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「証言と捜査内容が異なる場合……?」
忙しく動かしていた箸を止めた十束は、ユーコの発言についてしばし考えを巡らせようと宙を仰いだ。
「あのッ……!」
十束の視線の先、ヨミが白い手をぴっと上げた。何た言いたげな表情だ。
「あら、ヨミどうしたの?」
「えっと……。私も一緒に推理したい。……けど情報がありません」
「ああ、そうか……」
今朝、榊から聞いた捜査状況をヨミは知らないのだろう。
「そういえば、まだヨミに何も言ってなかったわね」
思い出したようにユーコはそう呟くと、十束の方にくるりと向き直って悪戯っぽく笑った。
「目の前で捜査情報を漏洩させちゃうわけだけど、いいのかしら? 刑事さん的には」
警察署への侵入を手伝わせておいて、今更何を……と思いながら視線を漂わせると、こちらをじっと見ているヨミと目が合った。
十束を困らせていることに対して多少の罪悪感を感じているのだろう。ハの字に眉を寄せ、丸い瞳が少し潤んでいた。
「……ヨミちゃんも大事な協力者だ。情報は共有すべきだろう」
三人寄れば何とやら。二人の協力を仰げるならそれに越したことはないと思ってのことだった。
「そうね、そうこなくちゃ。私がヨミに説明しておくから、十束さんはその間にちゃっちゃとご飯を食べておいてね」
満足そう頷いたユーコがヨミの隣に移動して今朝の榊の話をかいつまんで聞かせている。
二人の会話を小耳にはさみながら、十束はヨミの手製の料理に舌鼓をうった。
こうして和やかにテーブルを囲んでいると、二人が三人もの男たちを葬った殺人犯だということをふと忘れそうになる。
親し気に肩を寄せ合って話している二人はどう見てもごく普通の少女にしか見えなかった。
二人の協力を得て夾竹の事件を解決して――その後は?
人から生命エネルギーを奪わなければ生き永らえないヨミに、幽霊のユーコ。
犯人として名乗りを上げたとして二人を裁くことなんてできるのか?
生命エネルギーだの、幽霊だの一体誰がまともに取り合ってくれるだろうか……。
一人、物思いに耽っていた十束の前に湯呑に入ったお茶が置かれた。
「どうぞ、熱いですから気をつけて」
いつの間にかヨミがお茶を淹れて来てくれたらしい。
ほうじ茶の香ばしい香りが立ち上る湯呑にそっと手をかざすと、指先が温まっていくのを感じた。
「ありがとう。ヨミちゃん」
「さて、あらかた説明は終えたし……。ここからは夾竹の霊に『聞いた』内容を報告するわね」
ユーコが立ち上がりふわりと宙を舞った。
「ここへ来る前、警察の捜査記録も漁って見たんだけど、今のところ犯人は一人……単独犯だと考えられているの。実際、防犯カメラに写っていた人物は一人だったしね」
「ああ、その通りだ」
「ところがね……夾竹によれば予想以上に多くの人間が事件に関わっているらしいのよ」
ユーコが夾竹の霊に『聞いた』……というよりは、思考を『読み取った』結果、得た情報では少なくとも五人以上の人間が犯行に関与しているのだという。
その日、夾竹はS検視内で違法薬物の受け渡しのために客と待ち合わせをしていた。
現れた客は、三十代くらいのおどおどとした中肉中背の、見るからに気が弱そうな男だった。
『く、薬は、初めてで……』
人もまばらな平日午後のショッピングセンターのフードコートで、神経質に周囲を見回しながらぼそぼそと小声で話す男を夾竹は最初から馬鹿にしていた。
首尾よく取引を終えて、地下駐車場まで下りて車のキーを取り出した瞬間、体に電気が走ったような衝撃を受けてそのまま気を失った。
目が覚めたときには、見たこともない薄汚い小屋の中で手足を縛られ、転がされていたのだという。
小屋の中には二十代前半くらいの若い男が一人だけいた。
縄を外すように脅してみたが、その男はまったく意に介することなく薄笑いを浮かべながら夾竹に言った。
『ここ、山の中だから。叫んでも無駄』
その直後、男はゆらりと立ち上がると後ろ手に隠していた細身のナイフを夾竹の右足の腿に深々と突き立てた。
『ん――、何か……思ってたのとちがうなぁ』
わけが分からず、冷や汗を流し固まっていた夾竹を不満げに見つめながら、男はぐじゅりと音を立てて引き抜いた。
刃が傷口をかき回し、ズボンに浮き出た赤い鮮血がじわじわとその範囲を広げていく。
『うえあああああッ……!?』
ナイフを引き抜かれた痛みにのけ反り、呻いた夾竹を見て、男が乾いた笑いを立てた。
『あ、今のは面白かったかも。でも、ナイフじゃ無理かぁ』
『……お前ッ……何のつもりだ。頼むからこんなことは……』
痛みに身をよじり、口の端からよだれを垂らしながら哀願する夾竹に背を向けて、男は部屋の隅に置いてある木箱をごそごそと漁っている。
『うわ、こんなのまである。どうせ使い捨てるのに『まどさん』すげぇ!』
くるりとこちらを振り返った男の手には左手に小型チェーンソー、右手に斧が握られていた。
『バラすのにどれが楽なんだろ……あんた、知ってる?』
夾竹にゆっくりと歩み寄ってくる男の目は笑っていなかった。
手足を縛られた夾竹は抵抗も出来ず、男になぶり殺された。
「少なくとも二人以上の人間が関係しているってことか?」
「そうね。でも、不可解なのはこの後、夾竹が殺されて霊魂の状態で首に憑いていた時に目撃した情報よ」
夾竹を殺害した男は、死体の首だけをリュックに入れて殺害現場から車で移動した。
しばらく走った後、夾竹の首が置き去りにされたのは山の中だった。
そのまま打ち捨てられるのかと思いきや、十分もしないうちに別の車が現れ、帽子にマスク姿の男が下りると、迷うことなく夾竹の首が入ったリュックを拾い上げ、車で運んだ。
山から下り、どこかの河川敷までやってくると、男は車を停車させてまたもやリュックを置き去りにして去った。
示し合わせたように車が去った直後、背の高い痩せた男がリュックを拾い上げた。
最後に河川敷でリュックを拾った男は、ユーコの見立てによると防犯カメラに写っていた容疑者に間違いないという。
「え……つまり……取引現場の男、山小屋の若い男、リュックを車で運んだ男、U公園に首を置いた男……四人もの人間が協力して夾竹を殺し、生首を運んだってことか?」
右手の指を一つずつ折りながら、十束はユーコに確認した。
「もし、『まどさん』っていうのが別の人物なら、五人」
「証拠隠滅のためにわざわざ複数犯で犯行を行ったってか? それにしたって、その五人の繋がりが見えてこないんだが……」
防犯カメラの男を特定し、逮捕したとしてもそいつは殺人の実行犯ではない。
犯人たちが互いに連携していることは疑いの余地がないものの、それをどうやって証明するのか……。
「はい!」
頭を抱えた十束の横で、ヨミがピシっと手を上げた。
その顔はなぜが確信に満ちている。
「私……犯人たちの『繋がり』については心当たりがあります」
忙しく動かしていた箸を止めた十束は、ユーコの発言についてしばし考えを巡らせようと宙を仰いだ。
「あのッ……!」
十束の視線の先、ヨミが白い手をぴっと上げた。何た言いたげな表情だ。
「あら、ヨミどうしたの?」
「えっと……。私も一緒に推理したい。……けど情報がありません」
「ああ、そうか……」
今朝、榊から聞いた捜査状況をヨミは知らないのだろう。
「そういえば、まだヨミに何も言ってなかったわね」
思い出したようにユーコはそう呟くと、十束の方にくるりと向き直って悪戯っぽく笑った。
「目の前で捜査情報を漏洩させちゃうわけだけど、いいのかしら? 刑事さん的には」
警察署への侵入を手伝わせておいて、今更何を……と思いながら視線を漂わせると、こちらをじっと見ているヨミと目が合った。
十束を困らせていることに対して多少の罪悪感を感じているのだろう。ハの字に眉を寄せ、丸い瞳が少し潤んでいた。
「……ヨミちゃんも大事な協力者だ。情報は共有すべきだろう」
三人寄れば何とやら。二人の協力を仰げるならそれに越したことはないと思ってのことだった。
「そうね、そうこなくちゃ。私がヨミに説明しておくから、十束さんはその間にちゃっちゃとご飯を食べておいてね」
満足そう頷いたユーコがヨミの隣に移動して今朝の榊の話をかいつまんで聞かせている。
二人の会話を小耳にはさみながら、十束はヨミの手製の料理に舌鼓をうった。
こうして和やかにテーブルを囲んでいると、二人が三人もの男たちを葬った殺人犯だということをふと忘れそうになる。
親し気に肩を寄せ合って話している二人はどう見てもごく普通の少女にしか見えなかった。
二人の協力を得て夾竹の事件を解決して――その後は?
人から生命エネルギーを奪わなければ生き永らえないヨミに、幽霊のユーコ。
犯人として名乗りを上げたとして二人を裁くことなんてできるのか?
生命エネルギーだの、幽霊だの一体誰がまともに取り合ってくれるだろうか……。
一人、物思いに耽っていた十束の前に湯呑に入ったお茶が置かれた。
「どうぞ、熱いですから気をつけて」
いつの間にかヨミがお茶を淹れて来てくれたらしい。
ほうじ茶の香ばしい香りが立ち上る湯呑にそっと手をかざすと、指先が温まっていくのを感じた。
「ありがとう。ヨミちゃん」
「さて、あらかた説明は終えたし……。ここからは夾竹の霊に『聞いた』内容を報告するわね」
ユーコが立ち上がりふわりと宙を舞った。
「ここへ来る前、警察の捜査記録も漁って見たんだけど、今のところ犯人は一人……単独犯だと考えられているの。実際、防犯カメラに写っていた人物は一人だったしね」
「ああ、その通りだ」
「ところがね……夾竹によれば予想以上に多くの人間が事件に関わっているらしいのよ」
ユーコが夾竹の霊に『聞いた』……というよりは、思考を『読み取った』結果、得た情報では少なくとも五人以上の人間が犯行に関与しているのだという。
その日、夾竹はS検視内で違法薬物の受け渡しのために客と待ち合わせをしていた。
現れた客は、三十代くらいのおどおどとした中肉中背の、見るからに気が弱そうな男だった。
『く、薬は、初めてで……』
人もまばらな平日午後のショッピングセンターのフードコートで、神経質に周囲を見回しながらぼそぼそと小声で話す男を夾竹は最初から馬鹿にしていた。
首尾よく取引を終えて、地下駐車場まで下りて車のキーを取り出した瞬間、体に電気が走ったような衝撃を受けてそのまま気を失った。
目が覚めたときには、見たこともない薄汚い小屋の中で手足を縛られ、転がされていたのだという。
小屋の中には二十代前半くらいの若い男が一人だけいた。
縄を外すように脅してみたが、その男はまったく意に介することなく薄笑いを浮かべながら夾竹に言った。
『ここ、山の中だから。叫んでも無駄』
その直後、男はゆらりと立ち上がると後ろ手に隠していた細身のナイフを夾竹の右足の腿に深々と突き立てた。
『ん――、何か……思ってたのとちがうなぁ』
わけが分からず、冷や汗を流し固まっていた夾竹を不満げに見つめながら、男はぐじゅりと音を立てて引き抜いた。
刃が傷口をかき回し、ズボンに浮き出た赤い鮮血がじわじわとその範囲を広げていく。
『うえあああああッ……!?』
ナイフを引き抜かれた痛みにのけ反り、呻いた夾竹を見て、男が乾いた笑いを立てた。
『あ、今のは面白かったかも。でも、ナイフじゃ無理かぁ』
『……お前ッ……何のつもりだ。頼むからこんなことは……』
痛みに身をよじり、口の端からよだれを垂らしながら哀願する夾竹に背を向けて、男は部屋の隅に置いてある木箱をごそごそと漁っている。
『うわ、こんなのまである。どうせ使い捨てるのに『まどさん』すげぇ!』
くるりとこちらを振り返った男の手には左手に小型チェーンソー、右手に斧が握られていた。
『バラすのにどれが楽なんだろ……あんた、知ってる?』
夾竹にゆっくりと歩み寄ってくる男の目は笑っていなかった。
手足を縛られた夾竹は抵抗も出来ず、男になぶり殺された。
「少なくとも二人以上の人間が関係しているってことか?」
「そうね。でも、不可解なのはこの後、夾竹が殺されて霊魂の状態で首に憑いていた時に目撃した情報よ」
夾竹を殺害した男は、死体の首だけをリュックに入れて殺害現場から車で移動した。
しばらく走った後、夾竹の首が置き去りにされたのは山の中だった。
そのまま打ち捨てられるのかと思いきや、十分もしないうちに別の車が現れ、帽子にマスク姿の男が下りると、迷うことなく夾竹の首が入ったリュックを拾い上げ、車で運んだ。
山から下り、どこかの河川敷までやってくると、男は車を停車させてまたもやリュックを置き去りにして去った。
示し合わせたように車が去った直後、背の高い痩せた男がリュックを拾い上げた。
最後に河川敷でリュックを拾った男は、ユーコの見立てによると防犯カメラに写っていた容疑者に間違いないという。
「え……つまり……取引現場の男、山小屋の若い男、リュックを車で運んだ男、U公園に首を置いた男……四人もの人間が協力して夾竹を殺し、生首を運んだってことか?」
右手の指を一つずつ折りながら、十束はユーコに確認した。
「もし、『まどさん』っていうのが別の人物なら、五人」
「証拠隠滅のためにわざわざ複数犯で犯行を行ったってか? それにしたって、その五人の繋がりが見えてこないんだが……」
防犯カメラの男を特定し、逮捕したとしてもそいつは殺人の実行犯ではない。
犯人たちが互いに連携していることは疑いの余地がないものの、それをどうやって証明するのか……。
「はい!」
頭を抱えた十束の横で、ヨミがピシっと手を上げた。
その顔はなぜが確信に満ちている。
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