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指名手配犯 梅蕙 栄昭の追跡を開始してすでに一時間以上が経過していた。
バスに乗り込んだ梅蕙は数個先の停留所で降車すると、徒歩で住宅街を歩き始めた。
人気のない夜道を犯人に気取られないよう距離をとって十束と榊が後に続く。
歩くうちに住宅の数がまばらになり、行く手には宅地が途切れ田畑が見えるところまで来た時、梅蕙の姿が路上からふっとかき消えた。
梅蕙が姿を消したその場所には、夜間だというのに常夜灯一つ灯っていない四角張った大きな建物がそびえていた。
住宅地と田畑の境に建つその施設の側面には剥げかけた字で”M病院”と書かれている。
敷地をぐるりと取り囲む生垣は人の手が入っている様子はなく、建物の一階部分を覆い隠すように伸び放題になっている。
門には鎖がかけられ『立入禁止』の札が下がっており、道路から見える一階の入り口や窓は外からベニヤ板が打ち付けられていた。
「……ここがヤツの潜伏場所か?」
「旧M病院……新しい病院が市内に建って、そこに移転したみたいですね。ベニヤ板があるのは廃墟探索で入る輩が多いからその対策、らしいっす」
スマホで検索をしながら榊が声をひそめて囁いた。
「事件とか事故とかは起きてないらしいですけど、心霊スポットとして有名になってるみたいで……結構、Webに写真とか、上げてる奴らもいますね」
「ふーーん、そんなら、ここが奴のねぐらって線は薄いな……」
不定期であっても人の出入りがあるような場所に指名手配犯である梅蕙が潜伏しているとは考えられない。
――じゃあ、ヤツはなぜこんな場所にやってきた? 金目のものなど一切ない、廃病院なんかに……。
敷地内に目を光らせながら、十束は応援に向かっている捜査員に電話をかけた。
相手は強殺を繰り返してきた凶悪犯である上、単独行動かどうかも不明だ。
先走らず、すでに車でこちらに向かっている捜査員たちを待って突入するように指示を受けている。
「榊、お前はここから建物を見張っていてくれ。俺は向こうにまわって見張る」
街灯の暗い灯りを頼りに旧M病院に隣接するアパートの駐車場から目を凝らして監視を続けるうち、十分ほどで四名の捜査員たちが到着した。
見張り役の捜査員を外に残して生垣が途切れている箇所から廃病院の敷地内に侵入し、梅蕙の侵入経路を探る。
道路からはちょうど死角になっている一階の窓のベニヤ板が外されており、窓が叩き割られていた。
窓から内部を確認すると、診療室のようなその場所は壁の下部の壁紙は剥がれ落ち、辛うじて壁紙が残っている部分も黒カビが点々と黒い染みを作っている。
かれこれ十年間の間、放置されてる建物内にはまばらに残された椅子や医療機器、床の上にはにはホコリが堆積し、床には幾つもの足跡が残っていた。
大半は肝試しで訪れた連中のものなのだろうが、ぼやけて消えかけている足跡の中、ハッキリと残る真新しい足跡を追って十束たちは建物内へと進んでいく。
足跡は、診察室を出て廊下へと続き、階段を上ると二階、三階へと続いてく。
三階に着いたところで足跡は上の階ではなく、廊下へと向かい始めた。
ホコリに覆われた床面に残るその足取りに迷いは全くみられなかった。
ベニヤ板が打ち付けられていない、二階より上の窓からはうっすらと外からの明かりが入り込んでいる。
ささやかな光の中、浮かび上がるように続く足跡は、突き当りの部屋を目指して廊下をまっすぐに進んでいる。
朽ちた建物内に充満するホコリとカビの混ざった空気の中にふと、生臭い匂いが混じったような気がした。
ほぼ同時に、十束の前を行く捜査官が足を停めて後ろを振り返る。
「……何か、あったか?」
小声で問いかける十束に、捜査員が答えた。その顔は緊張に引きつっている。
「……生臭い匂いがする、奥からだ」
一様に捜査員たちが顔を強張らせた。
この先にあるのは、殺人現場か、死体か、それとも――暗い予想が捜査員たちの脳裏をよぎる。
一旦ライトを消して廊下を進むうちに生々しい異臭はどんどん濃くなっていく。
突き当りの部屋のドアの影から薄明りの中、内部を透かし見ても中にいるはずの梅蕙の姿は見当たらない。
自分を追う捜査員たちの気配に気づき、暗闇で息を殺しているのだろうか――。
後続の捜査員たちと示し合わせて、入り口から部屋の中へ向けて一斉にライトを照射する。
眩い光に照らし出された室内には、壁際に机や棚、簡易ベッドが放置されていた。
ガランとした部屋の中央――ライトで照らし出された床面に広がる鮮やかな赤。
古い写真のように色彩が薄れた部屋の中でそこだけが鮮烈な色彩を帯びていた。
部屋の中央にあったのは首のない人体――切断面からまだ出血が続いているほど新鮮な死体だった。
頭部がないため、断定はできないが服装と体格から見るに、その死体は梅蕙本人。
「……マジ、かよ」
榊がこぼした言葉が静まり返った室内に響いた。
想像もしていなかった梅蕙本人の遺体を目の前にしてそれ以上誰一人、声を上げることができなかった。
再び静寂が戻った部屋の中にカタリと乾いた音が響いた。
「――部屋の中に誰かいるぞ!」
部屋の中に散っていたライトが、壁際の一か所を同時に照らし出す。
闇の中、煌々と照らされた壁際の棚の後ろから黒い服を着た小柄な人物が姿を現した。
バスに乗り込んだ梅蕙は数個先の停留所で降車すると、徒歩で住宅街を歩き始めた。
人気のない夜道を犯人に気取られないよう距離をとって十束と榊が後に続く。
歩くうちに住宅の数がまばらになり、行く手には宅地が途切れ田畑が見えるところまで来た時、梅蕙の姿が路上からふっとかき消えた。
梅蕙が姿を消したその場所には、夜間だというのに常夜灯一つ灯っていない四角張った大きな建物がそびえていた。
住宅地と田畑の境に建つその施設の側面には剥げかけた字で”M病院”と書かれている。
敷地をぐるりと取り囲む生垣は人の手が入っている様子はなく、建物の一階部分を覆い隠すように伸び放題になっている。
門には鎖がかけられ『立入禁止』の札が下がっており、道路から見える一階の入り口や窓は外からベニヤ板が打ち付けられていた。
「……ここがヤツの潜伏場所か?」
「旧M病院……新しい病院が市内に建って、そこに移転したみたいですね。ベニヤ板があるのは廃墟探索で入る輩が多いからその対策、らしいっす」
スマホで検索をしながら榊が声をひそめて囁いた。
「事件とか事故とかは起きてないらしいですけど、心霊スポットとして有名になってるみたいで……結構、Webに写真とか、上げてる奴らもいますね」
「ふーーん、そんなら、ここが奴のねぐらって線は薄いな……」
不定期であっても人の出入りがあるような場所に指名手配犯である梅蕙が潜伏しているとは考えられない。
――じゃあ、ヤツはなぜこんな場所にやってきた? 金目のものなど一切ない、廃病院なんかに……。
敷地内に目を光らせながら、十束は応援に向かっている捜査員に電話をかけた。
相手は強殺を繰り返してきた凶悪犯である上、単独行動かどうかも不明だ。
先走らず、すでに車でこちらに向かっている捜査員たちを待って突入するように指示を受けている。
「榊、お前はここから建物を見張っていてくれ。俺は向こうにまわって見張る」
街灯の暗い灯りを頼りに旧M病院に隣接するアパートの駐車場から目を凝らして監視を続けるうち、十分ほどで四名の捜査員たちが到着した。
見張り役の捜査員を外に残して生垣が途切れている箇所から廃病院の敷地内に侵入し、梅蕙の侵入経路を探る。
道路からはちょうど死角になっている一階の窓のベニヤ板が外されており、窓が叩き割られていた。
窓から内部を確認すると、診療室のようなその場所は壁の下部の壁紙は剥がれ落ち、辛うじて壁紙が残っている部分も黒カビが点々と黒い染みを作っている。
かれこれ十年間の間、放置されてる建物内にはまばらに残された椅子や医療機器、床の上にはにはホコリが堆積し、床には幾つもの足跡が残っていた。
大半は肝試しで訪れた連中のものなのだろうが、ぼやけて消えかけている足跡の中、ハッキリと残る真新しい足跡を追って十束たちは建物内へと進んでいく。
足跡は、診察室を出て廊下へと続き、階段を上ると二階、三階へと続いてく。
三階に着いたところで足跡は上の階ではなく、廊下へと向かい始めた。
ホコリに覆われた床面に残るその足取りに迷いは全くみられなかった。
ベニヤ板が打ち付けられていない、二階より上の窓からはうっすらと外からの明かりが入り込んでいる。
ささやかな光の中、浮かび上がるように続く足跡は、突き当りの部屋を目指して廊下をまっすぐに進んでいる。
朽ちた建物内に充満するホコリとカビの混ざった空気の中にふと、生臭い匂いが混じったような気がした。
ほぼ同時に、十束の前を行く捜査官が足を停めて後ろを振り返る。
「……何か、あったか?」
小声で問いかける十束に、捜査員が答えた。その顔は緊張に引きつっている。
「……生臭い匂いがする、奥からだ」
一様に捜査員たちが顔を強張らせた。
この先にあるのは、殺人現場か、死体か、それとも――暗い予想が捜査員たちの脳裏をよぎる。
一旦ライトを消して廊下を進むうちに生々しい異臭はどんどん濃くなっていく。
突き当りの部屋のドアの影から薄明りの中、内部を透かし見ても中にいるはずの梅蕙の姿は見当たらない。
自分を追う捜査員たちの気配に気づき、暗闇で息を殺しているのだろうか――。
後続の捜査員たちと示し合わせて、入り口から部屋の中へ向けて一斉にライトを照射する。
眩い光に照らし出された室内には、壁際に机や棚、簡易ベッドが放置されていた。
ガランとした部屋の中央――ライトで照らし出された床面に広がる鮮やかな赤。
古い写真のように色彩が薄れた部屋の中でそこだけが鮮烈な色彩を帯びていた。
部屋の中央にあったのは首のない人体――切断面からまだ出血が続いているほど新鮮な死体だった。
頭部がないため、断定はできないが服装と体格から見るに、その死体は梅蕙本人。
「……マジ、かよ」
榊がこぼした言葉が静まり返った室内に響いた。
想像もしていなかった梅蕙本人の遺体を目の前にしてそれ以上誰一人、声を上げることができなかった。
再び静寂が戻った部屋の中にカタリと乾いた音が響いた。
「――部屋の中に誰かいるぞ!」
部屋の中に散っていたライトが、壁際の一か所を同時に照らし出す。
闇の中、煌々と照らされた壁際の棚の後ろから黒い服を着た小柄な人物が姿を現した。
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