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橘 金春

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「えっ……」

 呆気にとられている十束とユーコの前で、ヨミはポケットからさっとスマホを取り出した。

 素早く指を動かして操作した後、ヨミは「あった」と呟き、テーブルにスマホを置いて表示した画面を二人に見せた。

 画面に表示されているのは若者向けのSNSのオープンチャットサイトだった。

『生首事件について語ろう!』と題されたものをはじめ、一連の事件の関連スレッドがいくつも並んでいる。

「うっわ、なにこれ」

 ユーコが目を丸くして画面を覗き込んだ。

「私、前からネットで事件の情報を集めてて……」

「ああ、そういえば前にもそんなこと言ってたな」

 以前、夾竹の事件で公園で会った時にヨミがネットの情報を見せてくれたことを十束は思い出していた。

「もしも正体が誰かにバレていたら……って、不安だったから」

 確かに最近は新聞やテレビより早く、こういった場所で情報が拡散するケースもままある。

 ある意味、自衛のために情報を集めていたのか……と十束は納得した。

「この中の……あった、これです」

 ズラリとならんだスレッドの中、『首狩り様にお願い!』と題された一つをヨミがポンとタップした。

 スレッドの主旨は、生首事件の犯人を『首狩り様』とあだ名して、次に殺してほしい人物を書き込む場というもののようだった。

 書き込まれている名前は、学校の同級生、会社の同僚、アニメのキャラクター……。

 イニシャルから本名まで、多数の名前と共にその人物への恨み言がつづられていた。

 “コイツマジうぜーwww首狩り様オネシャス”

 “あいつがいる限り私は幸せになれない、どうかお願いします”

 冗談半分のものから本気で恨みつらみを書き連ねたものまで、投稿内容は様々だ。

「うわぁ……。今時はこんなものまであるのかぁ」

 画面をスクロールする度に途切れなく続く悪口雑言の数々に十束はげんなりとした表情を浮かべた。

「ここからの書き込みなんですけど」

 スレッドの三分の二あたりまでスクロールしたヨミが書き込みの一つを指さした。

『夾竹 亮、コイツを殺してください』

 コメントの日付を見ると、二件目の生首事件発生の直後に書き込まれたらしい。

 夾竹が関わった犯罪が箇条書きにされており、最後は『こんなクズ、生きてる価値なんてない』と締めくくられていた。

「見たことのない名字だから記憶に残ってて……あと、返信も沢山ついてたので気になって」

 ほとんどの『お願い』がスルーされている中、夾竹殺害の『お願い』には数件の同意コメントがついていた。

 それらのコメントに返信する形でさらに書き込みが続いている。

 その中でも名前欄に”S”とだけ記載したある人物の書き込みが、さらなる波紋を呼び起こしているのが分かる。

 ”じゃあ、殺せばいいじゃん”

 さも当たり前のように発言した”S”のコメントは当然ながら集中砲火を浴びた。

 ”は?”

 ”何コイツ”

 ”日本の法律、知らないの?”

 批判コメントをものともせず、”S”はさらに煽るようなコメントを返信している。

 ”皆、度胸がないだけ”

 ”人を殺すのなんか怖くない、むしろ殺してみたい”

 ”同じように人を殺してみたい奴はたくさんいるはず、表立って言わないのは捕まるのが嫌だからだ”

 ”悪人を殺して何が悪い? ゴミ掃除と変わらないだろ”

 ”S”の言動に対する批判とそれに対する応酬で掲示板はどんどん荒れていく。

 不快な内容に十束は無意識に顔を顰めていた。

「見てほしいのは、ここなんです」

 スレッドの最後近くで”S”が書き込みにURLリンクを貼っている。

 ”バレるのが怖いなら、バレない方法で殺せばいいだけ。興味あるならココ見れば”

「私は気持ち悪くて見なかったんですけど」

 その下の書き込みをみると、リンクを踏むとどうやら別のページに飛ばされてさらに別のURLで誘導されるらしい。

 確認のため、URLにアクセスしてみても、すでにリンクが切られているらしく“ページが見つかりません”と表示されているだけだった。

「……そっか、こうやって『共犯者』を集めたのか」

 ユーコがぼそりと呟いた。

「記憶の中で犯人達を見た時、違和感があったのよね……何かよそよそしいというか、お互いに無関心な感じがしてさ」

 共犯者たちはSNS上でつながり、リアルな接点を持たなかった……。

 連絡や打ち合わせなどは機密性の高いSNSアプリを使えばどうとでもなる。

 お互いの本当の顔も名前も分からないから、仲間が裏切り通報するなどという心配もない。

「これは……ヨミ、スゴイお手柄じゃないの!」

「消されたURLも……警察だったら調べられたりしますよね?」

「うッ……っと言っても、なぁ……」

 期待の眼差しで見つめられて、十束は一瞬たじろいだ。

 そもそも、犯人が複数犯だと分かったのは幽霊であるユーコの協力があってこそだ。

 さらに、掲示板を見つけたのは他の生首事件の実行犯であるヨミ。

 警察の協力を仰ぐには、事情を説明する必要があり……つまりはこの二人のことを打ち明ける必要がある。

 年端も行かない少女のオカルトじみた話に真剣に耳を貸すような人物は全く思い当たらない。

 大体、証言が受け入れられたところで、二人がどうなってしまうのか……それについても全く見当がつかない。

「ん――ッ。駄目だ、何も思いつかない……」

 右手で後頭部をくしゃくしゃと掻きまわしてから十束は声を上げて呻いた。

「ん? もしかして刑事さんってば、警察に説明し辛いって悩んでるの?」

「それは、そうだろ。こんな話、頭から信じる奴なんて、心当たりが……」

 苦悶の表情を浮かべた十束とは対照的にユーコは軽い微笑みを口元に浮かべている。

「あの桃実って本部長さんに、相談すればいいじゃない」

「はぁ……? 何でいきなり、本部長の名前が出てくるんだ」

 いかめしい顔つきで捜査会議に座っていた桃実警視監の顔を思い浮かべる。

 ――いやぁ、どう考えたって無理だろう……。

 文武両道、品行方正、謹厳実直の上、エリートの中のエリートだ。とてもこんな怪しげな話につきあってくれるとは思えない。

「何なの、刑事さん。反対なの?」

 いかにも乗り気でない十束の態度に、ユーコは少々ムッとしたようだった。

「相手は警視監だぞ、お偉いさんだ。幽霊だとか生命エネルギーだとかそんなこと説明しても分かってもらえるはずがないだろう」

「あら、大丈夫よ」

 どこからそんな自信が出てくるのか、ユーコは腕組みをして大きく頷いた。

「だって、あの人、私の事が視えてるんだもん」
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