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十月の半ば、U公園の事件から二週間、最初の生首事件から二ヶ月以上が経過していた。
一件目、二件目の捜査と異なり、三件目の事件の進展は早かった。
被害者である 『夾竹 亮』の身元確認と犯罪履歴の照会は初日に終了し、その罪状は概ね生首と共に事件現場に残された紙切れと一致していた。
逮捕・勾留歴もある夾竹は根っからの小悪党で最近はヤクザの下っ端仕事を請け負って生活していたらしい。
今まで一向に見えてこなかった犯人像についても重大な証拠が手に入った。公園の防犯カメラが犯人の姿をハッキリととらえていたのだ。
首が遺棄された時刻の約三十分前、まだ薄暗い公園内を歩いていたのは上下とも黒っぽい服を着たやせ型で背の高い男。
白いラインの入ったリュックサックを背負い、公園の遊歩道を銅像に向かっていく姿が記録されていた。
決定的な証拠が手に入ったとはいえ、死体遺棄の手口や遺留品の筆跡など、先に起こった二件との相違点は少なくはない。
さらに、今回防犯カメラで判明した犯人の姿は、以前十束たちが確認した映像の人物とは明らかに体格差がある。
三件目の事件を先行の二件と全く関係のない模倣犯の犯行と見るか――あるいは犯罪グループによる犯行で複数犯が想定される事態と考えるか。捜査本部内でも完全に意見は割れたままだった。
喧々諤々の議論の結果、つい先週の捜査会議で模倣犯による犯行の可能性を視野に入れつつ、一連の事件を同じ捜査本部で対応することに決定したばかりだ。
第三の生首事件の発生は、ネットニュースや新聞、テレビのワイドショーで大々的に報道されている。
第一、二の事件と第三の事件との断絶を示す未公表の捜査内容を知らないマスコミは、最初の事件から二ヶ月経っても犯人を特定できないばかりか、第三の犯行を許した警察を無能呼ばわりしている。
犯罪者がターゲットとなった連続殺人事件ということもあり『警察関係者の犯行の可能性』を書き立てる記事まで出る始末だ。
ネット上には犯人を英雄視する声が上がり始め、匿名掲示板では『次の犠牲者予想』や、『殺されるべき犯罪者リスト』などというものまで存在しているらしい。
加熱する警察批判の影響で県警本部と所轄署ではトラブルが急増している。
殺到する抗議の電話、勤務中の警察官への暴言、相次ぐ嘘やいたずらの通報……。
「ああ~~やってられねえ」
十束の隣で、スマホでニュース記事を見ていた榊が、聞えよがしな大きなため息をついてみせた。
「……さっき一階の廊下で騒いでた高校生も、同じような理由で補導されたんスか?」
「アレは……駐車中のパトカーに傷をつける様子を撮影して、動画サイトにアップしようとしたらしい。理由は警察が無能のくせに偉そうだから懲らしめるため、だとさ」
「……なんか、もう、なんも言えねぇ……」
脱力したように榊が机に突っ伏した。
書類整理をしながら榊の相手をしていた十束はちら、と伸びている榊を横目で見た。
捜査官としてのキャリアが長い分、十束も現場で様々な目にあってきた。理不尽と思える仕打ちさえ甘んじて受けなければならないこともままあった。
苦い経験を何とか飲み下し、消化して今がある……。だから、そういった経験がない榊が精神的に追い込まれるのも十束にはよく理解できる。
「……そう落ち込むな。捜査官やってりゃ、よくあることさ」
ごそごそ、とポケットを探って飴玉を取り出し、榊の目の前に置いてやる。
「飴ちゃん食べて、元気出せ」
「十束先輩……」
机から顔を上げて十束をふり仰いだ榊は、唇を突き出すとプイとそっぽを向いた。
「……せっかくですけど、いらないっす。おっさんのポケットに入ってた飴ちゃんなんかで、俺の心は癒されないっす!」
――コイツ、しばいてやろうか。十分元気じゃねえか。
「ああ……こんな時、やさしく励ましてくれるカワイイ子がいてくれたらなぁ」
憮然とした十束をよそに、榊はウジウジと愚痴を続けている。
「お前、彼女いたっけ」
「居ないです。でも、あの子なら……ヨミちゃんなら励ましてくれそうっス」
「歳の差を考えろ。十歳近く離れてて、おまけに社会人の男だぞ? あの子から見たら、お前だって立派なおっさんだよ」
「ひどいっす……、ひと昔ならまだしも、今時三十前でおっさんなんてあり得ないですよ~~」
――ヨミちゃん、か。あの子……。
ぎゃあぎゃあとうるさい榊をよそに、十束はあの日再会した少女と、去り際に彼女の傍に寄り添うように浮かんでいた黒い靄のことを思い返していた。
あれから何度か聞き込み捜査で公園周辺を訪れたけれど、一度もヨミの姿を見かけることはなかった。
去り際に見せた屈託のない笑顔、走り去る背に付きまとっていた不穏な影。
あれを思い出すたびに胸の中がざわざわと不吉な予感で一杯になる。
あの子は、無事なのだろうか? 無事を確かめたくても、連絡先など分かるはずが――。
「十束先輩、先輩ってば」
「あ、すまん」
「そろそろ夕飯、食っとかないと。俺、コンビニに行きますけど、どうします?」
「捜査会議は三十分後か……。俺も、コンビニ飯にしとくかなあ」
「今なら新発売の『デビルおにぎり』がニュースアプリのクーポンで割引なんすよ」
何はともあれ、腹が減っては戦はできぬ。十束と榊は午後七時を回って人がすっかり少なくなった県警本部を後にした。
一件目、二件目の捜査と異なり、三件目の事件の進展は早かった。
被害者である 『夾竹 亮』の身元確認と犯罪履歴の照会は初日に終了し、その罪状は概ね生首と共に事件現場に残された紙切れと一致していた。
逮捕・勾留歴もある夾竹は根っからの小悪党で最近はヤクザの下っ端仕事を請け負って生活していたらしい。
今まで一向に見えてこなかった犯人像についても重大な証拠が手に入った。公園の防犯カメラが犯人の姿をハッキリととらえていたのだ。
首が遺棄された時刻の約三十分前、まだ薄暗い公園内を歩いていたのは上下とも黒っぽい服を着たやせ型で背の高い男。
白いラインの入ったリュックサックを背負い、公園の遊歩道を銅像に向かっていく姿が記録されていた。
決定的な証拠が手に入ったとはいえ、死体遺棄の手口や遺留品の筆跡など、先に起こった二件との相違点は少なくはない。
さらに、今回防犯カメラで判明した犯人の姿は、以前十束たちが確認した映像の人物とは明らかに体格差がある。
三件目の事件を先行の二件と全く関係のない模倣犯の犯行と見るか――あるいは犯罪グループによる犯行で複数犯が想定される事態と考えるか。捜査本部内でも完全に意見は割れたままだった。
喧々諤々の議論の結果、つい先週の捜査会議で模倣犯による犯行の可能性を視野に入れつつ、一連の事件を同じ捜査本部で対応することに決定したばかりだ。
第三の生首事件の発生は、ネットニュースや新聞、テレビのワイドショーで大々的に報道されている。
第一、二の事件と第三の事件との断絶を示す未公表の捜査内容を知らないマスコミは、最初の事件から二ヶ月経っても犯人を特定できないばかりか、第三の犯行を許した警察を無能呼ばわりしている。
犯罪者がターゲットとなった連続殺人事件ということもあり『警察関係者の犯行の可能性』を書き立てる記事まで出る始末だ。
ネット上には犯人を英雄視する声が上がり始め、匿名掲示板では『次の犠牲者予想』や、『殺されるべき犯罪者リスト』などというものまで存在しているらしい。
加熱する警察批判の影響で県警本部と所轄署ではトラブルが急増している。
殺到する抗議の電話、勤務中の警察官への暴言、相次ぐ嘘やいたずらの通報……。
「ああ~~やってられねえ」
十束の隣で、スマホでニュース記事を見ていた榊が、聞えよがしな大きなため息をついてみせた。
「……さっき一階の廊下で騒いでた高校生も、同じような理由で補導されたんスか?」
「アレは……駐車中のパトカーに傷をつける様子を撮影して、動画サイトにアップしようとしたらしい。理由は警察が無能のくせに偉そうだから懲らしめるため、だとさ」
「……なんか、もう、なんも言えねぇ……」
脱力したように榊が机に突っ伏した。
書類整理をしながら榊の相手をしていた十束はちら、と伸びている榊を横目で見た。
捜査官としてのキャリアが長い分、十束も現場で様々な目にあってきた。理不尽と思える仕打ちさえ甘んじて受けなければならないこともままあった。
苦い経験を何とか飲み下し、消化して今がある……。だから、そういった経験がない榊が精神的に追い込まれるのも十束にはよく理解できる。
「……そう落ち込むな。捜査官やってりゃ、よくあることさ」
ごそごそ、とポケットを探って飴玉を取り出し、榊の目の前に置いてやる。
「飴ちゃん食べて、元気出せ」
「十束先輩……」
机から顔を上げて十束をふり仰いだ榊は、唇を突き出すとプイとそっぽを向いた。
「……せっかくですけど、いらないっす。おっさんのポケットに入ってた飴ちゃんなんかで、俺の心は癒されないっす!」
――コイツ、しばいてやろうか。十分元気じゃねえか。
「ああ……こんな時、やさしく励ましてくれるカワイイ子がいてくれたらなぁ」
憮然とした十束をよそに、榊はウジウジと愚痴を続けている。
「お前、彼女いたっけ」
「居ないです。でも、あの子なら……ヨミちゃんなら励ましてくれそうっス」
「歳の差を考えろ。十歳近く離れてて、おまけに社会人の男だぞ? あの子から見たら、お前だって立派なおっさんだよ」
「ひどいっす……、ひと昔ならまだしも、今時三十前でおっさんなんてあり得ないですよ~~」
――ヨミちゃん、か。あの子……。
ぎゃあぎゃあとうるさい榊をよそに、十束はあの日再会した少女と、去り際に彼女の傍に寄り添うように浮かんでいた黒い靄のことを思い返していた。
あれから何度か聞き込み捜査で公園周辺を訪れたけれど、一度もヨミの姿を見かけることはなかった。
去り際に見せた屈託のない笑顔、走り去る背に付きまとっていた不穏な影。
あれを思い出すたびに胸の中がざわざわと不吉な予感で一杯になる。
あの子は、無事なのだろうか? 無事を確かめたくても、連絡先など分かるはずが――。
「十束先輩、先輩ってば」
「あ、すまん」
「そろそろ夕飯、食っとかないと。俺、コンビニに行きますけど、どうします?」
「捜査会議は三十分後か……。俺も、コンビニ飯にしとくかなあ」
「今なら新発売の『デビルおにぎり』がニュースアプリのクーポンで割引なんすよ」
何はともあれ、腹が減っては戦はできぬ。十束と榊は午後七時を回って人がすっかり少なくなった県警本部を後にした。
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