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橘 金春

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 S県警本部の庁舎の廊下は横に長い建屋の構造上、一直線に長い。

 そのため真夜中の廊下の見通しは極端に悪く、走り去った榊の姿はすぐさま闇に飲まれて消えてしまった。

 榊が走り去った方を目を凝らして見つめた後、十束ははぁ――っと長いため息を吐いた。

 首都圏に近く、人口の多いS県の警察本部だけあって昼間は職員や外部からの訪問者でにぎわっているこの建屋も、夜間はさすがにシンと静まり返っている。

 まったくの無人ではないものの――人の気配は殆ど感じられない。

 ――あいつ、余計なこといいやがって……。

 窓の外に目をうつすと、入道雲のような形に刈られた人の背丈ほどの植え込みが、常夜灯の光でボンヤリと浮かび上がっているのが見えた。

 曖昧模糊なその形は地獄の底から這いあがってくる亡者を連想させる――と、そこまで考えて十束はやれやれと頭を振った。

「……大丈夫、疲れてるだけだ。ウン」

 なるべく明るく呟いたものの、その声は暗い廊下に即座に吸い込まれ、辺りは相変わらずの闇と静寂に包まれている。

 夜間と言えども、県警本部の廊下を全力疾走することは罷りならない。歩く速度を最大限に上げ、競歩のようなフォームで十束は仮眠室へ向かった。

「うわ、マジかよ……」

 期待を裏切られたというべきか……。

 捜査員の一人や二人いるだろうと踏んでいた仮眠室には十束以外誰もいなかった。

 二件目の事件が発生したことで元々捜査にあたっていた人員をさらに振り分けねばならず、捜査員同士が顔を合わせるのはせいぜい朝夕の捜査会議の時ぐらいになってはいたのだが……。

 それにしても別件の捜査員であっても、一人や二人は姿を見かける仮眠室に全く人気がないのは妙な話だ。

 ――みんな、所轄の方に泊ってるのか? つーか、やっぱりこれって例の噂のせいだよな……。

 海千山千の捜査員たちがこぞって仮眠室を避けるほどに、この『例の噂』は広まっているということか……。

 ため息を漏らしながら十束は電気をパチリと点けて部屋の奥の壁際のベッドに腰かけた。

 部屋の中を見渡しても少しの異常も――今のところは――感じられない。

 こういうことにはもともと鈍感な性質たちで、これまで幽霊だとか妖怪の類の気配すら感じたこともない。

 人の生き死に関わる仕事をしているしている以上、こういった種類の『噂話』はよく耳にするが、それを頭から信じたことはなかった。

 とりあえずシャワー室で汗を流してから、Tシャツとジャージ素材のズボンを穿いてベッドに横になった。

 ここ最近の寝不足も手伝って、じっと目を閉じているとなんとかすんなりと眠りにつけそうな気がしてくる。

 ――気づいたら、朝っていうのが理想だな……。途中で目が覚めたりしませんように。

 心の中でそう祈りつつ、十束は布団の中で身体を丸めた。
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