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二つ目の事件が発生した翌日、九月二十六日の午前一時を少し過ぎた頃、十束と榊はS県警本部のデスクで夜食をとっていた。
「あ――今日はせっかくの非番が吹っ飛んだ上に、朝イチにたたき起こされて深夜まで残業かぁ……」
机の上に頬をべったりとつけたまま、榊はクリームパン片手に大仰に嘆いた。
「今日じゃなくて、もう昨日になったけどな」
隣の机であんパンを頬張りながら十束がボソリと呟いた。
「ま――、飯を食う時間があるだけマシだろ」
いつも以上に覇気のない十束もやはり疲れがたまっているらしい。モソモソとあんパンを食べながら報告書を眺める目はいつも以上にどろんと眠たげだ。
「でもぉ、朝っぱらから副部長の怒鳴り声聞いて……マジで散々っすよ」
事件発生直後の捜査会議には再び本部長と副部長らが出席した。
額に青筋を立てた副部長の訓示は前回に増して熱を帯びて長くなり、榊をはじめ多くの捜査員がげんなりとするまで容赦なく続いたのだった。
早朝の調査結果の報告書を仕上げ、十束たちが夜の会議に参加するとすでに被害者の身元が判明していた。
殺されたのは 大芹 浩二。
前回の事件と同様に、今回の被害者も単なる『被害者』ではなかった。
大芹は十数年前に起きたストーカー殺人事件の容疑者で指名手配されている。
事件当時、大芹は三十歳。被害者は十五歳の女子中学生。
当時の捜査資料にある大芹から被害者へ宛てられた手紙によれば、大芹は一方的にその女子中学生に『一目ぼれ』していたのだという。
大芹は被害者の少女にしつこくつきまとい、彼女からハッキリと拒絶されたことで逆上した。
学校から帰る途中の少女と、彼女の身を案じて送り迎えをしていた兄を襲撃したのだ。
被害者の兄を殺害し、その遺体の傍らで少女を暴行して殺害。
それだけでは怒りが収まらなかったのか犯行直後に被害者宅を襲撃し、在宅だった母と姉に重傷を負わせ、愛犬にまで手にかけた。
そのまま男は逃走し、指名手配を受けながらまんまと逃げおおせていた――第二の生首事件が起こるまでは。
一家は事件前に警察に相談を持ちかけており、犯人を逃したことも含めて当時の警察は世間から壮絶なバッシングを受け、週刊誌をはじめとするマスコミからは連日のように批判報道を繰り返された。
事件当時、新人警察官だった十束もこの事件と、自分を含めた『警察関係者』に向けられた冷たい視線には嫌というほど覚えがある。
被害者の母親達を含め、目撃証言が多数出ていることからストーカ―殺人事件の犯人は大芹に間違いない。
またしても、年端も行かない少女を惨殺した犯人が殺され、死体が遺棄された――。
――あの事件の犯人が……こんな形で見つかるなんてな。
指名手配の凶悪犯を見つけ出したばかりか、惨殺してみせるとは……。
今回の事件でも前回同様、現場にはさしたる証拠は残されていない。
さらに、首だけの死体は死因だけでなく死亡時刻の推定すら難しいときている。
「今回も、証拠を上げるのは骨が折れそうだ……。当分、家には帰れないかもしれんぞ」
くしゃくしゃとあんパンの袋を丸めてゴミ箱に放ってから、十束はどっかりと椅子に身体を預けて不吉な予言を口にする。
「マジっすか――。ああ、こんなんじゃ俺、過労死しちゃう……」
食べかけのクリームパンを放りだし、机に突っ伏した榊がグジグジと弱音を吐いている。
そんな榊に目もくれず、十束があんパンと一緒に買ったコーヒーのプルトップに指をひっかけたところで、榊が弱々しい声で呻いた。
「そ――いえば、先輩、例の『女の子』の噂、聞いてます?」
「あん? 噂ぁ?」
コーヒーを一口飲んでから面倒くさそうに十束が榊を振り返る。
疲れのあまりナチュラルハイになっているのか、榊は引きつった笑いを浮かべながらゆらりと机から身を起こした。
「そうすよ。もう捜査本部では知らない人はいないくらい……」
ヒヒ、と気味の悪い笑い方をしながら榊は十束の目をジ――っと見ている。
――何だコイツ、疲れのあまりついに切れたか?
そんな風に思いつつ、十束は興味のカケラもない体裁を装って榊から目を逸らした。
「へ――全然知らないなぁ。売店に可愛いバイトの子が入ったとか……?」
「ブ――ッ、ハズレです。……女の子は女の子でも、生きてる人間じゃないから」
榊はわざわざ席から立ち上がると、椅子のすぐ横までやって来て十束の顔を覗き込むようにしながら続けた。
「……警察署内をね。女の子が、うろついているんですよ。幽霊の、女の子……」
「お、お前……よりによって何で今、そんな話題を振るんだ。やめてくれ、寝る前に聞いた話ってのは夢に出やすいんだぞ……」
――これから仮眠をとろうとしている時に嫌な話を聞かせるなよ。夢に見たらどうするんだこの野郎……!
一気に缶コーヒーを飲み干すと、榊を置いて廊下へ歩き出しながら十束は心の中で叫んだ。
「あれ、あれれえ? 先輩……もしかして……幽霊コワい、とか……?」
廊下を追いすがってくる榊がうっとおしい。ズンズンと大股で進み続けてやっと少し距離が離れた。
「……ちなみに、幽霊の目撃情報が多いのは、一番が所轄の廊下、二番が所轄の捜査本部室周辺、三番がココ……警察本部の仮眠室ですから~!」
「……榊、お前ッ!!」
まるで教師に叱られた中学生のように廊下を走って逃げていく榊の背中を見ながら、十束は深いため息をついた。
「あ――今日はせっかくの非番が吹っ飛んだ上に、朝イチにたたき起こされて深夜まで残業かぁ……」
机の上に頬をべったりとつけたまま、榊はクリームパン片手に大仰に嘆いた。
「今日じゃなくて、もう昨日になったけどな」
隣の机であんパンを頬張りながら十束がボソリと呟いた。
「ま――、飯を食う時間があるだけマシだろ」
いつも以上に覇気のない十束もやはり疲れがたまっているらしい。モソモソとあんパンを食べながら報告書を眺める目はいつも以上にどろんと眠たげだ。
「でもぉ、朝っぱらから副部長の怒鳴り声聞いて……マジで散々っすよ」
事件発生直後の捜査会議には再び本部長と副部長らが出席した。
額に青筋を立てた副部長の訓示は前回に増して熱を帯びて長くなり、榊をはじめ多くの捜査員がげんなりとするまで容赦なく続いたのだった。
早朝の調査結果の報告書を仕上げ、十束たちが夜の会議に参加するとすでに被害者の身元が判明していた。
殺されたのは 大芹 浩二。
前回の事件と同様に、今回の被害者も単なる『被害者』ではなかった。
大芹は十数年前に起きたストーカー殺人事件の容疑者で指名手配されている。
事件当時、大芹は三十歳。被害者は十五歳の女子中学生。
当時の捜査資料にある大芹から被害者へ宛てられた手紙によれば、大芹は一方的にその女子中学生に『一目ぼれ』していたのだという。
大芹は被害者の少女にしつこくつきまとい、彼女からハッキリと拒絶されたことで逆上した。
学校から帰る途中の少女と、彼女の身を案じて送り迎えをしていた兄を襲撃したのだ。
被害者の兄を殺害し、その遺体の傍らで少女を暴行して殺害。
それだけでは怒りが収まらなかったのか犯行直後に被害者宅を襲撃し、在宅だった母と姉に重傷を負わせ、愛犬にまで手にかけた。
そのまま男は逃走し、指名手配を受けながらまんまと逃げおおせていた――第二の生首事件が起こるまでは。
一家は事件前に警察に相談を持ちかけており、犯人を逃したことも含めて当時の警察は世間から壮絶なバッシングを受け、週刊誌をはじめとするマスコミからは連日のように批判報道を繰り返された。
事件当時、新人警察官だった十束もこの事件と、自分を含めた『警察関係者』に向けられた冷たい視線には嫌というほど覚えがある。
被害者の母親達を含め、目撃証言が多数出ていることからストーカ―殺人事件の犯人は大芹に間違いない。
またしても、年端も行かない少女を惨殺した犯人が殺され、死体が遺棄された――。
――あの事件の犯人が……こんな形で見つかるなんてな。
指名手配の凶悪犯を見つけ出したばかりか、惨殺してみせるとは……。
今回の事件でも前回同様、現場にはさしたる証拠は残されていない。
さらに、首だけの死体は死因だけでなく死亡時刻の推定すら難しいときている。
「今回も、証拠を上げるのは骨が折れそうだ……。当分、家には帰れないかもしれんぞ」
くしゃくしゃとあんパンの袋を丸めてゴミ箱に放ってから、十束はどっかりと椅子に身体を預けて不吉な予言を口にする。
「マジっすか――。ああ、こんなんじゃ俺、過労死しちゃう……」
食べかけのクリームパンを放りだし、机に突っ伏した榊がグジグジと弱音を吐いている。
そんな榊に目もくれず、十束があんパンと一緒に買ったコーヒーのプルトップに指をひっかけたところで、榊が弱々しい声で呻いた。
「そ――いえば、先輩、例の『女の子』の噂、聞いてます?」
「あん? 噂ぁ?」
コーヒーを一口飲んでから面倒くさそうに十束が榊を振り返る。
疲れのあまりナチュラルハイになっているのか、榊は引きつった笑いを浮かべながらゆらりと机から身を起こした。
「そうすよ。もう捜査本部では知らない人はいないくらい……」
ヒヒ、と気味の悪い笑い方をしながら榊は十束の目をジ――っと見ている。
――何だコイツ、疲れのあまりついに切れたか?
そんな風に思いつつ、十束は興味のカケラもない体裁を装って榊から目を逸らした。
「へ――全然知らないなぁ。売店に可愛いバイトの子が入ったとか……?」
「ブ――ッ、ハズレです。……女の子は女の子でも、生きてる人間じゃないから」
榊はわざわざ席から立ち上がると、椅子のすぐ横までやって来て十束の顔を覗き込むようにしながら続けた。
「……警察署内をね。女の子が、うろついているんですよ。幽霊の、女の子……」
「お、お前……よりによって何で今、そんな話題を振るんだ。やめてくれ、寝る前に聞いた話ってのは夢に出やすいんだぞ……」
――これから仮眠をとろうとしている時に嫌な話を聞かせるなよ。夢に見たらどうするんだこの野郎……!
一気に缶コーヒーを飲み干すと、榊を置いて廊下へ歩き出しながら十束は心の中で叫んだ。
「あれ、あれれえ? 先輩……もしかして……幽霊コワい、とか……?」
廊下を追いすがってくる榊がうっとおしい。ズンズンと大股で進み続けてやっと少し距離が離れた。
「……ちなみに、幽霊の目撃情報が多いのは、一番が所轄の廊下、二番が所轄の捜査本部室周辺、三番がココ……警察本部の仮眠室ですから~!」
「……榊、お前ッ!!」
まるで教師に叱られた中学生のように廊下を走って逃げていく榊の背中を見ながら、十束は深いため息をついた。
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