おシタイしております

橘 金春

文字の大きさ
上 下
17 / 40

17

しおりを挟む
「アリガトゴザイマシタ~」

 たどたどしい発音の浅黒い肌の店員が、見事な手さばきで夜食のおにぎりをレジ袋に入れて差し出してくる。

 そのままイートインスペースに向かうと先に会計を済ませた榊が待っていた。

「十束先輩は何にしたんすか?」

 袋をの口を開けて見せると、「またタラコかぁ……好きっすねえ」と榊がつまらなさそうに呟いた。

 県警本部から数ブロック先、十束たちがいるコンビニは飲食店が軒を連ねる裏道に面しており人通りが多い。

 仕事帰りのリラックスした表情の勤め人たちが連れ立って歩いては、目的の店に次々と吸い込まれていく。

 インスタントのカップみそ汁に湯を入れてから席に着くと、榊がいつになく真面目な表情で窓の外を眺めているのに気づいた。

「……どーした? 食わないのか」

「あー……、その、こんなに人がいるのに、なかなか見つかんないものだなぁ、なんて……」

「見つかる? ……あ――、手配書か」

 一瞬、何のことかと思ったが、すぐに分かった。

 犯罪者をターゲットにした連続生首事件を受けて、現在S県警では県内に潜伏している可能性が高い指名手配犯の情報を洗い出している。

 警察のメンツを保つためにも、これ以上連続殺人犯に後れを取るわけにはいかない。

 総力戦の名のもとに刑事課だけでなく交通課なども総動員してパトロールを増員しているほどだった。

 十束たち捜査員も毎日のように更新される指名手配犯リストを見ることが日課になっていた。

「気を張ってる時こそ、見えなくなるもんだよ。食事時くらい、リラックスしとけ」

「何すか、禅問答みたいなこと言っちゃって……」

 榊には「リラックスしろ」といったものの、十束自身も似たようなもので勤務外でも事件のことを考えている時間が多くなっている。

 職業柄、毎日のように指名手配犯の手配書を見ているような警察関係者にとってさえ、市井の人々に紛れた犯人を見つけ出すのは容易ではない。

 犯人はどうやって次なる犠牲者……犯罪者を見つけているのか。

 最初の被害者である弟切に限って言えば、指名手配犯ですらない。警察も把握していない弟切の犯行を、なぜ知っていたのか……。

 ――それに、残りが見つかってないんだよな。

 たらこおにぎりを一口、頬張りながら見るでもなく窓の外を眺めながら十束は思った。

 警察に届けられるのは決まって凶悪犯の体の一部で、遺体の残りは未だに発見されていない。

 犠牲者は三人、三体の成人男性の遺体ともなれば、人目につかずに処理するのはかなり難しい。

 防腐処理……もしくは冷凍でもして犯人がどこかに隠しているのだろうか。……まさかとは思うが、犯人が記念にコレクションしているとか。

 ――食事時に考えることじゃなかったなァ。

 嫌な絵面を想像してしまったことを悔いながらみそ汁のカップを取り上げて、すすろうとしたその時。

 コンビニの窓の外、喫煙スペースでタバコを吸っている男に視線が釘付けになる。

「榊、慌てず、そのままで聞け」

 さり気なく窓から視線を外しながら、十束は隣の榊に小声で囁いた。

「? 先輩?」

「窓の外、紺色の上着を着た男。指名手配犯の『梅蕙ばいけい 栄昭ひであき』だ」

 一瞬、ぎょっとしたように目を見開いた榊だったが、直ぐに平静を取り戻すと横目で窓の外を確認した。

「……追いますか」

「ああ。他の捜査官にも応援を頼むぞ」

「了解っす」

 おにぎりの残りを口に押し込み、みそ汁で飲み下す。

 一服吸い終わった男が歩き出したのを見計らって十束は店を出ると数メートルの間隔を空けて後に続く。

 ――梅蕙……容疑は強盗殺人犯だったな。

 梅蕙は強盗殺人犯で指名手配されている。

 十年前、梅蕙は仲間と共にS県内で空き巣を繰り返していた。

 ある家に侵入した際、住人と鉢合わせして家主と家主の妻を殺害し金品を強奪した上、その家の一人娘を誘拐した。

 連れまわしていた娘に乱暴を働こうとして激しく抵抗されたらしい。娘の遺体はS県内郊外の山林で発見された。

 殺人に手を染めた梅蕙の手口は、それ以降、目星をつけた家屋に人がいようがいまいが、押し入って金目の物を奪う残忍な強盗殺人へと変わっていった。

 目撃者がいれば必ず殺す。それが若い女性であれば例外なく乱暴した上で殺害した。

 被害件数は梅蕙の犯行と断定できるケースで五件以上、被害範囲も近隣の県まで広がっていた。

 一家惨殺事件から十年間、ほとぼりも覚めた頃にS県内に戻って来ていたとは……。

 事実、梅蕙の足取りは堂々としたものだ。

 ――確か、殺された娘はまだ十代の少女だった。

 夢の中の少女の面影、断ち切られた命の切なさが不意に胸にこみあげてくる。

 コイツを捕まえるのは連続殺人犯から守る為じゃない。ましてや、警察のメンツなど関係ない。

 ――こんなやつを野放しにしてたまるか。

 十数メートルの間隔をあけて、榊が後ろをついてくるのを確認しながら、十束は住宅街方面へ悠々と歩き続ける指名手配犯の後を追った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

意味がわかるとえろい話

山本みんみ
ホラー
意味が分かれば下ネタに感じるかもしれない話です(意味深)

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

意味が分かると怖い話 考察

井村つた
ホラー
意味が分かると怖い話 の考察をしたいと思います。 解釈間違いがあれば教えてください。 ところで、「ウミガメのスープ」ってなんですか?

本当にあった怖い話

邪神 白猫
ホラー
リスナーさんや読者の方から聞いた体験談【本当にあった怖い話】を基にして書いたオムニバスになります。 完結としますが、体験談が追加され次第更新します。 LINEオプチャにて、体験談募集中✨ あなたの体験談、投稿してみませんか? 投稿された体験談は、YouTubeにて朗読させて頂く場合があります。 【邪神白猫】で検索してみてね🐱 ↓YouTubeにて、朗読中(コピペで飛んでください) https://youtube.com/@yuachanRio ※登場する施設名や人物名などは全て架空です。

意味がわかると下ネタにしかならない話

黒猫
ホラー
意味がわかると怖い話に影響されて作成した作品意味がわかると下ネタにしかならない話(ちなみに作者ががんばって考えているの更新遅れるっす)

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

男女比の狂った世界で愛を振りまく

キョウキョウ
恋愛
男女比が1:10という、男性の数が少ない世界に転生した主人公の七沢直人(ななさわなおと)。 その世界の男性は無気力な人が多くて、異性その恋愛にも消極的。逆に、女性たちは恋愛に飢え続けていた。どうにかして男性と仲良くなりたい。イチャイチャしたい。 直人は他の男性たちと違って、欲求を強く感じていた。女性とイチャイチャしたいし、楽しく過ごしたい。 生まれた瞬間から愛され続けてきた七沢直人は、その愛を周りの女性に返そうと思った。 デートしたり、手料理を振る舞ったり、一緒に趣味を楽しんだりする。その他にも、色々と。 本作品は、男女比の異なる世界の女性たちと積極的に触れ合っていく様子を描く物語です。 ※カクヨムにも掲載中の作品です。

処理中です...