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橘 金春

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「ヨミの身体が動かなくなる理由だけど、私は“生命力の枯渇”が原因だと思うの」

「生命力?」

「生命力っていう表現は仮のモノで、他にはエナジーだとか気だとか……ようするに魂とは別のもの、みたいな?」

「みたいなって、ユーコちゃんどうしたの? 何だかいつもと違って説明がフワッとしてるよ?」

 ヨミの指摘に対して、ユーコはぐっと一瞬詰まった後、仕方ないというように肩を落とし、ため息をついた。

「……白状すると私はスピリチュアル……オカルト? いや宗教系の知識? には疎くてね」

 珍しく自信のない様子でユーコは白状した。

 ヨミと出会ってから色々と調べてみたものの、まだ本人の中では漠然としたイメージでとらえている概念らしい。

「まだ、私も確信が持てないことだらけなのよね。……ぶっちゃけ今回は分かりやすさ優先。ふわっと「そんなもんかなぁ」くらいでお願い」

「……んんッ、了解」

 幽霊なのにオカルト苦手なんだ? という突っ込みが喉元まででかかったが、十束は何とかそれを飲み込んだ。

「で、生命力っていうのは車で例えるならガソリンだとか電力みたいなものね。身体という入れ物に魂が入っているだけでは身体は動けない。生命力があるから動けるの」

 ・一、身体+魂+生命力=心身ともに生きてる。自分の意思で動ける。

 ユーコはどこからともなく取り出したメモ帳にペンで書き込みをして二人の前に掲げて見せた。

「それが生命力がないとこうなって……」

 ・二、身体+魂-生命力=魂(精神?)が生きてる。生命力がないから意思があっても体を動かせない。

「逆に、魂だけが抜けるとこんな感じになると思うのよね」

 ・三、身体+生命力-魂=身体のみ生きてる。魂がないから自分の意思では動けない。

「ちなみに幽霊の私は今こんな状態よ」

 ・四、生命力+魂-身体=身体が死んでる。生命力があるため魂の状態で動ける。

 ユーコが一から四の説明を箇条書きにしたメモを十束とヨミの前のテーブルにポンと乗せた。

「ん――……」

 食い入るようにメモを見つめて考え込んだ後、ヨミが自信なさげにユーコを仰ぎ見た。

「じゃあ、発作が起きているときの私は『二』の生命力が抜けてる状態ってこと?」

「そうそう、その通りよヨミ! よ~しよしよしよし!」

「きゃー!」

 ヨミが理解してくれたのがよほど嬉しかったのか、ユーコはヨミに抱き着くと頬や頭をよしよしと撫でまわしている。

 くすぐったがっているものの、撫でられること自体は嫌ではないらしい。身をよじりながら、ヨミはきゃっきゃと笑っている。

 ――なんだかなぁ。こうしてみるとフツーの女の子たちにしか見えないのにな……。

 仔猫のように無邪気にじゃれ合う二人を見ているとほのぼのとした気分になってしまう。

 二人が血なまぐさい連続殺人の容疑者ということを頭では理解していても感情がどうにも追い付かない。

 生命力に魂……ねえ。

 おそらくユーコ以上にオカルトやスピリチュアルとは無縁の生活を送ってきた十束にとって、目に見えないそれらの概念はにわかには信じがたいものでしかない。

 この事件の捜査中にユーコが様々な現象を引き起こし、現場をかく乱してきたことは先刻承知だが、目の前にいる幽霊はともかくとして『生命力』などという目に見えない力は本当に存在するのだろうか?

「ふふふ。刑事さんは何だかピンときてないって感じね。まあ、無理もないけど……」

 曖昧な表情を浮かべた十束の心の内を見破ったかのように、ユーコが十束を見て薄笑いを浮かべた。

「ん……まあ。正直、今は半信半疑ってところだな」

 そうね、と軽く頷いて見せてから、ヨミに抱き着いたままユーコは十束に向かって片手を差し出した。

「百聞は一見に如かず。刑事さん、ちょっと手を出して」

 言われるままに、十束が伸ばした右手をユーコが握った。幽霊らしい、温かさがまるでないひんやりと冷たい手だ。

 その瞬間、ずるっと『何か』が自分の身体から抜き出されたような何とも言い難い感覚を覚えた。

「うわッ!」

 慌てて手を引っ込めた十束をユーコがしてやったりというような顔で見つめている。

「……何かが身体から抜けたのを感じたでしょう? それが生命力ね」

 ユーコに手を握られていたのはたった数秒かそこらのはずだ。

 それでも、触れていた右手の指先がじんと痺れ、わずかだが身体全体に怠さを感じる。

「この三ヶ月間で私も自分について調べてみたわ。その結果、どうやら私は触れた相手から生命力を奪えるようなの」

 ――この感じ、確かに覚えがあるぞ……。

 暗闇の中で喉を這った冷たい指の感覚は忘れたくても忘れられない。

「……鑑識課で俺達を襲ったのは、やはりユーコだったのか」

 十束の鋭い視線に射られて、ユーコがほんの少しだけ顔をこわばらせたように見えた。
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