8 / 40
08
しおりを挟む
S県警本部の庁舎の廊下は横に長い建屋の構造上、一直線に長い。
そのため真夜中の廊下の見通しは極端に悪く、走り去った榊の姿はすぐさま闇に飲まれて消えてしまった。
榊が走り去った方を目を凝らして見つめた後、十束ははぁ――っと長いため息を吐いた。
首都圏に近く、人口の多いS県の警察本部だけあって昼間は職員や外部からの訪問者でにぎわっているこの建屋も、夜間はさすがにシンと静まり返っている。
まったくの無人ではないものの――人の気配は殆ど感じられない。
――あいつ、余計なこといいやがって……。
窓の外に目をうつすと、入道雲のような形に刈られた人の背丈ほどの植え込みが、常夜灯の光でボンヤリと浮かび上がっているのが見えた。
曖昧模糊なその形は地獄の底から這いあがってくる亡者を連想させる――と、そこまで考えて十束はやれやれと頭を振った。
「……大丈夫、疲れてるだけだ。ウン」
なるべく明るく呟いたものの、その声は暗い廊下に即座に吸い込まれ、辺りは相変わらずの闇と静寂に包まれている。
夜間と言えども、県警本部の廊下を全力疾走することは罷りならない。歩く速度を最大限に上げ、競歩のようなフォームで十束は仮眠室へ向かった。
「うわ、マジかよ……」
期待を裏切られたというべきか……。
捜査員の一人や二人いるだろうと踏んでいた仮眠室には十束以外誰もいなかった。
二件目の事件が発生したことで元々捜査にあたっていた人員をさらに振り分けねばならず、捜査員同士が顔を合わせるのはせいぜい朝夕の捜査会議の時ぐらいになってはいたのだが……。
それにしても別件の捜査員であっても、一人や二人は姿を見かける仮眠室に全く人気がないのは妙な話だ。
――みんな、所轄の方に泊ってるのか? つーか、やっぱりこれって例の噂のせいだよな……。
海千山千の捜査員たちがこぞって仮眠室を避けるほどに、この『例の噂』は広まっているということか……。
ため息を漏らしながら十束は電気をパチリと点けて部屋の奥の壁際のベッドに腰かけた。
部屋の中を見渡しても少しの異常も――今のところは――感じられない。
こういうことにはもともと鈍感な性質で、これまで幽霊だとか妖怪の類の気配すら感じたこともない。
人の生き死に関わる仕事をしているしている以上、こういった種類の『噂話』はよく耳にするが、それを頭から信じたことはなかった。
とりあえずシャワー室で汗を流してから、Tシャツとジャージ素材のズボンを穿いてベッドに横になった。
ここ最近の寝不足も手伝って、じっと目を閉じているとなんとかすんなりと眠りにつけそうな気がしてくる。
――気づいたら、朝っていうのが理想だな……。途中で目が覚めたりしませんように。
心の中でそう祈りつつ、十束は布団の中で身体を丸めた。
そのため真夜中の廊下の見通しは極端に悪く、走り去った榊の姿はすぐさま闇に飲まれて消えてしまった。
榊が走り去った方を目を凝らして見つめた後、十束ははぁ――っと長いため息を吐いた。
首都圏に近く、人口の多いS県の警察本部だけあって昼間は職員や外部からの訪問者でにぎわっているこの建屋も、夜間はさすがにシンと静まり返っている。
まったくの無人ではないものの――人の気配は殆ど感じられない。
――あいつ、余計なこといいやがって……。
窓の外に目をうつすと、入道雲のような形に刈られた人の背丈ほどの植え込みが、常夜灯の光でボンヤリと浮かび上がっているのが見えた。
曖昧模糊なその形は地獄の底から這いあがってくる亡者を連想させる――と、そこまで考えて十束はやれやれと頭を振った。
「……大丈夫、疲れてるだけだ。ウン」
なるべく明るく呟いたものの、その声は暗い廊下に即座に吸い込まれ、辺りは相変わらずの闇と静寂に包まれている。
夜間と言えども、県警本部の廊下を全力疾走することは罷りならない。歩く速度を最大限に上げ、競歩のようなフォームで十束は仮眠室へ向かった。
「うわ、マジかよ……」
期待を裏切られたというべきか……。
捜査員の一人や二人いるだろうと踏んでいた仮眠室には十束以外誰もいなかった。
二件目の事件が発生したことで元々捜査にあたっていた人員をさらに振り分けねばならず、捜査員同士が顔を合わせるのはせいぜい朝夕の捜査会議の時ぐらいになってはいたのだが……。
それにしても別件の捜査員であっても、一人や二人は姿を見かける仮眠室に全く人気がないのは妙な話だ。
――みんな、所轄の方に泊ってるのか? つーか、やっぱりこれって例の噂のせいだよな……。
海千山千の捜査員たちがこぞって仮眠室を避けるほどに、この『例の噂』は広まっているということか……。
ため息を漏らしながら十束は電気をパチリと点けて部屋の奥の壁際のベッドに腰かけた。
部屋の中を見渡しても少しの異常も――今のところは――感じられない。
こういうことにはもともと鈍感な性質で、これまで幽霊だとか妖怪の類の気配すら感じたこともない。
人の生き死に関わる仕事をしているしている以上、こういった種類の『噂話』はよく耳にするが、それを頭から信じたことはなかった。
とりあえずシャワー室で汗を流してから、Tシャツとジャージ素材のズボンを穿いてベッドに横になった。
ここ最近の寝不足も手伝って、じっと目を閉じているとなんとかすんなりと眠りにつけそうな気がしてくる。
――気づいたら、朝っていうのが理想だな……。途中で目が覚めたりしませんように。
心の中でそう祈りつつ、十束は布団の中で身体を丸めた。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説

旧校舎のシミ
宮田 歩
ホラー
中学校の旧校舎の2階と3階の間にある踊り場には、不気味な人の顔をした様なシミが浮き出ていた。それは昔いじめを苦に亡くなった生徒の怨念が浮き出たものだとされていた。いじめられている生徒がそのシミに祈りを捧げると——。
赤い部屋
山根利広
ホラー
YouTubeの動画広告の中に、「決してスキップしてはいけない」広告があるという。
真っ赤な背景に「あなたは好きですか?」と書かれたその広告をスキップすると、死ぬと言われている。
東京都内のある高校でも、「赤い部屋」の噂がひとり歩きしていた。
そんな中、2年生の天根凛花は「赤い部屋」の内容が自分のみた夢の内容そっくりであることに気づく。
が、クラスメイトの黒河内莉子は、噂話を一蹴し、誰かの作り話だと言う。
だが、「呪い」は実在した。
「赤い部屋」の手によって残酷な死に方をする犠牲者が、続々現れる。
凛花と莉子は、死の連鎖に歯止めをかけるため、「解決策」を見出そうとする。
そんな中、凛花のスマートフォンにも「あなたは好きですか?」という広告が表示されてしまう。
「赤い部屋」から逃れる方法はあるのか?
誰がこの「呪い」を生み出したのか?
そして彼らはなぜ、呪われたのか?
徐々に明かされる「赤い部屋」の真相。
その先にふたりが見たものは——。
一ノ瀬一二三の怪奇譚
田熊
ホラー
一ノ瀬一二三(いちのせ ひふみ)はフリーのライターだ。
取材対象は怪談、都市伝説、奇妙な事件。どんなに不可解な話でも、彼にとっては「興味深いネタ」にすぎない。
彼にはひとつ、不思議な力がある。
――写真の中に入ることができるのだ。
しかし、それがどういう理屈で起こるのか、なぜ自分だけに起こるのか、一二三自身にもわからない。
写真の中の世界は静かで、時に歪んでいる。
本来いるはずのない者たちが蠢いていることもある。
そして時折、そこに足を踏み入れたことで現実の世界に「何か」を持ち帰ってしまうことも……。
だが、一二三は考える。
「どれだけ異常な現象でも、理屈を突き詰めれば理解できるはずだ」と。
「この世に説明のつかないものなんて、きっとない」と。
そうして彼は今日も取材に向かう。
影のない女、消せない落書き、異能の子、透明な魚、8番目の曜日――。
それらの裏に隠された真実を、カメラのレンズ越しに探るために。
だが彼の知らぬところで、世界の歪みは広がっている。
写真の中で見たものは、果たして現実と無関係なのか?
彼が足を踏み入れることで、何かが目覚めてしまったのではないか?
怪異に魅入られた者の末路を、彼はまだ知らない。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

死神と僕の戯れ
カラスヤマ
ホラー
小説家を目指す主人公。彼が、落選する度に訪れる喫茶店がある。そこで働く可愛い店員、彼の友達でもある優しい彼女に励ましてもらうのだ。実は、その彼女【死神】であり、以前は人間の魂を女子供問わず、奪いまくっていた。
次第に友達から彼氏彼女へ関係がシフトしていく中、彼女は彼に衝撃の告白をする。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる