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橘 金春

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「女の子……?」

 おうむ返しに十束が巡査に確認すると、彼は「はい……」と小声でつぶやき青い顔でうなだれた。

 見るからに真面目そうな青年で酒に酔っているわけでもなければふざけているようにも見えない。

「十束先輩……これ、上にどう報告したら……」

 メモを取っていた榊が困惑した様子で十束に尋ねた。

「……すみません、混乱させるようなことを言って」

「いや、何でも話してほしいといったのはこちらの方ですから……」

 頭を下げる巡査に対して平静を装ってそう答えた十束だったが、榊と同様、この目撃情報をどう扱うべきか内心では迷いがあった。

「巡査長さんは、その女の子に心当たりは?」

「防犯カメラも確認していますが、午後二時から四時までこの交番に来たものはおりません。第一、入り口から誰かが詰め所に入れば、すぐに気がつくはずです。
 引き戸の滑りが悪くて、音がするもので……」

「なるほど……確かにそうですね」

 先ほど詰め所に入る際に軋むような音を立てた入り口の引き戸を横目で見ながら十束は頷いた。

「……ちなみに、その女の子の容姿は憶えていますか? 服装とか、髪型とか」

「長い黒髪の、中学生か高校生くらいの子でした。服装は……学校の制服のようで、セーラー服を着ていました」

「ん? セーラー服?」

 巡査の説明に巡査長は首を傾げた。

「この辺の学校でセーラー服が制服なとこなんてないぞ? ブレザーかベストか、ワンピースなら見かけるが」

「え……それじゃあ。俺の見間違い……なのか」

 巡査長の言葉に巡査は再び視線を落としてボソリと呟いた。

「疲れがたまっていたのかもしれないさ。お前は普段から真面目に頑張っているし」

 落ち込む巡査を励ましながらも、巡査長はすがるような視線を十束たちに向けた。

「そういう訳で……。何分不確かな部分もある情報ですから。今話したことは……」

「分かりました。私たちの胸にとどめておきます。……上には防犯カメラの映像の確認結果と停電の件だけ伝えておくんで」

 十束がそう伝えると巡査長は明らかにホッとした表情で頷いた。隣の榊も少し安心したように十束と巡査長のやり取りを聞いている。

 その他、夜勤前の状況などについてニ、三の質問を終えると、十束たちは早々に警察署に引き上げることにした。

「署に戻ったらまず、報告書の作成と……あとは遺留品の筆跡鑑定の結果待ちだな。例の『地図』には捜査班がすでに向かっているから、今日の夜には報告が聞けるだろう」

「そうスね。……また、死体がわんさか出てきたりして……」

「まだ、そうと決まったわけじゃない。とりあえず、運転頼むぞ」

 げんなりとした顔でつぶやく榊の肩を軽くたたいてそういうと、十束は先に車に乗り込んだ。

「ま――、そうですけど。……あーあ、また日がな一日地取りばっかりやらされるのかなァ」

 ブツブツ言いながら運転席に乗り込み、シートベルトを着けてバックミラーを覗き込んだ……途端に榊がすべての動作を止めた、かと思えばすごい勢いで後部座席を振り返った。

「……? どーした?」

 榊の視線の行方を追って何もない後部座席をチラリとみてから、十束が声をかける。

 十束の声が聞こえているのかいないのか車のハンドルを握りしめたまま、エンジンもかけずに俯いているその顔色は紙のように白かった。

「……すいません、十束先輩。俺も疲れてるみたいです。今、後ろに誰かが乗ってるように見え」

「おいおいおいおいおい止めろ止めろ! 分かった、俺が運転する」

 車を降りて運転席と助手席に改めて座り直してから十束は榊を気遣うように言った。

「……俺もお前も、ここ一か月まともに家に帰ってないからな。疲れて幻覚を見てもしょうがないだろ。うん」

「いや、幻覚見えてる状態ってかなりヤバいっスよね……?  てゆうか、先輩ひょっとして怖い話とか苦手なんじゃ」

「おい、やめろって」

「さっき巡査の話聞いてた時も顔が少し引きつってたし」

「マジでやめてくれ。ほらシートベルト締めろ。車出すぞ」

「……これは、俺の婆ちゃんから聞いた話なんスけど」

「ああもう! 本当にやめろって!」
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