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「刑事さんの家には結界なんてないから、楽に入れたわ」
すっかり寛いだ様子で居間に座っているユーコを見て十束は唖然として立ちすくんだ。
「それに、人間の法律でユーレイは裁けないでしょ?」
「ううッ……そうかもしれないが……」
ユーコの切り返しに十束が言い淀んでいるうちに、パタパタと足音がして台所からヨミが顔をのぞかせた。
「……あ、十束さん。おかえりなさい」
デニムのスカートに薄い萌黄色のセーターの袖をまくって、この前と同じエプロンを着けている。
「お仕事お疲れ様です。ごはん、できてますよ」
「ヨミちゃん、君もなのか……」
「え……?」
脱力してその場に崩れ落ちそうな十束を見つめて、ヨミが軽く首を傾げた。
澄まし顔のユーコと疲れ切った十束の顔を交互に眺めてからヨミは恐る恐るといった様子でユーコに尋ねた。
「ユーコちゃん、十束さんから家に上がる許可をもらったって、ユーコちゃん言ってたよね?」
「それ嘘よ」
「嘘ッ!? え、嘘なの!?」
「いや、騙した私も悪いけど、扉をすり抜けて鍵開けるの見たら怪しいって気づかない? 普通、合鍵とか預かるもんでしょ」
「……ああっ」
両手で顔を挟んでヨミは顔を赤くして十束の方を見た。
「……すみません。十束さん」
「ほら刑事さん今の見た? この子、可愛すぎマジ純粋やばたにえん」
「まず、ユーコは何しに来たのか目的を言ってくれ。あと、ヨミちゃんには謝っておけよ?」
「了解、りょーかい。……まあ、立ち話も何だし、そこに座ってよ」
ぽんぽん、とローテーブル脇の床を軽く叩き、自分の家のように指図をするユーコに、「ここ俺の家なんだけど」という言葉をグッと飲み込んで十束は腰を下ろした。
台所からヨミが作りたての料理を運んできてせっせとテーブルに並べ始める。
今日は洋風でまとめられた、タンシチューに野菜のピクルス、ネギのようなハーブが入ったアサツキのオムレツなどの料理はどれも女子高生が作ったとは思えないほどの出来栄えだった。
「今日もまた、美味そうだな……」
鼻先をくすぐる温かい料理の香りにごくりと生唾を飲みながら十束は呟いた。
「早い話が、これも罪滅ぼしの一つなのよ」
単なる遊びで十束の家に侵入したわけではなく、片腕が使えない今、日常生活や家事で不便を感じているであろう十束を助けるためにやったことなのだという。
「ヨミは元々家事が得意だし、当人も『十束さんの役に立てるなら』って乗り気だったわ」
「え、家事ってまさか……?」
部屋の中を見渡すと、確かに激務で雑然としていた部屋が整っているような気がする。
ゴミ箱に溜まっていたはずのごみは無くなり、床はホコリ一つ落ちていない。
洗濯カゴにあったはずのシャツや靴下が、きちんと畳まれて置いてあった。
「ごめんなさい、十束さん!」
ヨミが頭を下げると同時にぴょこんとツインテールが肩先で跳ねた。
「無断で家に上がった挙句、勝手なことまでして……」
「いや、別に悪気があったわけじゃないし……むしろ俺の方は助かっているし」
無断で家に上がられるのは困るが、自分のことを気遣ってこまごまと世話を焼いてくれたヨミには感謝こそすれ、怒る理由は全くない。
しょんぼりと肩を落としていたヨミが顔を上げて十束を見た。
「それに、この前の料理もすごく美味かったし……」
そう言った途端、示し合わせたかのように十束の腹が鳴った。
「ふふふ。刑事さん、お腹減ってるなら先にご飯を食べましょう。せっかくの料理が冷めたら勿体ないわ」
ユーコの提案に頷いてから十束はヨミに対して軽く頭を下げた。
「……そうだな。ヨミちゃん、ありがたくごちそうになるよ」
「はい! ……どうぞ。召し上がってください」
頬を赤らめたヨミが嬉しそうにコクンと頷いた。
生クリームが回しがけされたシチューはコクがあって肉もとろけるように柔らかく、絶品だ。
「ねぇ刑事さん、食べながらでいいから聞いてくれる?」
ちゃぶ台の上に頬杖をつき、貪るように料理を食べている十束を眺めていたユーコが口を開いた。
「例の夾竹の件だけど、うまく情報を引き出せたわ」
「おおッ! すごいじゃないか」
ユーコの目論見は成功したというわけだ。
さぞ得意げにその成果を話し出すのだろうと十束が期待していると、ユーコは苦笑いのような表情を浮かべて黙りこくっている。
「何か問題でもあったのか?」
「問題……もんだい、かぁ」
うーん、と腕を組み上体をのけぞらせてユーコは呻いた。
「ユーコちゃん、悩んでないで刑事さんに相談してみれば?」
「んー……そうね、私だけで考えても解決できるわけないし」
体を起こして、十束に向き直ると、ユーコは学校の生徒がするように片手をぴっと上げて切り出した。
「刑事さん、質問です。“被害者の証言”と“警察の捜査内容”が大きく異なった場合、どうしたらいいんでしょう」
すっかり寛いだ様子で居間に座っているユーコを見て十束は唖然として立ちすくんだ。
「それに、人間の法律でユーレイは裁けないでしょ?」
「ううッ……そうかもしれないが……」
ユーコの切り返しに十束が言い淀んでいるうちに、パタパタと足音がして台所からヨミが顔をのぞかせた。
「……あ、十束さん。おかえりなさい」
デニムのスカートに薄い萌黄色のセーターの袖をまくって、この前と同じエプロンを着けている。
「お仕事お疲れ様です。ごはん、できてますよ」
「ヨミちゃん、君もなのか……」
「え……?」
脱力してその場に崩れ落ちそうな十束を見つめて、ヨミが軽く首を傾げた。
澄まし顔のユーコと疲れ切った十束の顔を交互に眺めてからヨミは恐る恐るといった様子でユーコに尋ねた。
「ユーコちゃん、十束さんから家に上がる許可をもらったって、ユーコちゃん言ってたよね?」
「それ嘘よ」
「嘘ッ!? え、嘘なの!?」
「いや、騙した私も悪いけど、扉をすり抜けて鍵開けるの見たら怪しいって気づかない? 普通、合鍵とか預かるもんでしょ」
「……ああっ」
両手で顔を挟んでヨミは顔を赤くして十束の方を見た。
「……すみません。十束さん」
「ほら刑事さん今の見た? この子、可愛すぎマジ純粋やばたにえん」
「まず、ユーコは何しに来たのか目的を言ってくれ。あと、ヨミちゃんには謝っておけよ?」
「了解、りょーかい。……まあ、立ち話も何だし、そこに座ってよ」
ぽんぽん、とローテーブル脇の床を軽く叩き、自分の家のように指図をするユーコに、「ここ俺の家なんだけど」という言葉をグッと飲み込んで十束は腰を下ろした。
台所からヨミが作りたての料理を運んできてせっせとテーブルに並べ始める。
今日は洋風でまとめられた、タンシチューに野菜のピクルス、ネギのようなハーブが入ったアサツキのオムレツなどの料理はどれも女子高生が作ったとは思えないほどの出来栄えだった。
「今日もまた、美味そうだな……」
鼻先をくすぐる温かい料理の香りにごくりと生唾を飲みながら十束は呟いた。
「早い話が、これも罪滅ぼしの一つなのよ」
単なる遊びで十束の家に侵入したわけではなく、片腕が使えない今、日常生活や家事で不便を感じているであろう十束を助けるためにやったことなのだという。
「ヨミは元々家事が得意だし、当人も『十束さんの役に立てるなら』って乗り気だったわ」
「え、家事ってまさか……?」
部屋の中を見渡すと、確かに激務で雑然としていた部屋が整っているような気がする。
ゴミ箱に溜まっていたはずのごみは無くなり、床はホコリ一つ落ちていない。
洗濯カゴにあったはずのシャツや靴下が、きちんと畳まれて置いてあった。
「ごめんなさい、十束さん!」
ヨミが頭を下げると同時にぴょこんとツインテールが肩先で跳ねた。
「無断で家に上がった挙句、勝手なことまでして……」
「いや、別に悪気があったわけじゃないし……むしろ俺の方は助かっているし」
無断で家に上がられるのは困るが、自分のことを気遣ってこまごまと世話を焼いてくれたヨミには感謝こそすれ、怒る理由は全くない。
しょんぼりと肩を落としていたヨミが顔を上げて十束を見た。
「それに、この前の料理もすごく美味かったし……」
そう言った途端、示し合わせたかのように十束の腹が鳴った。
「ふふふ。刑事さん、お腹減ってるなら先にご飯を食べましょう。せっかくの料理が冷めたら勿体ないわ」
ユーコの提案に頷いてから十束はヨミに対して軽く頭を下げた。
「……そうだな。ヨミちゃん、ありがたくごちそうになるよ」
「はい! ……どうぞ。召し上がってください」
頬を赤らめたヨミが嬉しそうにコクンと頷いた。
生クリームが回しがけされたシチューはコクがあって肉もとろけるように柔らかく、絶品だ。
「ねぇ刑事さん、食べながらでいいから聞いてくれる?」
ちゃぶ台の上に頬杖をつき、貪るように料理を食べている十束を眺めていたユーコが口を開いた。
「例の夾竹の件だけど、うまく情報を引き出せたわ」
「おおッ! すごいじゃないか」
ユーコの目論見は成功したというわけだ。
さぞ得意げにその成果を話し出すのだろうと十束が期待していると、ユーコは苦笑いのような表情を浮かべて黙りこくっている。
「何か問題でもあったのか?」
「問題……もんだい、かぁ」
うーん、と腕を組み上体をのけぞらせてユーコは呻いた。
「ユーコちゃん、悩んでないで刑事さんに相談してみれば?」
「んー……そうね、私だけで考えても解決できるわけないし」
体を起こして、十束に向き直ると、ユーコは学校の生徒がするように片手をぴっと上げて切り出した。
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