いくつか確認したいことがある」

 顔を上げ、ユーコをまっすぐに見つめながら、桃実はハッキリとそう言った。

「確認……?」

 ユーコの瞳が不安げに揺らいだ。

 桃実はすでに事件の犯人がユーコだと知っている。

 しかし、事件に関する質問に正直に答えるには、当然ヨミのことも話さなければならない。

 彼女たちが抱えているのは、今日初めて話したばかりの相手に容易く話せるような秘密ではない……。

 思いつめた表情で俯いたユーコの頭に、ぽん、と大きな手が乗せられた。

「刑事さん……?」

「大丈夫だ。……頼りないかもしれないけど、俺がフォローするから」

 桃実の人となりやこれまでの実績を考えても、手柄目当てに少女たちに不利になるような判断は決してしないはずだ。

 それでもなお、二人とって不利な状況に陥ってしまったら……その時は。

『俺が、何とかする』

 自信に満ちた表情で、十束はユーコに頷いて見せた。

 十束に向かってほんの少し表情をやわらげた後、ユーコは正面の桃実へ視線を据えた。

 いつもの調子を取り戻したように、背筋を伸ばすと胸の前で腕を組み、挑発的に足を組んで見せる。

「答え辛い場合は『はい』か『いいえ』、もしくはパスしても構わないかしら?」

 ――オイオイ、そうきたか。

 桃実のような地位も名誉もある大人に対してはかなり無礼な振る舞いだったが、居丈高な態度も彼女なりの強がりなのだと、十束は理解できるようになっていた。

 一方の桃実はユーコの態度を不愉快に思っている様子もなく、穏やかな表情を浮かべている。

「それで一向に構わないよ。私はできれば、君たちの力になりたいと思っているのだから」
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