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「八月八日、午前八時三十分。これより“K交番生首遺棄事件”特別捜査本部、第一回捜査会議を始める」
事件発生の翌日、S県警の所轄署で開かれた捜査会議の冒頭で、ひな壇に座った本部長、副部長らが捜査員たちに対して訓示を述べた。
副部長に任命された捜査一課長は十束たちの上司にあたる。
「こるれはぁっ、我々警察に対する挑戦であるッ!」
警察官になるために生まれてきたような人物とも評される熱血漢の彼は黒板前で息を巻いた。
最前列はいうまでもなくあの様子では二、三列目の机まで唾が飛んでいそうだ。
「……課長、すげぇキレてるっすね」
隣の席に座った榊が若干引いた表情で十束にひそひそと小声で耳打ちしてきた。
「あの人の矜持が許さないんだろうよ」
十束が顔の前で組んだ手の後ろでボソリと呟くと、榊はその答えに一応は満足した様子で正面に向き直った。
現場たたき上げの課長にとって今回のような奇をてらった犯行は許しがたい行為なのだろう。
事実、ネットニュース等を通してセンセーショナルな事件はすでに世間の目耳を充分に集めていたし、マスコミの中にはさきほど課長が言ったように『警察に対する挑戦状?』と面白半分に報じるものも多かった。
次にS県警本部長であり、捜査本部長である桃実警視監の訓示が始まる。
皺一つない制服をビシッと着込んだ桃実は背が高く、若い頃から柔道で鍛えたがっしりとした体つきで、キャリア組の中でも文武両道として名が通っている人物だ。
「――今回の事件で被害者となった弟切は、同時に加害者でもある」
桃実警視監が口を開き、言葉を発した瞬間から場の空気が変わった。
「弟切の手により幾人もの罪もない少女達が筆舌に尽くしがたい苦しみを味わい、未来を、命を奪われた。正直に言わせてもらえば私はこの男に同情していない。弟切は完全な連続殺人犯だ。誰かが止めない限り、犯行を続けていただろう」
副部長とは違って語り口は穏やかだったが独特の迫力があり、皆は息をのんで話に聞き入っていた。
「……しかし、私は犯人に問いたい。何故、己の手を汚したのかを。弟切の首とともに現場に置かれていた証拠品を見る限り、少女たちの遺体を遺棄した場所も、それが弟切の犯行であることも犯人は知っていたのだろう。ならば弟切を止めるのに最も簡単な方法は、我々警察に任せることではないだろうか。しかし、彼……もしくは彼女はそうはしなかった」
会議室に勢ぞろいした捜査本部の面々を見渡した後、桃実の視線が十束に向けられた。
「何故だろうな? 君には分かるか?」
十束は椅子から立ち上がり答える。
「いいえ、全く見当もつきません。……しかし、一つだけ言えることが」
後頭部を軽くワシワシと掻きながら、十束は桃実の目を見て続けた。
「少女たちの遺体が見つかった場所の花束、アレはおそらく犯人が置いた物でしょう。犯人は少女達に憐憫や同情を抱いていたのではないでしょうか」
「そうだな……そうかもしれん。いずれにせよ」
もう一度桃実はギラリと鋭い視線を一同に投げた。
「この犯人がこれ以上、手を汚さぬよう早く捕らえよう。それが彼または彼女のためにもなる。私からは以上だ」
桃実が着席すると、入れ替わりに管理官が立ち上がり事件の概要を一同に説明した。
続いて、初動調査の結果が各捜査員から報告され、十束もH山での遺体発見状況について報告を行った。
弟切の首が遺棄された駅前交番の防犯カメラの録画映像は犯人特定の最重要手がかりだと思われていたが、推定犯行時間にあたる十分間の映像がカメラの不具合で入手できなかったらしい。
そのカメラの不具合というのが妙で、犯行の前後の時間帯は問題なく録画ができているのに、肝心の十分間だけ映像がブレてしまい確認ができなくなっているということだった。
一連の報告が完了すると今度は各捜査員に担当業務が割り振られる。
弟切による連続少女殺害事件は別班が担当することになり、十束と榊は引き続き生首事件の担当として現場周辺での情報収集いわゆる『地どり』の任務に就くことになった。
「それでは各自、捜査を開始するように」
捜査一課長の「起立、敬礼」の号令を合図に第一回目の捜査会議は終了した。
※※※
――生首事件発生から一か月以上経過した九月下旬。
K駅周辺について熟知している十束だったが、地どり捜査は難航していた。
事件発生が早朝だったこともあり、目撃者の情報はほとんど得られず、周辺の防犯カメラを洗ってみても紙袋を下げた人物の姿は見当たらない――。
仮に犯人が防犯カメラの位置を全て把握していて、それらを避けたというのなら話も分かる。
しかし、実際にはそんなことは不可能に近い――。駅前商店街やコンビニ、街頭に設置されたカメラ全てに「映らない」ことなどできるはずがない。
さらに、いくつかのカメラの録画映像には事件発生の八月七日早朝、交番前の防犯カメラとよく似た画像のブレが見られた。
奇妙な一致だったが、これらも犯人が自ら仕掛けることのできるような細工ではない。
他の捜査班の状況も似たり寄ったりで犯人像が全く浮かんでこないまま迎えた九月二十五日 早朝。
第二の生首事件がF市内で発生した。
事件発生の翌日、S県警の所轄署で開かれた捜査会議の冒頭で、ひな壇に座った本部長、副部長らが捜査員たちに対して訓示を述べた。
副部長に任命された捜査一課長は十束たちの上司にあたる。
「こるれはぁっ、我々警察に対する挑戦であるッ!」
警察官になるために生まれてきたような人物とも評される熱血漢の彼は黒板前で息を巻いた。
最前列はいうまでもなくあの様子では二、三列目の机まで唾が飛んでいそうだ。
「……課長、すげぇキレてるっすね」
隣の席に座った榊が若干引いた表情で十束にひそひそと小声で耳打ちしてきた。
「あの人の矜持が許さないんだろうよ」
十束が顔の前で組んだ手の後ろでボソリと呟くと、榊はその答えに一応は満足した様子で正面に向き直った。
現場たたき上げの課長にとって今回のような奇をてらった犯行は許しがたい行為なのだろう。
事実、ネットニュース等を通してセンセーショナルな事件はすでに世間の目耳を充分に集めていたし、マスコミの中にはさきほど課長が言ったように『警察に対する挑戦状?』と面白半分に報じるものも多かった。
次にS県警本部長であり、捜査本部長である桃実警視監の訓示が始まる。
皺一つない制服をビシッと着込んだ桃実は背が高く、若い頃から柔道で鍛えたがっしりとした体つきで、キャリア組の中でも文武両道として名が通っている人物だ。
「――今回の事件で被害者となった弟切は、同時に加害者でもある」
桃実警視監が口を開き、言葉を発した瞬間から場の空気が変わった。
「弟切の手により幾人もの罪もない少女達が筆舌に尽くしがたい苦しみを味わい、未来を、命を奪われた。正直に言わせてもらえば私はこの男に同情していない。弟切は完全な連続殺人犯だ。誰かが止めない限り、犯行を続けていただろう」
副部長とは違って語り口は穏やかだったが独特の迫力があり、皆は息をのんで話に聞き入っていた。
「……しかし、私は犯人に問いたい。何故、己の手を汚したのかを。弟切の首とともに現場に置かれていた証拠品を見る限り、少女たちの遺体を遺棄した場所も、それが弟切の犯行であることも犯人は知っていたのだろう。ならば弟切を止めるのに最も簡単な方法は、我々警察に任せることではないだろうか。しかし、彼……もしくは彼女はそうはしなかった」
会議室に勢ぞろいした捜査本部の面々を見渡した後、桃実の視線が十束に向けられた。
「何故だろうな? 君には分かるか?」
十束は椅子から立ち上がり答える。
「いいえ、全く見当もつきません。……しかし、一つだけ言えることが」
後頭部を軽くワシワシと掻きながら、十束は桃実の目を見て続けた。
「少女たちの遺体が見つかった場所の花束、アレはおそらく犯人が置いた物でしょう。犯人は少女達に憐憫や同情を抱いていたのではないでしょうか」
「そうだな……そうかもしれん。いずれにせよ」
もう一度桃実はギラリと鋭い視線を一同に投げた。
「この犯人がこれ以上、手を汚さぬよう早く捕らえよう。それが彼または彼女のためにもなる。私からは以上だ」
桃実が着席すると、入れ替わりに管理官が立ち上がり事件の概要を一同に説明した。
続いて、初動調査の結果が各捜査員から報告され、十束もH山での遺体発見状況について報告を行った。
弟切の首が遺棄された駅前交番の防犯カメラの録画映像は犯人特定の最重要手がかりだと思われていたが、推定犯行時間にあたる十分間の映像がカメラの不具合で入手できなかったらしい。
そのカメラの不具合というのが妙で、犯行の前後の時間帯は問題なく録画ができているのに、肝心の十分間だけ映像がブレてしまい確認ができなくなっているということだった。
一連の報告が完了すると今度は各捜査員に担当業務が割り振られる。
弟切による連続少女殺害事件は別班が担当することになり、十束と榊は引き続き生首事件の担当として現場周辺での情報収集いわゆる『地どり』の任務に就くことになった。
「それでは各自、捜査を開始するように」
捜査一課長の「起立、敬礼」の号令を合図に第一回目の捜査会議は終了した。
※※※
――生首事件発生から一か月以上経過した九月下旬。
K駅周辺について熟知している十束だったが、地どり捜査は難航していた。
事件発生が早朝だったこともあり、目撃者の情報はほとんど得られず、周辺の防犯カメラを洗ってみても紙袋を下げた人物の姿は見当たらない――。
仮に犯人が防犯カメラの位置を全て把握していて、それらを避けたというのなら話も分かる。
しかし、実際にはそんなことは不可能に近い――。駅前商店街やコンビニ、街頭に設置されたカメラ全てに「映らない」ことなどできるはずがない。
さらに、いくつかのカメラの録画映像には事件発生の八月七日早朝、交番前の防犯カメラとよく似た画像のブレが見られた。
奇妙な一致だったが、これらも犯人が自ら仕掛けることのできるような細工ではない。
他の捜査班の状況も似たり寄ったりで犯人像が全く浮かんでこないまま迎えた九月二十五日 早朝。
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