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「弟切に噛みついた瞬間の事は、あまり覚えていなくて……」
うーん、と首を傾げながらヨミは当時の出来事を思い出そうと努力しているらしかった。
「気づけば弟切は首が取れてるし、胴体の方はカラッカラに干からびてるし、私の口の周りはベタベタだし、何が起こったのか分からなくてボーっとしていたらユーコちゃんに話しかけられたんです」
『ちょっと、そんなことして大丈夫なの? お腹壊さない?』それがユーコの第一声だったという。
「ビックリしたけど話してみれば良い子だったので、何だか仲良くなっちゃって」
話し合った結果、二人で事件の証拠を隠滅することに決めた。
弟切の部屋の『獲物捕獲候補』部分に張られていたヨミの写真を引っぺがし、空中に浮くことができるユーコが諸々の痕跡を消していった。
返り血を浴びたヨミをクローゼットから出した弟切の服に着替えさせ、大き目のスポーツバックに血の付いた服や使用済みのタオル、そして弟切のなれの果てを詰め込んだ。
「頭はともかく、胴体は流石にそのままじゃ入らなかったから、飛び散らないようにビニール袋に詰めて折りました。ミイラって壊れやすいんですね」
「……ちなみに首の方は、どうやって胴体から」
「捥ぎました」
「誰が」
「私です。後からユーコちゃんに聞いたのですが、噛みついた時点で弟切はまだ生きていたらしくて、私を引き離そうと抵抗したそうです。その際に“捥ぎっ”とやらかしたと」
「うぉおう……」
ヨミの『怪力』を身をもって知る十束だったが、さすがにゾッとした。まさか、目の前の細腕の少女にそこまでの力があるとは思いもしなかった。
あの時、ヨミが立ち去らなかったら骨折どころか腕の一本や二本は捥ぎ取られていたのかもしれない……。
――脱臼で済んでもうけものだったってことか。
三角巾で吊っている左手をさすさす、と右手でさすりながら、十束はふうっと軽くため息を吐いた。
「その後は適当な紙袋に首をいれて、交番の前に置きに行きました。なるべく人目のない道を選んで通り、道中の防犯カメラはユーコちゃんが誤魔化してくれました」
「なんで、交番の前に首を置いたんだ? わざわざ犯行を自白するようなものじゃないか」
実際、幽霊のユーコの手を借りれば証拠を一切残さずに犯行を隠蔽することだってできただろう。
それは……とヨミは瞳を上げて十束を見た。言おうか、言うまいか、迷っている表情だ。
「“みんな”に頼まれたんです。家に帰りたい、って」
「みんなって……?」
「……弟切に殺された女の子たちです」
ユーコと同じようにヨミにも被害者たちの声が聞こえていたのだという。
『女の子たちの居場所』――死体遺棄現場を警察に伝えるだけでは、イタズラの通報だと思われて取り合ってもらえない可能性がある。
第一、遺体が発見されても身元が判明しなければ彼女たちは家族の元へは帰れない。
弟切の首を置くことで、罪を明らかにするだけでなく女の子たちを家に帰してあげられると思った、とヨミは語った。
「でも、あのメモで警察が本当に捜索してくれるのか、不安だったし。 女の子たちを少しでも慰めたくて、あの日、花を持って山に登ったんです」
「そうか……それで」
現場にぽつりと置かれた花束のことを十束は思い返していた。
「花を置いた後は少し気分を変えたくなって、頂上まで登りました。その帰りに十束さんたちと出会ったんです」
「ああ、駐車場で。俺達が現場についてすぐだったな」
「まさか、あんなに早く警察の人が動いてくれるなんて思ってませんでした。でも…………あの時は捕まりたくなかったので、寄り道したことは黙ってました。ごめんなさい」
作り物ではない、本当に申し訳なさそうな表情でヨミは俯いた。
十束の右手が迷うように差し出され、そっとヨミの頭の上に置かれた。
「……よく、話してくれたな。ありがとう」
ぽんぽん、と軽く頭を撫ぜると、ヨミの頬はなぜかふんわりと紅く染まった。
――それにしても。困ったな……。
少女たちが弟切殺害の全容を語ってくれたのはいいとしても、この事件の犯行は幽霊少女のユーコによる証拠隠滅ににヨミの怪力があってこそ成り立っているようなもので……。
到底、普通の人間には不可能な犯罪を二人の少女が自首したとしても警察がまともに取り合うとは思えない。
ましてや、少女の片方は幽霊だ。幽霊を裁くための法律など、あるはずがない……。
頭を抱えたいのを堪えながら、とりあえずは、別の事件についても動機と殺害経緯を確認しておこうと十束はヨミに問いかけた。
「弟切の事件については大体わかった。次は残りの事件……夾竹以外の大芹と梅蕙を殺害した理由等を知りたいんだが」
「それは……詳しく話すと長くなるので簡潔に説明すると」
「いや、それは……」
嫌な予感がする。喫茶店でもそうだったが、ヨミの『簡潔』は説明を省略し過ぎていていっそ分かりにくい。
「私、今年の夏休みくらいから身体が急に動かなくなる発作と人を食べたくなる衝動に悩まされていまして、弟切が刺された時、床に落ちた血を見ていたら、つい我慢できなくてやっちゃいました。そうしたら発作の方も何故か治まったので、それ以来、悪人を見つけては殺して食べていました」
「……ん~~ッ」
片手を顔で覆い、こらえきれずにうめき声を漏らしてしまった。
――どこからつっこんでいいやら……。
予想を上回る簡潔さに、十束はふうううと力ないため息を漏らした。
「もう少しだけ、詳しく……例えば発作の原因は」
「分かりません」
「なんで人を食べたくなるのか」
「分かりません」
「悪人をどうやって見つけていたのかは」
「ユーコちゃんが見つけてくれました」
「……んん~~ッ!」
――だめだ、全然、説明になってねぇ……!
再び、十束は顔を覆いかけたが、何とか思いとどまった。
――そうだ。少しずつ、細切れに質問していけば、この子にとって答えやすくなるかもしれない……。
子供に質問する時と同じ要領だ。
一つずつ……質問を小さく切り分けて順番に聞いていけばあるいは……。
「身体が動かなくなる発作とは、具体的にはどんな風に?」
「ぐたいてきに……」
軽く腕組みをして、ヨミはしばし考え込んでいる様子だ。
「……身体から力が抜けて、何もかもが動かなくなります」
「……んむぅ!」
身もふたもない答えに、十束の心が折れる寸前――。
「ヨミ、刑事さんがめっちゃくちゃ困ってるから、それくらいにしときなさいよ」
「あ、ユーコちゃんお帰り」
いつの間に現れたのか、ユーコが二人の目の前にフワフワと浮かんでいる。
「ただいま。……刑事さん、悪いけどそれについてはハッキリとした原因が分かってないのよ」
「そうなのか」
「でも、一応私が考えた仮説もあるんだけど、聞きたい?」
「……聞きたい!」
十束よりも先に、ヨミが元気いっぱいに片手を上げた。
確かに、弟切の事件から数か月の間ヨミの傍らで過ごしてきたユーコならば何か特別な事情を知っているのかもしれない。
「聞かせてくれ」
期待を込めて、十束がユーコを見上げた。
「いいわ」
二人の期待を込めた視線を受けてユーコは嬉しそうに笑うと、フワリと床に舞い降りて長い髪の毛を払ってみせた。
うーん、と首を傾げながらヨミは当時の出来事を思い出そうと努力しているらしかった。
「気づけば弟切は首が取れてるし、胴体の方はカラッカラに干からびてるし、私の口の周りはベタベタだし、何が起こったのか分からなくてボーっとしていたらユーコちゃんに話しかけられたんです」
『ちょっと、そんなことして大丈夫なの? お腹壊さない?』それがユーコの第一声だったという。
「ビックリしたけど話してみれば良い子だったので、何だか仲良くなっちゃって」
話し合った結果、二人で事件の証拠を隠滅することに決めた。
弟切の部屋の『獲物捕獲候補』部分に張られていたヨミの写真を引っぺがし、空中に浮くことができるユーコが諸々の痕跡を消していった。
返り血を浴びたヨミをクローゼットから出した弟切の服に着替えさせ、大き目のスポーツバックに血の付いた服や使用済みのタオル、そして弟切のなれの果てを詰め込んだ。
「頭はともかく、胴体は流石にそのままじゃ入らなかったから、飛び散らないようにビニール袋に詰めて折りました。ミイラって壊れやすいんですね」
「……ちなみに首の方は、どうやって胴体から」
「捥ぎました」
「誰が」
「私です。後からユーコちゃんに聞いたのですが、噛みついた時点で弟切はまだ生きていたらしくて、私を引き離そうと抵抗したそうです。その際に“捥ぎっ”とやらかしたと」
「うぉおう……」
ヨミの『怪力』を身をもって知る十束だったが、さすがにゾッとした。まさか、目の前の細腕の少女にそこまでの力があるとは思いもしなかった。
あの時、ヨミが立ち去らなかったら骨折どころか腕の一本や二本は捥ぎ取られていたのかもしれない……。
――脱臼で済んでもうけものだったってことか。
三角巾で吊っている左手をさすさす、と右手でさすりながら、十束はふうっと軽くため息を吐いた。
「その後は適当な紙袋に首をいれて、交番の前に置きに行きました。なるべく人目のない道を選んで通り、道中の防犯カメラはユーコちゃんが誤魔化してくれました」
「なんで、交番の前に首を置いたんだ? わざわざ犯行を自白するようなものじゃないか」
実際、幽霊のユーコの手を借りれば証拠を一切残さずに犯行を隠蔽することだってできただろう。
それは……とヨミは瞳を上げて十束を見た。言おうか、言うまいか、迷っている表情だ。
「“みんな”に頼まれたんです。家に帰りたい、って」
「みんなって……?」
「……弟切に殺された女の子たちです」
ユーコと同じようにヨミにも被害者たちの声が聞こえていたのだという。
『女の子たちの居場所』――死体遺棄現場を警察に伝えるだけでは、イタズラの通報だと思われて取り合ってもらえない可能性がある。
第一、遺体が発見されても身元が判明しなければ彼女たちは家族の元へは帰れない。
弟切の首を置くことで、罪を明らかにするだけでなく女の子たちを家に帰してあげられると思った、とヨミは語った。
「でも、あのメモで警察が本当に捜索してくれるのか、不安だったし。 女の子たちを少しでも慰めたくて、あの日、花を持って山に登ったんです」
「そうか……それで」
現場にぽつりと置かれた花束のことを十束は思い返していた。
「花を置いた後は少し気分を変えたくなって、頂上まで登りました。その帰りに十束さんたちと出会ったんです」
「ああ、駐車場で。俺達が現場についてすぐだったな」
「まさか、あんなに早く警察の人が動いてくれるなんて思ってませんでした。でも…………あの時は捕まりたくなかったので、寄り道したことは黙ってました。ごめんなさい」
作り物ではない、本当に申し訳なさそうな表情でヨミは俯いた。
十束の右手が迷うように差し出され、そっとヨミの頭の上に置かれた。
「……よく、話してくれたな。ありがとう」
ぽんぽん、と軽く頭を撫ぜると、ヨミの頬はなぜかふんわりと紅く染まった。
――それにしても。困ったな……。
少女たちが弟切殺害の全容を語ってくれたのはいいとしても、この事件の犯行は幽霊少女のユーコによる証拠隠滅ににヨミの怪力があってこそ成り立っているようなもので……。
到底、普通の人間には不可能な犯罪を二人の少女が自首したとしても警察がまともに取り合うとは思えない。
ましてや、少女の片方は幽霊だ。幽霊を裁くための法律など、あるはずがない……。
頭を抱えたいのを堪えながら、とりあえずは、別の事件についても動機と殺害経緯を確認しておこうと十束はヨミに問いかけた。
「弟切の事件については大体わかった。次は残りの事件……夾竹以外の大芹と梅蕙を殺害した理由等を知りたいんだが」
「それは……詳しく話すと長くなるので簡潔に説明すると」
「いや、それは……」
嫌な予感がする。喫茶店でもそうだったが、ヨミの『簡潔』は説明を省略し過ぎていていっそ分かりにくい。
「私、今年の夏休みくらいから身体が急に動かなくなる発作と人を食べたくなる衝動に悩まされていまして、弟切が刺された時、床に落ちた血を見ていたら、つい我慢できなくてやっちゃいました。そうしたら発作の方も何故か治まったので、それ以来、悪人を見つけては殺して食べていました」
「……ん~~ッ」
片手を顔で覆い、こらえきれずにうめき声を漏らしてしまった。
――どこからつっこんでいいやら……。
予想を上回る簡潔さに、十束はふうううと力ないため息を漏らした。
「もう少しだけ、詳しく……例えば発作の原因は」
「分かりません」
「なんで人を食べたくなるのか」
「分かりません」
「悪人をどうやって見つけていたのかは」
「ユーコちゃんが見つけてくれました」
「……んん~~ッ!」
――だめだ、全然、説明になってねぇ……!
再び、十束は顔を覆いかけたが、何とか思いとどまった。
――そうだ。少しずつ、細切れに質問していけば、この子にとって答えやすくなるかもしれない……。
子供に質問する時と同じ要領だ。
一つずつ……質問を小さく切り分けて順番に聞いていけばあるいは……。
「身体が動かなくなる発作とは、具体的にはどんな風に?」
「ぐたいてきに……」
軽く腕組みをして、ヨミはしばし考え込んでいる様子だ。
「……身体から力が抜けて、何もかもが動かなくなります」
「……んむぅ!」
身もふたもない答えに、十束の心が折れる寸前――。
「ヨミ、刑事さんがめっちゃくちゃ困ってるから、それくらいにしときなさいよ」
「あ、ユーコちゃんお帰り」
いつの間に現れたのか、ユーコが二人の目の前にフワフワと浮かんでいる。
「ただいま。……刑事さん、悪いけどそれについてはハッキリとした原因が分かってないのよ」
「そうなのか」
「でも、一応私が考えた仮説もあるんだけど、聞きたい?」
「……聞きたい!」
十束よりも先に、ヨミが元気いっぱいに片手を上げた。
確かに、弟切の事件から数か月の間ヨミの傍らで過ごしてきたユーコならば何か特別な事情を知っているのかもしれない。
「聞かせてくれ」
期待を込めて、十束がユーコを見上げた。
「いいわ」
二人の期待を込めた視線を受けてユーコは嬉しそうに笑うと、フワリと床に舞い降りて長い髪の毛を払ってみせた。
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